女子学生とポトフ ②
また一ヶ月以上開いてしまいました。申し訳ありません。
(……ポトフでいいんだよね)
琉華は思わず声に出したその料理名が間違っていないかと不安になったが、あっているはずだと思い直す。
「本来は、具を別皿にするものらしいけれどね……ま、まぁ、まかないだから」
恥ずかしそうに翔太は言い訳をする。
確かに、見た目は具沢山のスープだ。
だが、この感じが良い。
半透明の黄金色のスープに色とりどりの野菜と、ベーコンにソーセージ。
空きっ腹には間違いなく耐えられない誘惑だった。
琉華は早速、スープをスプーンで掬い口の中に運びこむ。
(美味しい!!)
空腹こそ最大の調味料とは言うが、そんなレベルではない美味しさである。
琉華の手は止まらず次のスープを求める。
それを三度ほど繰り返して、思わずはしたなさに我にかえるが、翔太は気にも留めない様子で自分の分を食べ始めていた。
スープの次は具材である。野菜はいくら柔らかくなっているとはいえ一口で食うには少々大きすぎるので、小さくナイフで切ったあとフォークに突き刺す。
そして、更にベーコンを突き刺したあと合わせて一緒に食べる。
それはまさに魔法だった。
人という存在しか、これほど複雑な味を求める存在はいないだろう。
肉食、草食動物は言うまでもなく、雑食性の動物でさえ、これほど多くの食材を食事で一つの料理として作り上げることなどしない。無駄なことでしか無いからだ。
知恵を持つ人という存在でしか味わえない甘美な罠。
間違いなく、今琉華は幸せだった。
自分に降り掛かった自分の人生最大の不幸を一瞬ではあるがかき消すには十分すぎる美味しさであった。
そして、その美味しさは琉華に少しの余裕を与える。
その余裕は、彼女の固まっていた記憶を揺るがすには十分なものであった。
――本当に、自分が見たのは彼が浮気をしてるシーンだったのか。
健二とそれの唇は間違いなく重なっていた。でも、それは本当に人だったのか。
仮に人だったとして、それと健二は望んでそのような体勢になっていたのか。
色んな物が浮かんでくるが琉華は一度頭のなかでそれをかき消す。
今そんなどす黒いものを考える必要はない。折角の料理を醜く不味くするような事は後回しでいい。
琉華は食べることに専念する。いろんなことを忘れるように。
そして、翔太が作ってくれたポトフ、そして温めなおしてくれたパンを口いっぱいに頬張る。
今はこのとても美味しい賄いに感謝する。そして、迷い迷った結果、ここに。彼に飛び込んだことを感謝していた。
(あの感じなら大丈夫そうかな)
翔太はそんなことを考えながら、自分のポトフを平らげていた。
(しかし、他の人と食べるなんていつぶりだろう)
女神フィーナとは、夜に一緒に食べることはあるが、相手が神様ともなれば緊張もする。
そんなことも有り、こう落ち着いて他人と一緒に食べるということは長い間してこなかった。
(――美味しいな。いい出来だ。……でも、もう少し)
翔太は自分の料理の出来に自画自賛していた。
賄いのポトフ風のスープは日頃からよく作るメニューである。
なにせ、余ったスープに具材を放り込むだけでできるお手軽さだ。
自分一人で食べている時や女神様と緊張しながら食べている時には感じない自分の料理の出来。
そしてそれを喜んでくれている琉華の姿を見て満足しつつも、もう少し美味しくできる要素がある、そんなことを考えていた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
結果的に、琉華は2杯、翔太は3杯おかわりをしていた。
お陰で、鍋は綺麗に空になっており、捨てるところは一つもないというような状況である。
「雨の音しないな」
翔太は片付けつつ、そんなことを口に漏らす。
ついでに、店の外へと顔を出す。
「うわぁ……」
翔太は外の景色を見て、言葉を失う。
「どうしたんで……」
翔太のその様子をみて、出てきた琉華もまた言葉を失っていた。
そこには、雲ひとつもない、満天の星空が顔をのぞかせている。
「綺麗ですね……」
「台風の目ってやつか……」
よく見れば、周囲には厚い雲がみえ、自分たちの店の上だけまるで雲を繰り抜いたかのようになっている。
まさに奇跡的な光景ともいえた。
「今ならタクシー呼べば、来てくれるかな」
翔太はそんな雰囲気をぶち壊すことをいいながら、店のなかに戻る。
いつまでもこの素敵な景色は続かない。台風の目の下にいるのは一瞬だけの話なのだ。
タクシー会社に電話をすると、10分ほどで店前に来てくれるとのことだったので、一応琉華に確認を取る。
「10分ほどで、タクシーが来てくれるらしいから、琉華ちゃんそれで帰って」
「え? でも、私お金が」
「それぐらい僕が出すよ」
もともと、琉華にここに泊まらせる気はない。泊まれるぐらいの寝具はあるが、なにせ着替えがない。
自分の物を着てもらうなんて気が引けるし男物の服で仮に済ますとしても、今度は朝に困ることになる。
未成年の子を家に泊めるというのはリスキーなのだ。下手をすれば本気で逮捕されることになる。
人によっては追い返すように見えるかもしれないが。
「すみません……何から何まで」
琉華としては申し訳ない気持ちでいっぱいである。
大雨の中店の客と店主という関係しか無い男性に飛び込んだ上に、食事を作ってもらい、しかも家に帰るまでのタクシーとその代金まで出してくれるというのだ。
琉華が携帯を見ると、何件も彼氏である健二からのメールやSNSのメッセージが来ていた。
彼とはちゃんと話さないといけない。自分が見た光景が現実だったのか、そしてこれからのことに関してもだ。
有耶無耶にする気はないし、彼もそのつもりはないと思いたい。
そんな時、琉華は店の中に貼ってあったアルバイト募集中の張り紙を見つける。
結構目立つ位置に貼ってあったはずなのに、それにすら気づかなかった自分がいかに今日自分を見失っていたかを痛感していた。
「翔太さん。これって」
「ああ、琉華ちゃんや他のお客さん達のおかげで忙しくてね。料理の手伝いじゃなくて接客メインで雇おうかなと思ってるんだ」
客が増えるということは、トラブルも増えることになる。
考えたくはないが、食い逃げなどが発生する可能性もある。食券制にでもすればこのような事態は防げるが、コストとかを考えれば不可能だし、そもそもそれでは他の問題について解決するわけではない。
「あの。私を雇ってもらうわけには行きませんか?」
「琉華ちゃんを?」
「接客というか、アルバイトってやつをしたことしたこと無いんで、ご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんが……」
「……いや。琉華ちゃんなら喜んで」
翔太としても、知っている人間のほうがありがたい。経験なんて後から積んでくれればいいのだ。
それにすぐにでも欲しいと思っていたところに、彼女の提案。
断る理由など翔太にはなかった。
「細かい話は、明日以降に改めて詰めようか」
「えっ?」
「ほら、タクシー来ちゃったからね」
そういうと、翔太は外を見る。
年配の男性が、店の入り口で立っていた
「お待たせしました」
そう言った運転手と思われる男性がこちらを見ているのに気づいた琉華は思わず恥ずかしさで頬を染めるのであった。
その日の夜。
一つのブログが更新停止の記事を投稿した。
そのブログは、投稿者が実際に訪れて美味しかった料理店の感想を述べるもので文章の丁寧さやたまに掲載される画像の服などから若い女性と判断されること、またその味の評価や見つけてくる店が後にブームになる店であることでいわゆる発掘者としても定評の有ることなどから人気のあるサイトである。
その記事にはだいたい次のようなことが記載されていた。
自分がある飲食店の従業員となること。
そのため、今後他の飲食店の評価やレビューを書くことは好ましく無いと判断し、更新停止とすること。
今まで見てくれた方に感謝することなどである。
更新停止の記事のコメントには、「止めないでくれ」をいう停止を嘆くものを筆頭に様々なコメントが飛び交うことになった。
また、一部の投稿者に興味をもつものは、過去の画像や記事から、彼女が勤めることになる店を特定しようなどという行為が始まるなど様々な動きを見せることとなる。
次回以降は、エピソードが書き上がってから投稿することにします。




