領主と??? ③
「領主様。ご友人とおっしゃられる方が来られているのですが」
従者であるラミアがメディスの部屋に入った後そう伝えた。
――友人?
メディスに心当たりはない。魔王の娘としてそれなりの関係を有しているものはいても、自分には友人といえるほど親しい者はいなかった。
「今日は、訪問の予定はあったかしら」
無いことがわかった上での質問だ。故にメディスにも答えはわかっていた。
「いえ……。お会いにならない方向で進めても?」
従者はメディスの言葉を聞いてそう判断した。メディスとは数年の付き合いである。彼女の考えはある程度把握できていた。
「そうですね……。わたしの【友人】と名乗るお方のお名前だけでも聞いておきましょう」
「テレーゼと」
「……すぐにお通しなさい。あと甘いものを……。蜜焼きでも持ってきてもらえるかしら」
メディスは指を額に軽く押し当てた後、従者にそう告げた。
彼女にならば、自分たちが普段おやつとして食べているコカトリスやロック鳥のゆで卵より、甘い蜜を焼き固めた菓子のほうが好むだろうからだ。
「畏まりました」
といって一礼して従者が去っていたのを確認してからメディスはため息を付いた。
「――【友人】等と仰られず、通り名で言ってくだされば良かったですのに」
メディスは、訪問してきた【友人】、いやかつての自分の教育係であった【赤の魔女】テレーゼに向かってそう告げた。
「それでは、つまらぬではないか」
言葉遣いこそ老獪ではあるのものの容姿は人間の少女より少し年齢が上な程度にしか見えない赤毛の女性。
彼女は従者が持ってきた甘さしか感じない焼き固めた蜜を口いっぱいに頬張り、それを飲み込んだ後そう答えた。
「しかし、テレーゼ様がどうしてこちらへ」
メディスの疑問は当然と言って良いものであった。
実はテレーゼは魔王ベールフェゴルの求愛を断った唯一無二の存在である。
魔王ベールフェゴルには七人の妻、そして一三人の子供が存在し、本来であれば八番目の妻としてテレーゼが入っていたはずであった。
魔王の求愛はこの地の女性にとって最高峰の名誉であった。
それを断ったというだけでも異例にもかかわらず、ベールフェゴルとテレーゼの仲は良き友人としての形を保っており、たまにベールフェゴルから求めテレーゼが断るといった摩訶不思議な関係となっている。
親しい友人というだけではなく、軍事や内政面においてもテレーゼは優れた才を持つ存在であったため、アドバイザーや子供達の教育係などとして中央にいつづけた。
テレーゼはメディスの教育係を務めた後、謀反や内乱の兆しなどが視える領地の監査役になることを選んだ。
本人曰く、魔王の顔を見続けるのが飽きたのと、中央でじっとしているのが耐えられなくなったからだそうだが。
あくまで、本人の言い分であり、しかもこの国の一番の実力者である魔王ベールフェゴルの悪口といってもいいことを堂々といいながらものほほんとしているところが彼女のすごいところである。
だが、言うまでもなく自分の父に敵対する気などメディスにはない。むしろ父のためにもこの国の安定に尽力を尽くしている状態なのだ。
故に、監査役であるテレーゼがここに来るのは妙な話だったのである。
「なんじゃ? かわいい教え子の様子を見に来てはいかんのかの?」
「そういうわけでは……」
相変わらずつかめない人である。メディスは改めて彼女をそう評価した。
だが、一方で無駄なことはしない人ではあることもメディスはわかっていた。
「しかし、この領地をよくぞここまで立て直したものじゃ。ベルのやつも喜んでおったわ」
「父上が!?」
メディスはテレーゼがいう父の評価に嬉しがる。
父のために頑張ってきた。その思いが報われたからだ。
「この地は、なかなかに面倒なことになっておったからのう」
テレーゼは焼き菓子を流し込むために、水を口に含んで飲み込んでから何度もうなづきながらそういった。
前領主が謀反を企み、いや実行に移すところまで行ったのだが、ベールフェゴルによって阻止された。
問題は、謀反を起こした領主の後釜であった。
魔王が住む中央から近いとはいえ、謀反を起こした領主が抑えていた地。しかも、当時の領主は民に愛されていた存在であった。
故に、謀反と聞いて、陰謀説。特に魔王側が当時の領主を疎ましく思った結果このようなことを仕組んだんではないのか。といったような根も葉もない噂が支配し始めていた。
そんな領地を立て直したのが、魔王の娘であるメディスであった。
娘をそんな場所の領主にするなど、当時の魔王は言うまでもなく反対したのだが、メディスの意思は変わらなかった。
結果として魔王としても、近いこともあり、ぎりぎり目の届く範囲であったこともあり渋々認めたのである。
「今では、父のことを不信がるものも、謀反を企むものもいないでしょう。ですが前の領主は不幸なお方でしたね」
「死んだものを惜しんでも帰っては来ぬ」
テレーゼの慈悲も無きその言葉にメディスとしても同意はしつつも納得はできなかった。
前領主は単に担ぎあげられただけだった。魔王ベールフェゴルを失墜させるために。
そのために中央に近いこの領地、そして領主が選ばれただけだったのだから。
「それにじゃ。ベルに逆らおうとするのであればなおのこと。準備も力も足りなかったわ。民に慕われるという点においては良きものであったかもしれんが、全体的に見れば無能じゃったんじゃろうな」
「――そうですか」
「まぁ、折角の菓子がまずくなる話はここまでにしようではないか。実はな。メディス、お主に頼みがあってここに来たのじゃ」
「頼みですか?」
テレーゼがメディスに頼み事などメディスには想像できるわけがなかった。
テレーゼならばもっと上の存在に相談できるのだから、テレーゼがメディスを頼りにする必要性などなかったからだ。
故にその頼みというのはすごく気になることであった。
「うむ。メディス、他の領地でお主の腕を振るうつもりは無いかのぅ?」
メディスにとって、それは間違いなく朗報であった。
この地で終わる気などメディスにはない。むしろ、ここは始まりにしか過ぎないのだ。父のために活躍するための。
「私はどちらへ向かえばいいのでしょう?」
「気が早いのう。まぁわしとしてもお主がそう意欲的なのは良いことなのじゃがな」
こほんとわざとらしい咳をした後テレーゼはメディスにこう伝えた。
「メディス、お主を【グラフィリア】の領主として招き入れたい」
その言葉は朗報であったはずの知らせを曇らせるものであった。
今の領地より中央から離れた前線ではある、それに領主が不在のため問題が完全には露出してはいないものの山積みの領地ではあると聞いていた。
だが、数十年も前に人間との戦争に勝利し、そういう意味では安定した地である。
最前線、それこそ人間たちの反抗が起こるとも限らない地へと任命されることを期待していたメディスにとっては、完全に喜ばしいことではなかったからだ。
「【グラフィリア】ですか……」
「嬉しくはないかの?」
「い、いえ。そういうわけでは」
メディスはテレーゼの指摘に思わず顔を背ける。
だが、嬉しくないというのは本音でもあった。
「父は、私を信用しきってはいないのでしょうか?」
才を認めつつも、完全に任せられないからこそ中途半端な【グラフィリア】という場所を選んだのではないか。メディスは一瞬そう考えた。
「お主の言いたいことはわかる。じゃが、これはわしからベルのやつに頼んだことでもあってな」
「父に?」
「それにじゃ。あやつはお前をもう信用しておるよ。子供の中では最も優秀だとな。じゃが……」
その言葉の続きを言うのをやめようかとテレーゼは少し悩んだが、続けることにした。
「あやつはもう、妻や子供を失いたくない。その思いだけはわかってやってほしい。故にお主を危ないところへ行かせるわけにはいかんじゃ」
メディスにはテレーゼのその言葉に返す言葉はなかった。
5年前の人間たちとの戦争、人間たちの切り札であった勇者と呼ばれる青髪の女と父との死闘。
父である魔王ベールフェゴルは、その戦いで死にかけ、命からがら逃げ帰った。
その際に魔王は二人の妻、そして三人の子供を含む五千もの兵を失ったのだ。
勇者を退け、人間たちの兵数万を殺したとはいえ、その代償にしてはあまりにも大きすぎた。
あの時の父の痛々しさは見ていて辛かったものがある。
だが、妻と息子娘の亡骸を前に、父はこう言った。
「余に力がなかっただけだ、恨むなら勇者や人間ではなく余を恨め」
その言葉は、圧倒的であったはずの力からくる魔王の権限を部分的にとはいえ失墜させるには十分なものであった。
今でも、メディスにはあの時の言葉の真意がわからなかった。
その後、互いの被害もあり、特に父が前線に出ることが出来ない状態であったため人間たちの領土へ侵攻することが出来ず、今のところ戦闘は人間たちが仕掛けてくる程度の小規模なものになっている。
一方で、あの時の言葉で落胆した者達による父を排除しようとする内乱の動きも有ったため、その混乱による影響もあって人間たちへの侵攻は父が完全に復活したとしても今暫く掛かるだろう。
だが、人間たちの大規模な反抗作戦の準備は進んでいると見るべきだった。だからこそいち早く建てなおさねばならない。特に人間側の領地と隣接する地に関しては。
そして、それは自分が適任であると。
それがメディスの考えであった。
「お主には納得がいかぬかもしれぬ。じゃが父として目を離しすぎるのが怖いのじゃよ。あいつはな……良くも悪くも子離れができておらぬよ」
テレーゼはそういうと苦笑する。
「そうですか」
メディスとしてもその気持はありがたいものでもあった。父に愛されていることが実感できるからだ。
ここで我儘を言うのはよくないと自分を納得させていく。そう、【グラフィリア】を立て直せばまた前線へ向かうことができるのだ。周囲の憂いがなくなれば父もいずれ自分を前線へ出してくれると信じて。
「それにじゃが、今の【グラフィリア】には少々面白いものがあってのぅ」
「面白いものですか?」
テレーゼが言うほどだ、それは間違いなく面白くて珍しいものに違いない。とメディスは思う。
そしてその思いは次の言葉で確信へと変貌した。
「うむ、そこにはな。――世にも珍しい世界樹と異界の料理店があるのじゃよ」
そんなことを思い出しながら、メディスは魔の山の世界樹が視える広場へとたどり着いた。
そばではシェルネアがわずかにだが息を乱していた。
彼女にとっては全力疾走に近いものだったようなのだが、メディスにとってはそこまで苦ではなかった。
とはいえここに来るまでの道を見るに、まだまだ道としての整備は必要だろう。単独で来るにはまだ良いが商隊たちを通すとしては話にはならない。
二都市間をつなぐ魔の山の道のりとしてはこの広場でちょうど半分といったところだ。
後半の道も気になるところではあるが、まずはこの広場の異界の料理店。
こここそが、この道の要となる場所だ。
世界樹による安らぎの効果も良いが、それ以外にも目玉がほしい。
ここに、拠点が生まれれば、流通面で活性化するのは目に見えている。だが、それに投資するためのきっかけが欲しい。
その一歩を踏み出させる理由付けが欲しい。
「ここが、【夢味亭】ですか」
異界へと繋がる扉を前に、メディスは少し興奮を覚える。
聞けば、異界の卵を使った料理をシェルネアが頼んでくれているという。
(テレーゼ様でさえ虜にしたというその異界の料理。しかと堪能させてもらいますわ)




