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カップルとホットドッグ ③

「お待たせいたしました、『ホットドッグ』でございます」

「――でけぇ!」


 ――確かにでかいわね。

 健二の言うとおり、店主が持ってきたのはハンバーガーチェーンならメガサイズよりまだでかいものだった。

 これでドリンク込みで450円なら、十分お買い得といえるかもしれない。


 ――だけど、問題は味ね。

 そう、見た目的には問題はない。

 サービスも雰囲気も決して琉華を落胆させるものではない。

 では、なぜこの店の評価が悪いのか、そしてなぜ客がいないのか。

 結局のところ味しか琉華には見当が付かなかったのだ。


「ケチャップとマスタードでございます。こちらはご自由にどうぞ」

 と店主は黄色と赤の容器――ディスペンサーを置いていく。

 そうだ、これがないとと思わせる二色の二つの容器。

 コンビニなどでは折ることで二つが同時に出てくるのが便利なのだが、雰囲気を味わうにはこれは必須といえるだろう。


「おー、これこれ」

 といって健二はケチャップとマスタードをホットドッグに山のようにかけていく。


 琉華はそれを見て健二に気づかせないように心のなかでため息をつく。


 ――あれじゃあ、味もへったくれもないじゃない……。


 ケチャップとマスタードで上に挟まれたソーセージが見えないぐらいになったホットドッグをわし掴みにして健二はその大きな口で頬張る。


「うめぇ!」

 本当に美味しいのかどうかわからない健二の叫び声。


 だが健二のという人間の味覚は、『不味い』というジャンルに関しては琉華と似通っているし、不味いものは不味いと率直に言うのが特徴だ。

 つまり、彼が不味いと言わないということは、少なくとも琉華にとって不味いということはないであろうということになる。

 まぁ、ケチャップとマスタードでごまかしている可能性はあるだろうが。


 大きいパンの中心に一本のパンより長いウインナー。シンプルだ。

 これで健二がうまいというレベルなのだろうか。


 琉華はついに意を決する。

 まずはマスタードもケチャップも付けずに。

 自分の口には少し大きすぎるかと思ったが、これは一口で行くものだと思う。



 パリっとしたウインナーの皮が歯ではじける。

 ウインナーの脂と肉の味。そしてパンの味がしっかりと伝わってくる。

 いいものを使っている。くちゃくちゃの安いパンなどではない。


 そして、その後に来たのは、辛味が効いたキャベツだ。

 そう、カレー味のキャベツだ。


 一昔のホットドッグではよく入れられていたカレー粉で炒められたキャベツ。

 琉華は子供時代に食べた記憶があったが、よくは覚えていない。

 だがカレー味のキャベツだけはイメージに残っていた。


 だがあの時に食べたものよりもはるかにパンやウインナーの質は高い。


「美味しい……」

 思わず琉華の口からこぼれた声。


 どうして、こんなに美味しい料理を出す店が流行っていないのだ。

 この店の過去に何があったというのだ。

 琉華にとっては過去などどうでも良かった。今この瞬間に美味しい料理を出すこの店こそが大事であった。


 そしてその思いは琉華の趣味を呼び起こさせるにふさわしいものだった。


 ――しまった。食べる前に写真とっておくべきだったわね。

 いつもの琉華ならばそれを忘れるようなことはなかったのだが、たまたま忘れてしまっていた。


 だけれど、今は目の前のホットドッグに専念する琉華。

 今度は細くニ本の線を書くかのようにマスタードとケチャップをかけていく。

 途端にチープな感じが出てくるホットドッグ。

 だけれど、ホットドッグってそんなもんじゃないかと自分を納得させる琉華。

 そして口を大きく開け頬張る。


 今度は、ケチャップの甘味と酸味、そしてマスタードの辛さが先に来る。

 だが、それがウインナーの濃厚な味、そしてカレー味のキャベツの味とうまく調和していくのだ。

 このベタな味が実に良い。だが仕事が丁寧なこともあって単純にベタな味ではなくもうワンランク上の味になっているのだ。



 琉華がようやく二口目を飲み込んだところで、健二はすでに食べきっていた。

 相変わらず食べるのが早いやつ……。などと思っていたのだが、どうやら健二には物足りなかったようだ。


「なぁ、店主さんよー。ホットドッグ単品ならいくらになるんだ?」

 よく見るとコーラはまだ半分以上残っている。確かにこれではセットは頼みにくいだろう。


 呼ばれて奥から出てきた店主は次のように答えた。

「えぇーと。単品でしたら350円でございますね」


「35か……。うーん」

 店主の言葉に悩む健二。

 合わせて800円。決して高い金額ではないが健二にとってはそうではない。


「よし! 単品でもうひとつ頼む!」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 琉華はそんなやりとりを見ながら三口目にはいる。


「ふぇ!?」

 思わず今までとは違う食感に変な声が漏れた。

 シャキシャキとした食感。それが生の玉ねぎをスライスしたものだと気づくまでに少し時間がかかった。

 さらにそれより柔らかく甘いものも一緒に入っている。

 食べた断面から見えたのは茶色に炒められた玉ねぎだ。


 おそらく中央部分だけ仕込んだものなのだろう。実に手が込んでいる。

 琉華が推測するには外に漏れないようにするための工夫。だがそれは味の複雑化をさらに進めているのだ。


 ――本当に素敵な料理ね。

 琉華は本心からそう思った。




 健二の2つ目のホットドッグと、琉華のホットドッグがなくなるのはほぼ同時であった。

 まぁ健二に届いた二本目を携帯で撮ってたりしていたのもあったのだが。


「ふー。食った食った」

 まるでおやじのように、自分のお腹を擦る健二。

 ところどころで本当に評価を下げるやつだ。


「――雨上がったみたいだな」

 健二の言葉に窓の方を振り向いてみると、あれほど真っ暗であった外は少しではあるが日が出てきている。


「迷惑な天気ね。ほんと」

 だが、やんでくれたのは朗報だった。


「ここさ。他の料理とかはどうなんだろうな」

「さぁね。でも期待はしてもいいんじゃないかしら」

 そう、間違いなくこの店は当たりだ。琉華はそう確信している。


 だからこそ――。


「ねぇ、店主さん?このホットドッグってさ。あと幾つ用意できる?」

「あ、はい。そうですね。追加で頼まれる分でしたらすぐにご用意できますが」

 微妙に噛み合わない会話。


「違う。最大で何個用意できるかって聞いてるのよ」

「あ、ええっと……30用意しているので、残りは27個ですね……」


 ――27か。いけるわね。

 琉華はそう踏むと、早速行動に移す。


 SNSアプリで先ほど撮ったホットドッグの画像を投稿し、おすすめしておく。

 さらに知り合いにメッセージを送っていく。


 そんなやりとりをしばらくしていたところで、琉華は再び店主を呼ぶ。

「ねぇ、お兄さん。ホットドッグのお持ち帰りって出来るかしら?」


 少し悩みながら店主は頷いた。

「大丈夫です」

「なら、お持ち帰りで5つお願い。お金は出すから」

「かしこまりました」

 と言って奥へ行こうとする店主を呼び止める琉華。


「あ、あと残りの分も準備しておいて」

「どういうことでしょうか?」

 店主の翔太には琉華の言葉が理解できなかった。


「すぐに分かるわよ」


 と琉華が言ったところで、ドアが開きベルの音がする。

「いらっしゃいませ!」

 ドアから入ってきたのは、今風の服を着た少々化粧の濃さが目立つ茶髪の少女。

 琉華を見てすごい勢いで抱きしめにいく。


「琉華ー! 本当にここでいいのー?」

「美希。大丈夫。私の『おすすめ』だよ?」

「おにいさーん。ホットドッグのセット一つ。飲み物はアイスコーヒーで」


「あ、はい。かしこまりました」

 しかし、彼は知らない。

 この後立て続けに訪れる客にてんてこ舞いになるきっかけに過ぎなかったことを。








「あの。ありがとうございました」

 翔太は琉華に頭を下げる。

 彼女が客を呼んでくれたのだ。それは翔太でもわかるような簡単なことであった。


 そして、琉華はあの後健二にお持ち帰り用のホットドッグを渡した後、コーヒーを頼み、自分が呼んだ客達が帰るまでいつづけたのだ。

 紹介したなりの責任というものであった。


 翔太としても、まさか完売できるとは思っていなかった。

 そして、その中で「もう少し野菜がほしい」といったようなぼそっと言ってたような意見もメモにとり明日以降の改善点として取り上げていた。


「いいの、いいの。こういう素敵なお店はみんなが知ったほうがいいじゃない」

 実際、琉華にこの店をどうこうしようと思うような下心はない。

 美味しい店は、みんなが知ったほうが良い。そんな思いで友人たちにメッセージを送ったにすぎない。

 それが彼女の趣味であった。

 一種の食べ歩きとでも言えばいいのだろう。


 美味しい料理を食べれば、SNSに投稿し、紹介していく。

 そして、それを見て客が増えることを喜ぶというものだ。

 さらにいえば、客がいない店や評価が低い店をひっくり返せれば理想である。

 もちろん、不味い料理も紹介はするが店がわからないように配慮はしている琉華ではあったが。


「それにね。私達、最近できた専門学校の生徒なのよ。この辺りって美味しいお店は多いんだけれど、どこもかしこも混んでて大変なのよ。だからこういう穴場の店ってすごいありがたいの」

 翔太もその専門学校のことは知っていた。

 ホットドッグのポスター作成を依頼した広告店がその専門学校の入学生募集で随分儲けたと言っていたからだ。


 でも、そんな若い子がここに来てくれるとは翔太としても思ってはいなかった。


「これからもここ贔屓にさせてもらうわ。――だからね。潰れないでね。」

 琉華の率直な言葉。

 それはとても嬉しい応援であった。


「精一杯やらせていただきます」

 翔太は琉華に向かって深く頭を下げた。




 この日を境に夢味亭は少しずつではあるが客足が戻っていく。

 大半は琉華を筆頭とした彼女のいる専門学校の生徒たちのランチ目的であったが、若いサラリーマン達もわずかではあるが含まれていた。

 夜の営業の方も徐々に客が訪れるようになっていった。


 翔太には専門学校の生徒が来てくれることは理解できたが、若い会社員たちまでくるようになった理由はわからなかった。

 それがわかるのは、随分先の話となる。


 先代とはまた異なる色を放ち始めた夢味亭。

 店主の翔太、流行るきっかけとなった琉華は知る由もなかった。

 それが、とある存在のほんのちょっとした、そして実際には手遅れだった気まぐれに過ぎなかったことを。


 そして、それは異界の女神でさえ想定外のことであった。



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