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領主とオムレツ ④

本当に遅くなりました!!


(本当に蛇だ……)

 翔太が彼女を最初に見た印象がまさにそれだった。


 頭部の髪の代わりに生えた無数の緑色の蛇。

 その印象は、オークやゴブリンなどよりもインパクトの強いものであった。

 一方で、それ以外のところを見れば、ティーンモデルと言っても過言ではないような美しい少女であった。


 異世界における夢味亭の関係者や客で女性といえば、女神であるフィーナ、そして今回領主を連れてきたダークエルフのシェルネアがいるわけだが、彼女たちはどちらかと言えば美女のカテゴリーに該当するため、メディスのような美少女は例がなかった。


「いらっしゃいませ、ようこそ! 夢味亭へ。この店の主を務めさせてもらっている深山翔太と申します。この度はこのような場所にまでご足労頂き誠にありがとうございます」

「ご丁寧にありがとうございます。部下のシェルネアから聞いているとは思いますが、新たに領主となりましたメディス・H・ベールフェゴルと言います。この度は、異界の素敵な料理をご用意されているとお聞きしております。こちらこそよろしくお願いします」

 互いに挨拶を交わし、フィーナが「どうぞこちらへ」と、メディスを案内する。

 そして、翔太は一礼した後、キッチンへ戻り、料理を仕上げる準備をする。


 卵を使う料理は多々あるが、卵をメインにする料理となると数は限られてくる。

 とはいえ、今回の場合すでにシェルネアから要望を聞いていたため、すでに作る料理は決まっている。


 ――オムレツ。卵料理の代表格である。

 このオムレツという料理は、卵を溶いて味付けをして焼くだけという非常なシンプルな料理なのだが、シンプルが故に数多くのアレンジを加えられる幅の広さが存在し、また焦げなく美しくふんわりと仕上げるとなると非常に難しいプロにとっても基本となる料理である。


 夢味亭においても、オムレツはセットメニューにミニサイズのを作ることがあったり、チーズ・ベーコンなどを中に加えたチーズオムレツなど、メイン・サブと幅広く扱うメニューである。

 翔太は、手際よく卵を割り溶いていく。

 もう何万回繰り返したかわからない手順による作業は何も考えなくても最適化された動きによってこなされていく。

 卵は最初に塩コショウを付けない。

 入れるのは牛乳と生クリームだけ。

 これは、固形物が入ることによって凝固温度が変わってしまうためだ。


 この辺も人や店によって手法が全く異なり、マヨネーズを入れるなんて手法もあったりする。


 予め用意しておいた中に入れる具の味を確認して、次の作業に移っていく。

 とはいえ、後は焼くだけ。

 オムレツ用のフライパンを用意し、熱していく。

 手順だけで言えばシンプルだが、ひとつひとつ丁寧に無駄なく動くその姿は、どこか人を魅了する。


(人はなんて素晴らしい生き物なのでしょうね……)

 影で見ていたフィーナは、料理を仕上げる翔太の姿を見てそのように感じていた。






「お待たせいたしました、『オムレツ』でございます」

「まぁ……」

 今回翔太が作ったのは、いわゆる家庭でも作られるタイプのオムレツである。

 中にひき肉、タマネギ、マッシュルームをくわえたものだ。


「もう一品ございますので、こちらは少し小さめにしております」

(二品というわけですか……)

 異界の料理を少しでも味わいたいメディスに取って、これはありがたい配慮であった。


「こちらのケチャップは後でおかけになられるといいと思います。では、ごゆるりと」

 一緒においた赤い液体の説明をした後店主は再び奥へ消えていく。あの中で料理を作っているのだろう。その料理風景も是非に一度見たいものだと思う。

 メディスはその振る舞いに一度頷き。自分の目の前に置かれた料理に視線を戻す。


(綺麗ですわ……)

 黄色の膜でくるまれた欠けた月を思わせる形。

 焦げ目や凹凸すらない滑らかな表面。

 卵をかき混ぜた後焼いたということまでは理解できるが、どうしてこうになるのか理解できない。

 実はメディスはそれなりに料理も嗜んでいる。

 と言っても、卵をそのままゆがいたり、こちらの世界で言えばいわゆる目玉焼きやスクランブルエッグのようなものが限度だった。

 だからこそ、翔太の料理人としてのスキル、そして異界の料理の素晴らしさを痛感させられる。


 ナイフで黄金色の卵を切ると、中から出てきたのは大量の液体と細かく刻まれた肉と白と茶色の野菜と思われるもの。

 それが一体となってこぼれていく。


(まずいですわね)

 はしたないなどと思われても仕方ないが急いでオムレツを食べ始める。だがどちらかといえばメディスは無理をしてそのような行為を抑えているだけで、魔王を筆頭とする彼女の親族は女性であろうがもっとガツガツ食べたりするようなものばかりだったりする。


(お、美味しいですわ!!!)

 卵、肉、野菜の味が見事にマッチしている。見た目だけではない。味もまた絶妙である。

 焦げ目すらない卵は全く味も食感も損なわせない。

 普段がっついて食べるなどという行為をしないメディスですらそんなことを忘れ去る魅力。

 それがここの料理にはある。


(この料理をほかの者も作れるようにできれば……)

 そんなことを思ってしまう。もちろんメディスの世界にも料理人というものは存在する。

 だが、彼ほどのスキルを持っているかといえば否ということになるだろう。

 そもそも、食えれば味なんてどうでもいいの世界だった魔物の世界において料理法などは二の次三の次とされてきたのだから。

 故に料理人などという存在も価値がないものであった。

 だが、これほどの味を生み出せるようになったとすれば。

 間違いなく魔物の世界の改革である。それは父も大喜びになるに違いない。


 そんな邪な考えをしてしまったところで意識を料理に戻す。

 政治の話は食事をまずくする。話が長くなり冷めてしまうし、決して楽しい話ではないからだ。


 そういえば、ケチャップなるものをかけ忘れてたことを思い出し、残り半分にかけていく。

 黄色に赤のコントラストは実に映える。


(さてどうなりましたかね……)

 色合いはさらにメディスにとって好みになる。

 だが、味は?

 これで先ほどの味の調和が壊れてしまっては意味が無い。


 しかし口に含んでみて、それが杞憂だったことに気付かされる。

 赤い液体は、程よい甘味と酸味を加え、更に深みを増している。

 最初からかけてあってもいい。だが、かけてないということはかけないほうが好きなものも居るのかもしれない。

 この店の料理は実に自由だ。客に食べ方を決めさせるなんて方法は私達の発想の外だ。


 料理だけではない、発想もまた取り入れる必要があるとメディスは感じ取っていた。



『オムレツ』を平らげ、水を含み口を潤す。

 お腹の膨れ具合はまだ物足りないといったところか、もう少し濃いのが来てもいい。そんな風にメディスは思っていた。


「次をお持ちいたしますね」

 給仕の女性がオムレツの皿を片付けていく。

 手慣れているかと言われれば怪しいが、実に丁寧な動きで机の上の料理は片付けられていく。


「二品目です。《オムライス》でございます」

 今度は大皿に乗った一品。

 先ほどの卵を焼いたものと形は変わらない。

 だがよく見れば、その下に赤いものが置かれていて、更に卵は先程のよりより柔らかいような印象を与える。


「では……」

「あ、少々お待ちください」

 といって彼が何かを取り出す。

 一瞬よぎった恐怖感。それが髪の蛇達にまで伝わり、「シャー!」と彼に噛み付こうとする。


「う、うわぁ!!」

 思わず翔太は驚き、腰を抜かす。


「翔太さん!」

「メディス様!!」

 翔太のフォローに入るフィーナ、メディスのフォローに入るシェルネア。


 カランと床に当たる音を聞き、彼が取り出そうとしたものの正体を察する。

 それは銀色に光るナイフ。

 だが、人を刺せるような刃が付いているわけではない。先ほどメディスが使っていたナイフとよく似たものである。


「これは……失礼いたしました」

 メディスは席を立ち、彼に頭を下げる。良くも悪くもどこまでも優しい彼女の領主、政治を携わるものとしての欠点であった。


「い、いえ。こちらこそ失礼いたしました。少々お待ちください」

 と言って落ちたナイフを拾い、翔太は奥へと戻っていく。


 周囲を重い空気が支配する。

 メディスは魔王の娘であり、領主だ。故に命が狙われる可能性は零ではない。

 その警戒心が生み出したトラブルであった。


「翔太殿。無礼は詫びる。だがメディス様は重要なお方だ。その……あまり懐からそのようなものを出す行為は控えて欲しい」

 シェルネアは頭を下げながらも翔太に釘を刺す。


「……そうですね。仰る通り軽率な行為でした。申し訳ありません」

 翔太もフィーナも頭を下げる。

 だが、この一触即発の状況。一番危険だったのは実のところメディスである。

 もし、あの蛇が翔太に噛み付いていたとすれば、フィーナはなんのためらいもなくメディスそしてシェルネアを殺していただろう。

 彼を守るというのがフィーナの約束であり、怪我をさせてしまったりすればそれは契約違反になってしまうからだ。


 だが、そんなことをフィーナ以外の誰も、いやシェルネアだけは察していた可能性もあったが、無事回避する。


「ところで、そのナイフは何にお使いになるのでしょう?」

 見るからに人を刺すには適さない。それになんの力もない人間が武器を持ったとしても、メディスに取っては恐れるものでは本来はなかった。


「このように使います」

 と言って、彼は『オムライス』の上に乗った卵を真一文字に切り裂く。

 切り裂かれた卵から、とろとろの卵が漏れ下の赤いものを覆い隠していく。

 これが、夢味亭の人気メニューの一つ『オムライス』である。

 これは父の代から変わらず、客の前で卵を切り、その光景を楽しんでもらうということから子供、そしてそのとろとろ感から大人にも好評であったりする。

 故に、翔太もいつもの癖でナイフを出してしまったわけである。


「まぁ……」

 メディスは声を失う。見たことも、想像すらしたことのないものであった。

 卵の黄金のヴェールをまとった姿は、実に美しかった。


 しかし、別の問題が有った。

(これは……どうしたものでしょうか)

 とろとろの卵は実に魅惑的だ。だが、火が通っていないようにみえるのだ。

 火が通っていない卵は、メディスにとって苦い思い出があった。


 メディスを含むゴルゴーンはラミアなどと同じ蛇の一族であるため、卵を非常に好む種族である。

 だが、食べて良い卵は、産みたての卵か、しっかりと熱を加えたものとされていた。

 だが、産みたての卵というものはそうやすやすとは手に入らない。一種のごちそうであった。

 メディスは幼き頃に、それを破り家に保管されていた古い卵を我慢できずに生で食してしまった。

 それにより、食あたりを起こしてしまったのだ。

 言うまでもないが、メディスは魔物に該当するため本来であれば、こちらの人間のように簡単に食あたりなど起こすわけではないが、メディスが幼いということ、そして異世界【レクシール】における食材保管技術の未熟さが引き起こしたことであった。

 さらに言えば、食あたりなど治癒魔法で一瞬で治る。だが、彼女の母親はお仕置きとして腹痛に苦しむ彼女に治癒魔法をしなかった。

 父であるベールフェゴルは「痛い痛い」と言い続ける娘をなでてやることしか出来ずに、ずっと彼女に付き添っていた。

 父にぞっこんとなったのはこれがきっかけだったといえるだろう。

 と言っても、彼女の母も何かがあったらすぐに治癒魔法をかける気でいたし、隣の部屋で寝ずの番をしていたのは彼女の知らないことである。

 と言った事情から、火が通っていないように見えるこの『オムライス』にはちょっとした抵抗がある。


 その一方で、先ほどの行為の恥ずかしさなどの気持ち、そしてそんな抵抗を持ちつつも、生の卵のあのとろとろ具合が忘れられないのだ。


(異界の技術でしたら……このような状態でも問題無いということなのでしょうか)

 実際、卵を生食するというのは、日本の一部の料理と韓国のユッケ、あとはタルタルステーキやミルクセーキぐらいのもので、海外の人からすればゲテモノ扱いされる場合もある。

 そもそも、衛生面的な問題も有るので、生食できる場所は限られているのだが。

 と言っても生食はどれだけ衛生面に気をつけたとしても当たるときは当たる場合があるのは否定出来ない事実である。


 メディスの自分の中の葛藤。

 だが、ついに食欲が勝る。負けたメディスは金属の匙に掬い上げ食べ始める。


(とろっとろ!! それに温かさもしっかりと感じますわ)

 自分の昔の思い出。それ以上に絶妙な食感。

 実際メディスが食べた過去のものは腐っていたものだったのはここだけの話である。


「はにゃぁ……はっ!」

 思わず美味しさのあまり、妙な声が出てしまい、赤面してしまうメディス。

 だが、彼女を笑うものなど誰もいない。

 美味しいものを食べるときは皆笑顔でいてほしいと翔太は思っているし、フィーナ、シェルネアの二人はそんな声を出してしまう気持ちが痛いほどわかるからだ。


 玉子だけを味わっていたが、ようやく中央の赤いものを崩して食べていく。

 赤に染まった丸いもの。形は最近占領した人間の領地で取れる『ラス』とよく似ていた。

 二つを合わせて口に含んだ時、それは『オムレツ』などとはまた違う美味しさであった。

『ラス』よりも柔らかく、味は先程のケチャップなるものの味である。

 それが卵と一体になるのだ。『オムレツ』の一体感も良かったが、こちらはまさに一つの存在、味として生まれ変わっている。


(これほどの技術……そして味……! これはなんとしてでも手にしなければなりません)

 それは、この『オムライス』と『オムレツ』を毎日でも食べれるようにしたいという彼女の食欲に従った願望であった。




「シェルネア」

「はい」

 帰り道、お腹をふくらませたことも有り、二人はゆっくりと山を下っていた。


「あなたの企画、我が領主の名においてすぐに始めなさい」

「畏まりました」

 間違いなく、夢味亭は我が領の看板となれる魅力がある。

 だが、7日に1日しか開かないというのはそれはそれで選ばれし者という感じを与えるが、問題でもある。


「料理人……ですか」

「メディス様、何かおっしゃいましたか?」

「……なんでもありません」

 メディスの呟きに反応したシェルネアにそう返す。

 翔太なる人物の料理技術は、この世界の者達にとって隔絶した領域にあるのは明白だ。

 メディスの計画を進めるためには、誰かが彼から料理技術を修得する必要がある。

 しかし、そんな人物など思いもつかなかった。


(まぁ、良いでしょう。時はまだ有ります)

 今はまだ、選ばれし者、知っているものだけが味わえる幻の味でいい。

 先にやらねばならないこと、それはこの整えられていない山の道をしっかりと整備すること、そしてそのための人員を集め始めることだった。


 メディスは笑みを浮かべる。

 これは、自分が今までやったことのない事業の規模になる。

 そしてそれを成功させた後のことを考えて。


「ところで、シェルネア。あなたは何故夢味亭で食べなかったのですか?」

「お、お腹がいっぱいでして……」

 明らかに嘘とわかる嘘にメディスはため息をつく。

 シェルネアもかき揚げ丼を食べるのを楽しみにしていたが、メディスの騒動や、食べ終わった後に彼女を待たせるのは悪いと思い結局頼まなかったのだ。


「……シェルネア。今度また一緒に行きましょう」

「畏まりました」

「今度は、あなたの好きな料理を頼んでいただけるかしら? あなたの気に入った料理も興味が尽きないもの」

「私のは、野菜ばかりでございますから……」

「健康的でいいじゃない。ところで、屋敷の中ではともかく、外ではもう少しあなたの本当の姿が見たいわ」

 そういうと、メディスはシェルネアの方へ近づき、背の高い彼女の顔に向かって顔を上げ、じーっとその顔を見つめる。

 互いに見つめ合っていたが、ついにシェルネアが折れる。


「わかりま……わかった。メディス」

 言い直したシェルネアに満面の笑みを浮かべるメディス。


「そっちのほうがずっとあなたらしいわ!」

 彼女の笑い声は暫くの間続いた。





 領主メディスの命を受け、すぐに山の工事が始まりだした。

 それにより領主の命令により参加する者、そしてそれなりの給金目的で工事へと参加していく者が現れ始めた。

 だが、その給金はあまり高いものではなかったが、彼らは後にこう言う。


「俺達は、金以上の幸福をあの仕事で得ていた」と。



 夢味亭はついに領主の力により、山の工事を行う者たちへの料理店として大規模な客を相手にしていくことになるのであった。




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