女子学生と??? ①
お久しぶりです。
そして、この暑い季節に合わないという。
「ふぁぁぁ……」
営業中に不謹慎この上ない欠伸。
誰もいない店内、そして綺麗に清掃しつくされたのを確認し、実質やることがない翔太は店内でのんびりとしていた
(今日はましだけど……疲れたな)
最近の夢味亭の売上は右肩上がりである。通常時も居世界での営業も順調と言って良いレベルにまで上がってきている。
通常時は、ホットドッグの一件以来、ランチが主ではあるが夜の客も着実に増えてきている。
特にランチは、てんてこ舞いの状況であった。
営業に関しては順調である一方で、別の問題も発生してきていた。
人手の問題である。
異世界での営業は、女神フィーナが給仕として働いてくれているが、普段の営業は翔太一人で全て行っている。
今までの客数ならばそれでも十分に対応できていたわけだが、ここ最近は手に余ってきているところが多い。
(やっぱ雇うしかないよなぁ……)
カウンターに頬杖をつきながら翔太は思案していた。と言っても行動は起こしている。
昨日店内に貼ったアルバイト募集中の張り紙である。
流石に、昨日の今日で来るとは思っていないし、そもそも今日の客数は普段より相当落ちているため、尚更である。
とは言え、この張り紙で効果が無いのであれば、求人誌やサイトに登録して大規模に募集することになる。
その一方で、人を雇うという抵抗があるのも事実であった。
今は順調に立てなおしているが、また崩れないとも限らないと翔太は自分の中で思っている。
そうなった時自分はどうとでもするが、雇った人間の面倒を最後までしっかり見てあげられるのか?的な考えがあるのだ。
アルバイトやパートであれば働いた月の給料さえちゃんと賄ってあげれば良いだけの話ではあるのだが。
人を雇うという以上はそれに応じた責任も出てくると翔太は思っている。故に踏ん切りが完全にはついていないところがあった。
だが雇わなければ、翔太自身がパンクするのは目に見えているし、実際疲労などを感じているところがある。複雑な心境であった。
時計を見て、閉店の準備をし始める。
今日に限って言えばもっと早々に店じまいしても良かったかもしれない。
そんなことを思いながら、翔太は店の外に出る。
雨こそましだが、ものが飛んできそうな激しい風が店の前で吹き荒れていた。
そう、今日夢味亭の客を減らした要因――台風である。
昼こそ、まだ暴風域一歩手前であったので客足は落ちたが予想していた程度の売上を出すことが出来たのだが、今年最大とも言われる大型台風、しかも直撃ともなれば客なぞ来るはずもなかった。
この近辺では浸水などの心配がないのでそこは気にしていないが、やはりこれほど強烈な風ともなれば翔太とて不安になろうというものだ。
実際、窓が割れそうな音がしていたため、途中で窓のシャッターだけは下ろしていたのだが。
しっかりと固定させておいた置き看板を店のなかにしまい込もうとした時、路地から誰かが走ってくるのが見えた。
それは傘もささないまま、路地から飛び出て辺りを見回したかと思えば、翔太の姿を見て一目散に走ってくる。
徐々に近づいてくるその背丈と服装を見て、翔太は驚く。
「琉華ちゃん!?」
翔太の声が聞こえたのか、聞こえなかったのか。琉華はびしょびしょに濡れた状態で翔太の胸に向かって飛び込んだ。
「うわっ!?」
思わぬ彼女の行動に、そのまま押し倒されてしまい、背中が濡れた地面に接触する。
「翔太さん! 翔太さん!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁん」
翔太の名前を呼びながら彼を抱きしめたまま泣き叫ぶ琉華。
暴風雨の店先の前で、翔太と琉華はしばらくそのままでいたのであった。
(どうしたものかな……。いやどうしてあげるべきなのかな?)
翔太は琉華の話をそんなことを思いながら聞き続けていた。というか、話を聞くことしかできていなかった。
泣きじゃくる彼女をなんとかなだめつつ、店の中へ連れて行き、テーブル席に座らせて、奥からタオルを持ってきた。
夢味亭の奥は言うまでもなくキッチンとなっており、更に奥は事務所兼更衣室、二階は翔太の居住スペースだ。
体を拭くものを用意することぐらいは容易い。
ついでに翔太は着替えも済ませたのだが、びしょびしょになった琉華の替えの服までは流石になかった。
お風呂に入って体を温めてもらうといういうのも思いついたが、彼女の様子を見ればそれどころではないと踏み、着替えもそこそこに、琉華に何があったのを聞くことにした。
彼女の話を約一時間聞き続け、取り留めのないところを外し、翔太がまとめたのが次のようなものになる。
今日の朝から、琉華の彼氏である健二の家でともにレポート作成をしていたのだが、昼過ぎから一気に天候が崩れ不安に思った彼が帰ったほうがいいと勧めてきた。
琉華は彼の思いに感謝し、家に帰った。
しかし、帰った後彼の家にレポートのデータを入れたUSBメモリを忘れたことに気づいたのが夕方のこと。
天候が不安ではあったが、彼の家に泊まればいいと思い、傘をさして向かった。
合鍵は持っていたので、驚かせてやろうとインターホンもせずに、彼の家のドアの鍵を開けた先には。
彼と自分が知らない女性がキスしあっている光景があったらしい。
ここからはもう、断片的な情報からまとめたものだ。
その状況を見た琉華はいうまでもなく激怒、近くにあった彼の靴とかを投げつけ、そのまま飛び出した。
どこをどう歩き回ったのかはわからない。
傘もどこかでなくしてしまったらしい。ずぶ濡れのまま、何も考えずに歩いて、見知った顔である翔太の姿を見て思わず飛びついてしまった。
以上となる。
翔太にできたのは、この話を聞きながら彼女の言葉に頷き返したり、「私って魅力なかったんでしょうか……」という質問に対して否定してあげることしか出来なかった。
一方で、無事ここまで辿りつけたことに少し安堵していた。
この周囲の治安は悪いとは言わないが、如何わしい店や結構危ない噂を聞く店などもある。
台風直撃の時にそういう店がやっているのは知らないが、万が一という可能性もある。
琉華という知っている、いや世話になったと言ってもいい人間にそのような不幸をさらに上書きするようなことが起きなかったことを神様に感謝していた。
話を聞いている間。落ち込む彼女を慰めたりとか、触れるとかは全くしなかった。出来なかったというべきだったかもしれない。
とにかく、話を聞きつづけることを繰り返していた。それしか出来なかっただけなのだが。
それが功を奏したのかはわからないが、少し琉華は落ち着いてきていた。
琉華としては行き場のない感情をぶつけるしかなかったのだが、翔太はそれに対して何かを提案するとかいうことはなかった。
感情を一通り吐き出した琉華は、こんな自分に対してずっと真摯に話を聞いてくれていた彼に恥ずかしさと申し訳無さがこみ上げてきた。
「……ごめんなさい」
琉華からもれた翔太への謝罪。
「落ち着いたかい?」
その言葉を聞いた翔太は、彼女に対して怒りなどの感情は全くなかった。むしろ彼氏の方に怒りをぶつけてやりたい状況だった。
琉華は翔太からみても可愛い女の子だ。真っ黒でまっすぐ伸びた髪はそれだけでも映えるし、顔も薄いメイクをしている程度。
着飾った子が嫌いなどというわけでもないが、過度の粧飾で本来の姿が見えなくなるような子より彼女のほうが素敵だと思っている。
そんな子を泣かすような男に対して、ふつふつと煮えたぎるような感情がのぼってくるのは仕方ないことだろう。
もちろん、彼の方にもなにか言い分があるのかもしれない。
だが、はっきり言ってしまえば、彼女に対してそういう思いをさせてしまった時点というかキスしあってるところを目撃されている時点で弁護の余地などない。
「……少し」
翔太の言葉にゆっくりと、少しだけだが頷き返す琉華。
「それなら良かったよ……。でも、どうしようか……」
翔太が見たのは、窓の外。シャッターで見えなくなっているが、激しい雨と風の音は止みそうにない。
泊まっていく? と提案するのも翔太としても気が引ける。
彼女は確か未成年。
下手をすると翔太の両手が後ろに回るなどという展開も想像してしまう。
いや、今の状況で万が一警察官が入ってきたりすれば、その時点でダメかもしれない。
ネガティブな方に発想が動いていってしまう。
(タクシー呼べばきてくれるかなぁ……)
来てくれるかもしれないが、今の彼女を放り出すようなことをするのも流石に気が引けてしまった。
無言が二人を支配する。
そんな空気をぶち破ったのが、翔太、そして琉華の二人が鳴らしたお腹の音であった。
「――そういえば、琉華ちゃん。昼から何も食べてないんだっけ……?」
「……はい」
恥ずかしそうに、俯く琉華。
その様子を見て、自分にできることを思いつく翔太。
「もし……だけれど、お腹すいてるならなにか食べていかないかい?」
「でも……」
「俺も、まだ晩ごはん食べてないんだよ。営業時間外だし仕事着じゃないから、これは夢味亭の店主としてじゃない、プライベート。個人的なまかないになっちゃうけど、琉華ちゃん置いて俺一人で食うとかありえないしさ。琉華ちゃんが食べる気ないんだったら、俺も我慢するけれど」
「……お願いできますか?」
彼女の言葉に頷き、奥の厨房へ行く翔太。
店を閉める前に、仕込んでおいた自分用のまかない。
夏場にはちょっと暑いものになるが、雨で濡れた体にはちょうどいい。
そして、重いメニューが多い夢味亭の中では、比較的軽いメニューになる。
『何にも喉にものが通らない時は俺らにはどうしようもねぇけどさ、ちょっとでもなにか食べたいって気持ちになった時にもっとくいてぇって思わせるような旨い料理をだす。それが俺らの仕事さ』
翔太は思わず父の言葉を思い出していた。
パンを温め直しながら、翔太は味を確認する。
程よく、様々な味で溢れたその味の出来を舌で確かめた後、僅かに足りないところを最後に調味料で整える。
別皿にサワークリーム。それを注いだ器の端に粒マスタード。
温かさと風味が帰ってきたパンを盛りつけ完成である。
「琉華ちゃん。おまたせ。さぁ食べようか」
テーブルに置いた料理を見て琉華がおもわず唾を飲み込む。
「……ポトフ」
唾を飲み込んだ彼女から、その料理名がこぼれ落ちた。




