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ドッペルゲンガーと??? ③

本当に。本当にお待たせいたしました。


(……なんでもお見通しなんだろうな)

 ファイクはそんなことを思いながら隊長の部屋を後にした。

 シェルネアの下についてまだ1年が経つかどうかという程度の関係ではあるが、その付き合いの深さは彼がドッペルゲンガーという存在であるがために濃厚とも言えた。

 彼女の性格は自分が写しとってよくわかっているからだ。

 故に、ファイクの考えていることを察してしまうであろうということも想像できた。


 ドッペルゲンガーの種に伝わるものに、『もし戦う相手に写しとった者しかいないのであれば、負けることはない』という言葉がある。

 これは、自分が写しとったものしか相手にいないのであれば、相手の思考などが全て想定して読めてしまうため手の内をすべて看破できる、そしてそれ故負けることはありえない。という意味で使われる。


 だが、ファイクからすればこの言葉は嘘だ。

 相手の実力差が極端に有りすぎれば、いくら相手の手の内をすべて読んだとしてもそれを防ぐことなど出来ないのだから。

 まさにシェルネアという存在は、自分にとって手の内を読みきったとしても勝てない相手なのだ。



「『宴は良縁を築くための切欠である』……」

 ファイクは、ぼそりと呟いた。

 それは彼が写しとった人間の記憶。豊穣を司る女神フィーナを信仰していた神官が記憶していた教えの一つである。

 写しとったその神官は自分が始末した。

 ドッペルゲンガーとは基本的にそういう存在だ。相手を写しとり、相手に化け、その相手は抹消する。

 シェルネアのようなケースのほうが例外なのだ。


 今のダークエルフの少年の姿もファイクにとっては写しとった後に殺した者の姿を形どっているにしか過ぎない。

 姿も知識も記憶も感情でさえそうやって奪いつづけてファイクの体は作られている。

 自分の手だけではなく身も心も黒く、暗く汚れきっている。

 そんなことはわかっている。そしてそんな自分が今更になって戦うことや傷つけることを嫌うなど詭弁もいいことだということも。


「今更、自分に良き縁なんて……ね」

 せっかく与えられた立場も捨て逃げようとしている。そんな自分を救う神も魔王もいない。

 自分自身でそれを理解しつつも、彼は救いを心のなかで求めるのであった。





「はっはっ……ふぅ……。はぁ……」

 ファイクの額に汗が浮かび、息が切れる。


(……一緒のはずなのに。勝てない)

 肉体的な性能ではほぼ、いやもう同じ、下手をすれば写しとった量を考えれば自分が勝っているかもしれない。

 そんな状態にもかかわらず、ファイクは負けを痛感する。

 だが、そんな思いも一瞬で掻き消えるような光景が自分の目の前に展開される。


「やはり、ここまで来るのは遠いな。まだ道も完成には程遠い故魔法で切り抜けばならぬのも課題だ」

 僅かに見える程度の汗、そしてそれによって独特の光沢と艶やかさをもつ褐色の肌が妖艶さを醸し出す。

 その汗ばんだ額の汗を腕で拭う。その行為によりいつもより軽装であるその服の隙間から腋や胸の一部が見えてしまう。


 ファイクはその姿を見て少し目をそらす。

 もちろん、彼女にその気などないこともわかっているはずなのに。

 シェルネアに性欲やその手の感情がないわけではない。だが、少なくともそれは自分を対象にしたものではない。

 彼女は強き者に憧れ、惚れる。

 そういう意味では、最も候補として近いのは同性という点を一切無視するのであれば領主であるメディス様ということになるであろう。


「息は戻せたか? これより食事となるからな。息が上がったままではさすがの美味なる料理も台無しだ」

「本当にこんな場所にあるんですね……」

 本人たちの話から、魔の山の最深部ともいうべきこの広場に7日に一度現れる異界の店があることは知っている。

 それを信じるにはあまりにも巫山戯た話だ。

 そして、そんな場所で経営している店が、この世界では決して味わえない美味なる料理を出す。

 嘘つきで名の知られるシャックスの名を持つ一族ですらそんなことは言わないであろう。


 切れた息を整えるために、大きく息を吸い込み吐き出す。

 道中では瘴気に侵された区域もあり、そこではまともに息をすることが出来ないところが多々ある。

 だが、ここの空気は実に清浄で清々しい。

 人は疎か魔族たちですら異形化し、知も理もないただの化物として狂ってしまう魔の山とはとても思えない場所だった。



「翔太殿、邪魔するぞ」

「失礼します」

 魔の山の威厳に負ける広場の奥にそびえ立つ巨木の元にあった不思議にも程がある戸を抜けるとそこは自分の常識とはかけ離れた世界。いや部屋が広がっていた。


「お早いですね。いらっしゃいませ。ようこそ夢味亭へ」

 おそらく店主と思われる人間が適当に座った二人の前へやってくる。

 魔力も威圧感もない。ただの人間。

 もし自分が、彼としてシェルネアとファイクの前に立ったとするならば、即座に逃げ出すか、救いを求めるか、それとも全てを諦め絶望し立ちつくす。

 そんなファイクの感想とは全く異なり彼は恐怖や畏怖などというような感情を全く持っていないように思えた。


「シェルネアさんはいつもので構いませんか?」

「ああ、いつもので」

 まるで馴染みの仲間に話すかのように二人の会話は成立する。


「そちらの方はいかがされますか? お客様のご要望にお答えする形で料理を作らせてもらいますけれども?」

「……シェルネア様と同じもので」

 下手に悩むよりも、一緒のものを頼むほうがわかりやすい。

 ファイクはそう考え翔太に告げる。


「かしこまりました。少々お待ちください」

 と言って店の奥に向かおうとする翔太は少し顔を言いにくそうに歪めながら言葉を再開した。


「そうでした。シェルネアさんに実はご相談したいことがありまして。料理を召し上がってからで申し訳ないのですが、聞いていただけますか?」

「構わないが、翔太殿。なんなのだ? 畏まって? 随分言い難そうなことだな? 店を閉めるとか言わないだろうな?」

「流石にそれはないですが、余計なご心配をお掛けしてしまいました。お食事後に言うべきでした」

「ふむ……もうすぐメディス様も来られるはずだ、そのほうが都合が良いか?」

「そうですね。……メディスさんにも聞いていただきたいことになりますね」

 歯切りの良くない店主の態度は饗すものとしてあまり好ましく適切ではないはずだ。だが、彼の申し訳無さを示す行動や態度は自分に通ずるものもあると思いファイクは何も言うことは出来なかった。



 店主ではなく、金色の髪の女性が持ってきたのは、茶色の何かで蓋がされた白の深い容器だった。

「お待たせいたしました、かき揚げ丼になります」


 白の器の横には金物の匙と、見たことのない短い2つの棒。

「本来はこの『ハシ』なる棒で食うのが流儀らしいが、ファイクは慣れぬだろう? そっちの匙をつかうといい」

 と言いながら、まるで獲物を見つけたかのようにシェルネアの動きが慎重にも大胆にそして素早く動いていく。


 器用にそのハシを指で挟むと、茶色の物体の端を器用に崩し、その下に埋もれていた白い何かと一緒に口の中に持っていく。

 その動きは、本人は全く意図していないのだろうが、澱みや迷いのない美しい動きだった。


 自分も真似してみようとハシを使ってみるが、これは無理と一瞬で判断できた。

 何度も経験を積めばいけるだろうが、今そんな無様なことをする必要もないとシェルネアが提案したように匙で彼女と同じように白い粒と茶色の塊を崩したものを落とさぬように口へ運び込む。


「ふぇ?」

 サクッとした食感。溢れ出る野菜と思われる甘み。そしてそれが一言で言うと「旨い」という言葉に集約されていく。

 その旨さにファイクは思わず声を出してしまう。


(こんなの……『誰』の記憶にすら……ない!)

 ファイクは、目の前にある料理の恐ろしさを改めて思い知らされる。

 そう、この料理の味は今まで彼が写しとってきた存在のどれにもありはしないもの。

 写しとってきたものの中には、人間の国で貴族と王族に準ずる存在もいた。

 奴らの世界には美味なる料理という概念は存在し、その部分においては自分たちの国の料理の基準よりは優れているとは思うが、今食べているものはそんな概念の外にある味だった。


(シェルネアさんが気に入るはずだ……)

 この料理には、淫魔族の女王クラスの魅了の魔法でもかかっている。そんなふうに思わせる程の誘惑感がある。

 食事などただ腹を膨らませ生きるための行為にしか過ぎぬ。そんなふうに思っている連中の頭を一瞬で破壊してしまうだろうと思わせるに美味い。

 そしてファイクは見た。

 食べ続けるシェルネアの満面の笑みを。

 それもまたファイクの、そして写しとったはずの【彼女自身】の記憶にすら存在しないものだった。

(シェルネアさんのこんな顔を見られるなんて……)

 今だけは神に感謝する。そして彼女にそんな笑顔にさせた店主の料理という存在、彼自身に興味と敬意を持ち始めたのであった。




「それは困りましたわね……」

 その後しばらくして店にきたメディスを含めシェルネアとファイクたちに、翔太は人手不足の件、そして良い方がいれば雇いたいという旨を打ち明けた。

 その言葉に対してのメディスの返答が先ほどのものであった。


「そんなに難しいことなんですか……」

 翔太としては少々手の器用な人材であればいいと思っていた。もちろん異世界とこちらの世界の調理器具などの差があるのは理解しているが、具体的な作業などは説明すればいいという程度のものであった。


「教育すれば問題ないようになる方であれば、私にも当てはございます。しかし、事情を聞けば、即時にこの店の調理工程において力になるものを用立てるべきなのではないでしょうか。そうなると……という話です」

 メディスは見ていなかったのだが、シェルネアから前回の夢味亭の営業時に少々料理が出てくる速度が遅くなったという報告は受けていた。

 それに、今後において工事の規模は更に大きくなり、人員は増えていく予定だ。

 つまり、店の環境としては客の増加により悪化していくことになる。故に夢味亭の人員というかキャパシティに対して危惧はしていた。

 そのため、翔太に相談しようと思っていたところだったのだ。

 そこで来たのが彼からの人員応援というわけだ。


「正直、これ以上となると……厳しいですね」

 翔太とてプロであり多数の客を捌けないわけではない。むしろこの店の規模であればずっと満席でもない限りは凌げるといえる。実際ランチタイムなどは琉華を雇ったのもあるが、対応できている。

 だが、それは普通の人間を相手にすればという前提になる。

 異世界において、人間の一人前の料理の量は一人前にならないのだ。

 種族によっては10人前を軽く平らげるものもいる。翔太がパンクしたのは客が一人で5品、6品、多い者では20品とほぼ同時に頼まれたのが最大の原因である。


「人を増やさずに、効率を良くする方法はいくつかあります。例えばメニュー数を減らすとかですね」

 作る種類を減らせば一気にきても対応はできる。もしくはシチューなどの温めてあるものを入れるだけのような手間が少ないものであれば量が来ても対応できる。

 翔太の提案には彼女らは難色を示す。


「多様性というこの店の折角の魅力の一つを奪ってしまうのは望ましくないですね……」

 そこから話は進まなくなる。

 店の方向性は変えたくない、だが人手はいない。


「……あの。僕を雇っていただくわけには行きませんか?」

 そんな重い空気の中、ついにファイクは意を決した。


 もともと、辞めるつもりだった。そして魔物も魔族も人間もいないところでひっそりと暮らす。

 それが自分の選ぶ道だと思っていた。

 だが、自分の目の前に転がってきた一つの選択肢。それは誰かが自分の願いを聞いてくれたのかもしれない。

 自分ならこの窮地を救えると。



「そうか、その手があったか!」

「それですわ!」

 事情がわからない翔太は首を傾げる。


「ああ、説明するのを忘れていたな。こいつはファイクという。こいつはドッペルゲンガーという種族で、相手の技術・能力・記憶を写しとり、自分のものにすることができる」

「僕ならば、あなたの技術をそのまま自分のものに出来ます。それでしたらすぐにでも働けると思うのです」

 ファイクの言葉を聞いて、翔太も理解する。そしてそれならたしかにうまくいくと。


「……私は反対です」

 全員がまとまったかと思ったところに予想外の声が響く。

 声を発した当人以外の4人がその方向へ顔を向ける。


「理由はいえませんが……その方法に賛同できません」

 険しい顔をしながらフィーナは再度反対の意を示す。


「理由が言えぬであれば、引けぬぞ? フィーナ殿」

「フィーナ様には他に良き案があるのでしょうか?」

「フィーナさん、他に何とかする方法があるんですか?」

 3人の言葉、4人の視線を受け流石のフィーナも次の言葉に詰まる。

 そう、フィーナとしてもわかっている。それしか良い策はないことは。

 だがそれはあまりにも危険なのだ。そしてそれを伝えるわけにはいかない。

 その矛盾が彼女を悩ませていた。


(私が責任をもって釘を刺すしかありませんね……。そして万が一があれば……私は神の座を失うほどの大罪を背負うことも覚悟しましょう)

「わかりました。……確かにその手しかないのは事実です」

 どこか諦めたような表情でフィーナは了承した。



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