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領主と??? ①

 ――やはり、この店のカキアゲドンは最高だな。


 週に一度のここでの楽しみはもはやシェルネアにとっては必要不可欠なものとなっている。

 今回のカキアゲドンはタケノコとアスパラ、それにタマネギなるものが入っているらしい。

 この店は異界の店ゆえ、その食材の名前はよくわからないが、少なくともシェルネアにとって美味いということが肝要なのだ。


 更にオミソシルなるスープを一口。

 昔とは違い、彼女のために作られたという特別製らしい。

 ミソの風味が実に落ち着く素晴らしいスープだ。


 この日のためにシェルネアは激務に耐えている。

 この日を開けるために残りの日に仕事を詰め込んでいるのだから忙しくなるのも当然では有るのだが。


「シェルネアさん、少しお痩せになりました?」

 給仕であるフィーナが彼女に質問する。


 言われてみれば、最近訓練にも参加できていないことにシェルネアは気づく。

 筋肉隆々とまでは言わないものの、程よい筋肉で構成されていたシェルネアの肉体も少し衰えてきている。


「お客様に倒れられたりしては困りますわ」

「――いや、大丈夫だ、フィーナ殿」

 シェルネアの返しに給仕は微笑むだけであった。


 結局のところ、『殿』という中途半端な結果でフィーナとシェルネアの呼び名の関係は決まってきている。

 単に『様』と呼ばれるのが嫌だっただけだったらしく、シェルネアとしてもかつての『さん』付けよりははるかに言いやすい。


「確かに、少しやつれているように感じられますが……」

「翔太殿にまで言われるとは」

 翔太としても、最初に来た頃に比べれば覇気がないように感じ取れた。

 褐色の肌ゆえ目の隈などはわかりづらいのだが、あまり寝れておらず、かつ食事も取られていないように感じていた。


 ――女神はともかく、素人の主人にまで気遣われるとはな……。

 たしかに、ここ数日ろくに寝れてもおらず、食事も取れていない。

 食事に関してはここで食うのが楽しみで、あまり他で食べる気になれないのだ。


「重ねて言うが、大丈夫だ。ようやく領主が決まってな。その引き継ぎのための仕事のためにしばらくろくに休めなかっただけだ」

 その言葉は嘘ではない。

 忙しさは間違いなく事実だったのだから。


「領主?」

 そういえば、店主とは話したことがなかったかとシェルネアは自分が長きにわたり領主代理であったことを伝える。


「これは失礼いたしました!」

「翔太殿、あくまで代理だ。そんなに改まって姿勢を正されるものでもない」

 実際、シェルネアは他人に畏まられるのをあまり好んではいないのだ。

 自分の力ではなく、領主代理という地位しか見られていないと思えるのが理由だった。


「――しかし、ようやく私も肩の荷が下りるよ」

 そう言いつつ、シェルネアは自分の肩を揉む。

 随分柔らかくなってしまった自分の体。しばらくは訓練に励まないといけないだろう。今後のことを考えてシェルネアはため息をつく。


「お疲れ様でした」

 フィーナの労いに思わずシェルネアが笑う。


「そうだ、翔太殿。実はその領主の件で頼みが有るのだ」

 カキアゲドンの美味しさと会話で忘れかけていたことを翔太に伝えるシェルネア。


「頼みですか?」

「翔太殿のその腕を見込んでの話だ。新たにこの地の領主になられるお方を(もてな)したいのだ」

(もてな)す……。あの、それは……」

 翔太は、自分が領主の館へ赴き、料理を振舞う事を想像し、あまりよい反応ができなかった。


「わかっている。翔太殿はこの店から出られぬのであろう? 故に領主様にここまで来てもらうつもりだ」

 店の事情を知っているシェルネアの言葉に安堵する翔太。


 そう、翔太はこの夢味亭から異世界へ行くことが出来ない。厳密にはいけないようにされているのだ。

 これは翔太の身に何かがあってはいけないというフィーナの配慮である。

 万が一彼を連れ去ろうとするようなものがいたとしても、彼がこの店を出ればそれは地球の夢味亭の外にでるようになっている。


「そうしていただけることには感謝しますが、その……領主がここまでお越しになられるのは大丈夫なのでしょうか?」

「ん? 問題はないはずだが」

 領主がわざわざ来るというだけでもすごいことなのだが、それよりも向こうの世界ではなかなかに来ることが出来ない場所に存在する夢味亭に来れるのだろうかという疑問が翔太には浮かんだのだ。


「いえ、ここまでお越しになるということが相当厳しい道のりと聞いておりますので……」

「それこそ問題はない。領主はこの領地で最も偉い存在であると同時に、この領地において最も強い存在なのだからな」

 領主=強いという感覚がわからず、思わず首を傾げてしまう翔太。


「我々の国において、強さというものがなければ誰もそのものに従おうとはしないのだ。私が領主代理になれたのも、領主に従っていたものの中で、最も強い存在であったからに他ならない」

「そういうものなのですか……」

 地球での常識はシェルネアの世界では通じないのだろう。翔太は自分の疑問をそういう気持ちで納得させる。


「領主様のお話は伺いました。で、どのような料理をご用意すればよいでしょうか」

 翔太としても、領主を相手にするのであれば、事前に準備が欲しかった。

 店の普段の準備では出せないような料理も出せる。故にここでシェルネアから要望を聞いておかないといけなかった。


「――領主は卵を好むと言われている。故に卵を使った料理だろうな」

「――卵ですか」

 そこまで変わった内容ではなく一旦安堵する翔太。


「卵でも料理法は色々ありますが……生のままでないといけないとかそのようなことはありませんか?」

「生のままでとは聞いたことがないな、火を通したりしても問題はないはずだ」

 生卵のみとか言われたら料理としてはかなり難しくなる、ユッケなどで混ぜるしか無いだろう。

 だが、火を通せるならば、あのメニューが良いだろうと翔太はひと通りのめどを付ける。


「――かしこまりました」

「翔太殿。つかぬことを聞くが、なんの卵を使うつもりだ?」

「え? 鶏の卵ですが、なにか問題があるのでしょうか?」

「ニワトリ……?ああ、鳥の卵か。ならば問題はない」

 卵といえばやはり鶏ということになる。

 だが、魚卵というのもあるので、シェルネアの質問は決して的外れということはないだろう。


「駄目な卵があるのでしょうか」

「おそらくだがな……」

 シェルネアは一旦上を向き、少し悩んだ後に、翔太にこう告げた。


「蛇の卵だけは避けてくれ」














「緊張しますね……」

「顔が解けてきているぞ。冷静になれ」

「はっ!」

 緊張のあまり普段のダークエルフの男の顔が歪み始めている副隊長を叱責する。

 後ろには、先ほど叱責した副隊長がまとめた領主軍200人ほどが待機している。


 シェルネア達の横には、領主不在の中頑張り続けた文官たちもいる。

 シェルネアの汚点を少しでも作ってやろうと企み続けた者達だ。


 領主が来た時に、代理であった彼女を失脚させれば、領主の右腕になれる可能性は高い。

 そんな陳腐な発想から来たものであった。

 お互い協力しあっていれば、もっとシェルネアとしても楽ができただろう。

 だが、もう過ぎた話だった。


 領主の館の前で待つこと、すでに二時間が経とうとしている。

 文官たちの中には欠伸をしているものも居て緊張感の無さが伝わってくるようだった。



 ――来たな。

 シェルネアの聴覚はその足音をしっかりと捉えた。通常の馬では出せないような重い足音。

 シェルネアはその足音から、正体を推測する。そして来る人物と照らし合わせれば、自ずと答えは出た。


 そして馬車の姿が見え出す。

 だが、動かしているものの姿は見えない。

 そう、シェルネアの予想が正しければ、操者などという存在など必要ないのだ。

 それだけ優れた存在がひいているのだから。



「…………スレイプニィール!?」

 誰かの驚く声が聞こえた。

 我が国でも最高峰の運搬役である八本の足を持った馬。

 非常に高い魔力や戦闘力を有する存在である。

 同様に優れた魔力を有するユニコーンやバイコーンは高貴な人物の馬車にあてがわれるものだが、スレイプニィールはどちらかと言えば戦闘用の重戦車の馬に使われる。

 その一方で、非常に力を持った存在の通常時の馬車にも使われる。

 何故ならばスレイプニィールは自分より弱い存在には絶対に従わないためだ。

 故に、スレイプニィールを使った馬車というだけでそのものの力量と地位がわかるのだ。


 スレイプニィールが完全に忠誠を誓うほどの力を持っているものはおそらく馬車の中の人物を除いて領主の館にはいないだろう。

 グルダスでも、シェルネアでも、かろうじて乗ることは許される程度だ。

 馬車の中から、目的の場所まで連れて行かせるなどというレベルには到底及ばない

 つまり、この時点で中にいる人物が今この場にいる最も強い存在であることを示していた。


 そして馬車の扉が開く。


 薄い緑のドレスをまとった美しき女性が優雅に降り立つ。

 彼女が、【グラフィリア】領の新たなる領主。


 彼女の名はメディス・H・ベールフェゴル。



 今現在この魔物の国を制している魔王ベールフェゴルの8番目の娘である。



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