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ドッペルゲンガーと??? ②

「うがっ……」

 僅かなうめき声を漏らしながら、目の前のミノタウロスの男が前のめりに倒れる。

 演技でなければ、まず起き上がれない倒れ方だ。

 よく見れば、体中に細かい穴が開いており、そこから夥しい量の血が流れている。


「次!」

 レイピアを構えていたシェルネアは、倒れたミノタウロスには気にもとめず次の相手を求める。

 というのも、この程度ならば死なないということがわかっているからだ。

 死なれては困るが、戦闘不能にはしないといけない。でなければ訓練にはならない。

 死ななければ治癒魔法で治せる。だが、その痛みは体にしっかりと残るのだ。次は同じ痛みを味わわないようにと思うようになり訓練に勤しむようになる。

 荒療治ではあるが、これがシェルネアのやり方でもあった。


 一方で、それができる程度には今戦った部下のミノタウロスとシェルネアの実力には差があった。

【赤の魔女】テレーゼや、魔王の娘にして【蛇姫】と呼ばれる現グラフィリア領主メディスは別格とし、シェルネア自身の強さは、相当のものである。

 でなければ、彼女が領主代理という地位になることもなければ、メディスが領主になるまでその地位を守りぬくことなど出来ない。

『欲しいものは力で奪い取れ』を掲げる魔物の国では権力者は常に実力者なのだ。


 声を張り上げ次の相手を探すが、シェルネアの他に動くものはいない。

 20ほどいた部下は、全員が血まみれで伏せていたり、治療班に運ばれて部屋の端に固められてる。

 だが、シェルネアは構えを解かない。何故ならシェルネアに次いで強い相手をまだ倒していないからだ。


 動くものはいないが、直立不動のまま動かないものがそこにはいた。

 それは、シェルネアによく似た。いや瓜二つというべき銀髪のダークエルフ。

 双子と言ってもいいほどに、二人は似ていた。と言うより、まるで鏡に映したかのように全く同じ顔と体をしている。

 違いといえば、服装や剣の飾り程度しかなかった。



 もう一人のシェルネアはゆっくりとレイピアを前に突き出す。

 シェルネアも、同じように構える。

 お互いに全く同じ動きになりながら少しずつ距離を詰めていく。

 少しだけ、シェルネアは腕の関節を曲げる。ほんの少し。ほんの少しだけのごまかし。

 自分の射程をほんのわずかに錯覚させる程度のごまかし。

 だが、この僅かな距離の差が勝負を分ける。


「シッ!!」

 シェルネアの持てる最大の速度での突き。本気で殺しに行くレベルのその攻撃を。相手は本来のシェルネアが躱すよりほんの少し大きく躱す。


(カウンター!)

 相手の剣の先がシェルネアの体にむけて飛んで来る。

 それは自分が繰り出した先ほどの一撃よりやや遅いが、体勢を崩した自分には十分な一撃。

 だが、来るとわかっているならば躱せる。

 シェルネアはギリギリのところでその一撃を躱す。

 躱したと思っていたところを確認し、僅かに剣が触れた跡が残る革鎧をみて思わず笑みを浮かべていた。



(……いい!よくここまで育ってくれた)

 もう一人のシェルネアは、本来シェルネアの肉体が行える理想の戦い方を行っていく。

 力が他の種族より高いわけではないダークエルフは、スピードや器用さ、そして魔法で攻めるのが正しい形だ。

 そして、相手の力を活かしたカウンターこそシェルネアというダークエルフの肉体において攻撃を行うのであれば、理想形になる。

 その理想の戦い方を、相手は体現してくる。

 そう、本来であれば、シェルネアが取る戦術を相手は忠実に取ってきているのだ。

 故に嬉しい。


 そこまで自分の肉体を真似たことを。


 その歓喜は、シェルネアの動きを一瞬妨げる。


(しまった!)

 気がつけば、あまりにも深く踏み込んだ一撃を放っていた。

 そして、相手はギリギリのところでそれを躱し、今までのようにカウンターを打ち込んでくる。


 そして、一瞬の痛みを感じた後、シェルネアは一気に後方へと引き下がっていた。



「おお……!?」

 周囲で治癒魔法で回復した後に休んでいる部下たちから溢れる小さな驚きの声。

 そして、その声の原因もシェルネアは理解していた。


 頬から滴り落ちる血。

 20人ほどの部下とやりあって一度も攻撃を受けなかったシェルネアが見せた初のダメージであった。


 シェルネアは、その傷に触れ血を舐める。

 傷は浅い。だが、明らかに肌が裂け血が出ているのが実感できた。

 浮ついた気持ちを、自分の血を舐めることにより宥める。



 再び、両者は最初の体勢に戻っていた。

 そして、シェルネアが距離を縮める。

 相手はそのまま動かない。


 これでは、先ほどと変わらない結果が待っているだけ。

 見ていたものは皆そう思っていた。


 シェルネアが突く。それは先程より更にほんの僅かでは有ったが早いように感じる一撃。

 それを相手はギリギリで躱す。そしてカウンターを打ち込む体勢に入る。

 だが、シェルネアは予想外の動きを行っていた。

 実は突いたのはフェイント。そのまま相手に密着したのだ。

 こうなれば、刺す武器であるレイピアは何の役にも立たない。互いにある程度の距離が有るからこそ、武器として成立していたものだったからだ。


 予想外の動きに、もう一人のシェルネアは目を丸くする。

 その隙を逃すシェルネアではなかった。

 腹部に拳を打ち込む。

 そして、くの字に折れた彼女の頭部に、思いっきり足を振り上げ、踵を後頭部に振り落とした。


 後頭部の一撃は彼女を地面に叩きつける。

 なんとか、その場を逃れようとした彼女は起き上がろうともせずに、そのまま転がる。

 だが、彼女が上を向いたその瞬間に動きは止まる。

 彼女の首筋には、シェルネアが持ったレイピアの先があたっていたからだ。


「……まいりました」

 もう一人のシェルネアは降参する。そしてその声はその姿にそぐわない少年のような声であった。






「……貴様ら、いつまでそこで寝そべって休憩しているつもりだ!」

 シェルネアは苛立ちを含んだ声で、周囲で倒れ、いや休憩していた部下たちを叱責する。


「訓練は終了だ。さっさと街の警備にもどれ!」

 いつもの彼女ならば、このようなことは言わないだろう。命すらかかった訓練の後なのだから、治癒魔法で治療したとはいえ、疲労困憊と言ってもいい状態だ。すぐに現場にもどれなどという指示はいくらなんでも無茶である。


 だが、隊長が言うのであればと、皆が少しずつではあるが起き上がり、訓練場から退出していく。

 先程まで半死半生だったミノタウロスも、治療班によって止血もおわっており、なんとか、起き上がった後ふらふらとした体勢で歩こうとしたところを、他のものが受け止める。そして、そのまま抱えられた体勢のままのっそりと出て行った。


 そして、最後に戦ったすでにもう一人のシェルネアの姿はなかった。そこにはダークエルフの少年、いや青年と少年の間のような顔と姿をした副隊長の姿があるだけだ。


「ファイク。貴様には話がある。後で私の部屋に来い」

 シェルネアは治療班の制止を振り切り頬の傷を治すこともなく、訓練場を後にした。

 これを見れば、シェルネアが何に対して怒っているのかは分からないが、誰に対して怒っているのかは明白であった。


 グラフィリア領軍副隊長ドッペルゲンガーのファイク――ファイクハイトは、怒れるシェルネアの言葉に恐怖を感じながら黙って頷くのであった。







「失礼します!」

「……座れ」

 ファイクがシェルネアの部屋に入った途端にシェルネアが発した言葉がそれであった。


 机を境に向き合いながら座る二人。

 シェルネアの傷は血は止まってはいたが、その美人な顔に対する大きな汚点として残っていた。

 だが、それよりまるで無表情といってもいい顔つきのほうが見る人物からすれば恐怖を感じるだろう。



「……あいつらには、無茶で悪いことを言った。お前から後で言っておいておいてくれ」

「大丈夫ですよ、隊長のことはみんなわかっていますから」

「そうか……」

 シェルネアとしても、流石に言い過ぎたと思っているのだ。だがそれほどまでに最後の稽古の一件は苛立ちと失望を生んでいたのだ。

 だが、部下たちはそれでシェルネアに対して失望することなど無いだろう。

 時に、あのように激昂することはあっても、普段の彼女は部下思いの隊長なのだから。そしてそれは今までともに戦ってきた部下としては当たり前の感情であり、そしてファイクも同様であった。


「さて……ファイク」

「は、はい……」

 名指しされたことにより、今度は自分に対することと理解する。そうなるとファイクも動揺する。というより今回の一件は自分が原因であったのは明らかであったからだ。


「……何故最後のところで、手を抜いた?」

 シェルネアのその言葉に、ファイクは言葉を返せなかった。


「気づかないと思っていたのか? お前が真似たのは『私』だ。ならば、『自分』が手を抜いているかどうかぐらいはわかるぞ」

 シェルネアのその言葉には、冷静さもあるが明らかに怒りの気持ちがこもっているのがファイクにもわかった。

 シェルネアという人物を何度も『真似た』ファイクだからこそ、シェルネアの怒るところがより分かるのだから。


「……そ、それは」

「勝利を譲ってくれと誰が頼んだ? 貴様は、そんなことをしたお前に勝ったとして私が喜ぶとでも思ったのか!?」

「ち、ちがいます!!」

 互いに、声を張り上げてしまう。


「では、何が違うというのだ?」

 そのシェルネアの指摘に、ファイクは沈黙で答えた。




(……こうなると埒が明かん)

 シェルネアはファイクの性格を知っている。明らかに違うことには否定するが、言いづらいことなどに対しては沈黙を貫く。そしてそうなった彼の口を開かせるのは、無理難題の代名詞的扱いである【暗黒海】の貝をこじ開けるよりも困難だということもだ。



 最初、シェルネアは素直にファイクの成長を喜んでいた。


 ドッペルゲンガーという種族は、他者を真似る種族だ。だが、その真似られる能力の上限は個体差がある。

 平均をすれば、シェルネアを真似たとしてもその5割の力を発揮するのが限度というレベルである。

 にも関わらず、ファイクはシェルネアの力をほぼ完全にとはいえないが9割に相当する程度には真似をしている。そしてそこから他に真似たものの力も含め、自分のものとしていたことになる。

 故に、シェルネアと互角とはいえないものの、傷を与えることができる程度にまでなっていたのだ。

 そして、真似るものによってその力は更に増すことになる。

 もし、彼がテレーゼや、メディス、もしくは魔王ベールフェゴルを真似れば、もはやシェルネアですら勝てない可能性すらある。


 だからこそ、最後の最後で手を抜かれたのが怒りを呼びこむ。

 実際、シェルネアを『真似た』存在にシェルネアが負けることなどありえない。

『真似』しても、完全に相手の力と同じになれるわけではないためだ。油断してシェルネアが傷を負ったのは確かだが、そこまでの範疇であり、あのまま本気で戦っていれば多少の時間の差はあっても結果としては変わらないだろう。


 故に何故、彼が手を抜いてわざと負けたのかがシェルネアには理解できなかったのだ。

 だが、こうなっては彼は沈黙と稚拙な言い訳を繰り返すだろう。

 それではシェルネアの求める結果にはならない。


(どうしたものか……。そういえば、こういう時は)

 シェルネアは、ふと女神フィーナと話していた時のことを思い出す。


「まぁ、いいだろう」

 ファイクはため息を吐きながらのシェルネアの言葉に、ようやく安堵する。

 普段であれば、このまま日が暮れるまでこの状態のままだったことに比べれば今回の尋問は天国と言ってもいいレベルだった。


「ファイク」

「は、はい!」

 安堵したところに、シェルネアの言葉に動揺するファイク。


「明日、一緒に美味いものでも食べに行かないか?」

「美味しいものですか?」

「美味いものを食べ、美味い酒を呑む。そうすれば貴様も言いたいことの1つぐらいは口から漏れるだろう」

 あまりにも、率直な目的を明らかにするシェルネアの言葉にファイクは言葉を失う。

 だが、彼に拒否権などない。


「わ、わかりました」

 ファイクはそれを了承する。

「決まりだ」

 シェルネアはその返事を聞いた後、にやりとし、ようやく無表情から表情を崩した。




 静かに閉まるドアを見届けた後、シェルネアは椅子から立ち上がり、窓を見る。


(もったいない。実にもったいない。奴にその力を振るう気があれば……)

 可能性を考えたが、それがありえないことだと思い返して、シェルネアは再び溜息をつく。


 ファイクは才のある存在だ。だが、才能があろうが、力があろうが、それを躊躇うのであればあっても意味は無いのだ。

 彼に野心があれば、今のシェルネアの地位どころか、もっと上も目指せたかもしれない。

 何故わざと負けたかはわからなかったが、だが彼の気持ちの根幹にあるものは理解しているつもりだ。

 ――戦いたくないのだ。

 その優しすぎる性格はシェルネアも理解していた。だからこそ、前線ではなく早くに副隊長に任命し、どちらかと言えば軍師のポジションになるように扱ってきたつもりだ。

 だが、この世界において、この部隊に居る限りは戦うということからは逃げられないだろう。


「どこかに、奴の才能を活かせる場所があれば良いのだがな……」

 いずれ彼が選ぶだろう結末を想像し、静かにシェルネアは瞳を閉じ、ファイクの未来にとって一番いい道を思案するのであった。



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