表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/32

女神様とビーフシチュー ③

「私の世界で、料理を振舞ってはいただけないでしょうか?」


 彼女の突然の発言に、宗教の勧誘とかそういうものなのかなと。翔太は怪しみ始めた。

 世界?お店とかそういうものであれば、引き抜きとかの可能性であろうと思えたが、『世界』という言葉に凄まじく違和感を感じる。


「どう……いう意味でしょう?」

 翔太は怪しみながら彼女に問いかける。


「あっ。いきなりこのようなお話をしてもわかりにくいですよね。――そうですね。どこからお話いたしましょうか」

 彼女は一度水を口に含み、天井を見上げる。


「実は私はこの世界とは違う別の世界の神様なのです」

「神様……?」

 余計変な話になってきた。頭があれな人だったのかもしれない。

 翔太の警戒感は更に増していく。


「と言っても信じてもらえないですよね?」

 と話す彼女の微笑みは、すごい美しい。金髪で蒼眼。まさに外国人って感じの美女だ。

 だが、流暢に話す日本語と更に彼女が言うことがあいまってしまって不信感が漂ってくる。その一方でどこか信じたくなる自分もいる。不思議な感覚だった。


「『論より証拠』とこの世界では言うそうですね。えーっと。すみませんお名前を教えていただけますか?」

「み、深山翔太といいます」

「翔太さんですか……素敵なお名前ですね。あの……ちょっと恥ずかしいのですが、私の手を握っていただけるでしょうか?」

「手を……ですか?」

 女性の手を握るなどという経験はあまりない翔太にとっては驚きの提案だ。一瞬握らせた後にセクハラを行われたと脅迫される可能性があるなと考えたもが、そもそも今この店には翔太と彼女しかいない。そんなことをしても無意味だろう。


 翔太は意を決して彼女の手を握る。

 とても柔らかく温かい彼女のその手。一方で、包丁によるマメなどで少し歪な翔太の手。


「少し目をつぶってください」

 もうどうにでもなれと翔太は彼女の言葉に従う。



 すると、翔太の頭のなかに不思議な光景が流れ出してくる。

 中世の城や、広大な森、見たこともないような生き物。耳の長い人間、まるで樽のような体格の人間、そんな者達が酒を交わし料理を味わっている光景。

 どんどんとその光景は変化していく。


 どれぐらい彼女の手を握り不思議な世界を見ていたのだろうか。

 翔太は、いつの間にか彼女の手を離しおり力を失ったかのようにへたり込む。


「ご、ごめんなさい。加減がわからなかったもので!」

 へたり込む翔太をみてやり過ぎたと思ったのだろう。彼女は翔太の手を掴み直し椅子に座らせ謝罪する。。


 本物だ……。目の前にいる女性は本当に神様なのだと。翔太は実感する。

 自分が見た場所は、地球とは全く異なる世界。異なる文化、種族が存在する――まさに異世界だ。


「で、ですが、これで信用していただけたでしょうか?」

 慌てふためく彼女を見て、神様ってこんなものなのかなとも思ってしまう翔太であった。




 ようやくふたりとも落ち着いたところで話が元に戻る。なんだかんだで時間は夜の11時近い。


「あの。あなたが神様だというのはわかりました。ですが『私の世界で、料理を奮ってはいただけないでしょうか?』とはどういう意味でしょうか?」

「私の世界は、【レクシール】と呼ばれています。あなた方からするとファンタジーな異世界という認識で良いと思います。」

 確かに翔太が見た世界は、地球で言えば中世っぽい風景が見受けられた。SFや近未来な世界というよりはファンタジーという彼女の言葉が適切だろう。


「【レクシール】はまだ文化・文明において今現在のこの世界と比べても格段に劣っているところが多いのです。その内の一つが食文化です。そのため私のようにまだまだ未熟な世界の神はこちらの世界のように発達した世界で勉強することにより自分たちの世界の導き方などを考えるのです。」

「なるほど……」

 実は翔太はこの手の話を知っている。本やネット上で書かれる小説などでよく知っている展開だったからだ。

 とは言え自分にそんな話が舞い込んでくるとは予想もしていなかったが。


「まぁ、簡単に言ってしまうと、あなたの料理の美味しさ、そして技術を【レクシール】において広めていただきたいのです」

「それって、俺がその【レクシール】に飛ばされてとかそういう話になるのでしょうか……?」

 この手の話の場合、神様に異世界に飛ばされて向こうで一人で頑張るみたいな話が多い。そうなると一気に不安になる。


「いえ。今回の場合そういうやり方は出来ませんね。あなたがいなくなってしまってはこの店を管理する人がいなくなります。それに向こうにあなたを送ったとしてもこちらの世界の調理器具などがない以上あなた独自の力で食文化を定着させるのは難しいでしょう」

 彼女は翔太の質問に答えると、このように続けた。


「ですので、この店ごと一時的に【レクシール】に繋がるようにしようと思っています。と言いましても、毎日向こうにつなぐのではなく――そうですね。週に1日を目安にしたいと思っています」

 彼女の提案に、翔太はほっとする。向こうの世界の食材や調理方法などには興味はあっても、向こうの世界で自分の腕一つで生きていけるかと言われるとそんな度胸はない。そもそも今の自分の腕ではこの店の味を再現することだって親父のノートがなければ無理なのだ。


「確か。日曜日がお休みでしたよね?」

「あ、はい。うちは月曜と日曜が今はお休みですね」

 昔は、近辺に多くのオフィスと専門学校があり平日に訪れる人が多く土日を休みにしていた夢味亭であったが、最近は土曜のほうがこの辺り近辺の他の飲食店が閉まっていることが多い関係でそれなりに客が来てくれていたこともあり、月曜を休みにする代わりに土曜日の営業を行うようにしていた。

 それも今では意味が無い状態であったが。


「では、日曜日に【レクシール】に繋がるようにいたしましょう。そういえば、仮に日曜の夜を超えてしまっても次の日がお休みであることで何とか出来ますし」

 話はどんどん決まっていく。


「次に……最も大事なことを決めましょう」

「大事なことですか?」

「ええ」

 という彼女の顔は真剣そのものだ。翔太としても気合を入れざるを得ない。

「週に一度、この店をお借りするのですから、月にいくら払えばよろしいでしょうか」

「え?」

「え?ではないですよ?これは立派な貸し切りによる契約です。店を借りるのですから、それ相応のお金が必要になるはずですよね?」

 その後に、こそっとこの店の借金返済に当てないといけないのですよね?と指摘してくれる。

 そうだった。すでにこの店の借金は1000万近くになってきている。そして返済する目処が立たない以上全額返金と言われても仕方ない状態だった。


「――そうですね。一日につき50万もあれば大丈夫でしょう。月4回から5回と考えて一月に200万では不足でしょうか?」

「200万!?」

 予想を超えた金額に驚きを隠せない。50人のパーティー客を入れたとしても1日の額はそんな額にはならない。


「ええ、なにせ食べてもらう相手はこちらとは全く異なる世界の住人です。特に最初は残念ですが食材が無駄になってしまうことが多いでしょう。そのような迷惑料を兼ねてのお話です」

「なるほど……」

 それにしたって月200万という話は破格の話である。

 こちらとしてはもう断る理由がなかった。だが気になるところはある。


「一つよろしいでしょうか」

「はい、何でしょう?」

「店のレンタル料としてのお話はわかりました。ですが、実際に来られたお客さんが支払うお金はどうするのでしょう?」

 お金の話をすると厭らしくなってしまうが、仕方ない。

 1日50万という話は魅力的だが、貸し切りということはそこでの料金はすでに支払っているとも言えるため、向こうの客が払う金がなかった場合、これで万が一客が50万円分以上食べたりされたら一気に赤字行きである。

 普通に考えればありえない話ではあるが、異世界の方を相手にするのだから、それぐらいの大食いの客が来る可能性は否定できなかった。それに向こうの世界のお金はこちらの世界ではおそらく無価値になってしまう。同様にこっちの円も向こうではただの紙屑や硬貨でしかないだろう。

 つまり彼女のこの後の提案次第では、50万という数字も上辺上の数字になってしまう。


「あーなるほど。それについてはその客が食べた価格分を私が立て替えましょう。私でしたら向こうのお金も使えますし」

「神様にこのようなことを聞くのは失礼なのですが……お金は大丈夫なのですか?」

 彼女は神様とはいえ、この世界の住人ではないわけで、そんな大金を持っているのかと気になってくる。


「大丈夫ですよ?――そうですね。確か10億円ぐらいは、口座にありますし」

 ――10億!?

 現金を持っている神様というのも妙な話だが、それにしたって金額がすさまじい。

「ちなみに、どう稼いだかなんかは内緒です」

 満面の笑みで口に指を当てながら答える彼女に翔太はそれ以上聞く勇気は持てなかった。




 食材の準備や異世界への転移時の注意点などいろいろな話をしていた結果、時刻は0時をまたいでしまっていた。


「では、来週の日曜日から始めましょう」

 彼女が用意してくれた紙――契約書に翔太の名前と拇印を押した後彼女はそれを自分の服の中に入れてしまった。

「ああ、控えが要りますよね?コピー機ありますか?」

 再び返してくれた契約書を奥の事務所のパソコンでコピーしてくると、彼女はコピーの方を受け取った。


「原本はあなたが持っていてください。それに魔法をかけておきます。週に一度【レクシール】に繋がるようにする魔法です」

 翔太は頷き、大事に仕舞いこむ。

「日曜の朝、再びこの店に来ますね。万が一あなたに何かがあってはいけませんから」

 微笑む彼女からは神々しさを感じさせてくれる。彼女とならばやっていけそうだ。そんなふうに思わせてくれる。


 彼女がドアを開け店を去ろうとした時、翔太は大事なことに気がついた。

「あ、あの!神様。この店を救ってくれてありがとうございました!」

 感謝の言葉と礼をする翔太。

 振り返った彼女は笑みを絶やさずこういった。

「まだ救われていませんよ?この店はこれからあなたが自分の手で救い上げるのです。私はそれまでのチャンスを与えただけです」

「は、はい!頑張ります。そういえば……神様のお名前を伺っておりませんでした。教えていただけませんか?」


 彼女は、そういえば教えていませんでしたねと苦笑しながら答えてくれた。



「私の名は、フィーナ。【レクシール】において豊穣を司りし緑の神です。翔太さん、これからよろしくお願い致しますわね」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ