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魔女とキノコのフルコース ③

「次はどんな料理が来るのかのう、残るは二品じゃ」


 と言ったところでテレーゼはひとつの問題を抱えていた。


 ――まずいのう。お腹が膨れてきおった。


 元々、テレーゼは比較的小食な方だ。

 美味しさや、珍しさの関係でつい食べ進んでしまったが、途中でシェルネアに『アヒージョ』を食べてもらわねば満腹になっていただろう。


 ――まだ二品もくるというのに……。

 とてもではないが、二品を食べれるほどの余裕はテレーゼにはない。

 うまくシェルネアと分け合えばあと一品はいけるだろうが、うまく彼女が食べれるようなものが来るとは限らなかった。



「お待たせいたしました、三品目の『キノコのスープ』でございます」


 今度のは見てもわかるし、実にシンプルないくつかのキノコが浮いたスープ。

 色合いは、軽く黄色い程度であり、香りの良さは先程まで苦しかったお腹ですらそそられるほどである。

 幸いなことにスープの量はそれほど多くはない。

 これならば一人でも飲めそうな量だし、四品目次第では店主に満腹であることを感じさせることなく食べることができるだろう。


「良い香りじゃ……」

 満腹一歩手前ですら食欲を沸き立たせるような香りに魅了されるテレーゼ。

 先ほどの『アヒージョ』と比較すれば、実に優しき臭いでありながらも、その香りの強さで言えば、引けをとらない。

 香りだけでいつまでも楽しめそうではあるが、冷めてしまっては意味が無い。


 スプーンに掬い口へと近づける。

 匂いの強さが鼻に近づけたことにより更に高くなり、我慢の限界を突破する。



 咥えたスプーンからこぼれたスープによって口の中でスープの香りが満ち満ちていく。


「ほぅ……」

 香りだけではなく、味も優しい。

 基本的には薄味だ。だが、【レクシール】の本当に味のない『薄味』とはまた違う。

 しっかりと味は感じさせるが、先程までの濃厚さとは異なるものだ。


 だが、一言で言えば、衝撃的ではなかった。

 美味いのは間違いではないのじゃが。

 物足りない気がするようなスープ。

 もっと濃厚なスープも美味いスープを食べたことのあるテレーゼとしても、ここでこれが出てきた意図がわからなかった。


 全てにおいてこの店が優れているということではないんじゃなとテレーゼの中で安心感が生まれてくる。


 だが、口が止まることはない。

 そう、なぜかずっと一口一口と進んでいくのだ。


 ――お腹がいっぱいであったはずなのに……何故じゃ?


 実のところ、【アヒージョ】の油でもたれかけていた胃が薄味のスープによって落ち着いていっているだけであるのだが、そんなことはテレーゼの知らないことである。


 するすると胃の中へと吸い込まれていくスープ。

 まるで気づかない間に魅惑の魔法をかけられたかのようにその勢いは止まることなく、スープを空にしていく。



 食べ終わる時間で言えば今まで一番早かったのではないだろうか。

 その割には、満腹感が減っているのだ。

 不思議なものもあるものじゃなとおもいつつ、テレーゼは最後の品を待つ。

 待っている間にももたれた胃は落ち着いていき、完全に空腹というには程遠いが、十分な空腹感が生まれている。


「それでは、最後の一品でございます」

 そういって金髪の給仕が持ってきたもの。


 それは、まるでひと目には雪のようであった。


「『キノコのリゾット』でございます」


 白の雪の上に、黒のキノコ。そいて周りには黄色の線が引かれた『リゾット』なるもの。

 ぱっと見で理解できる、その濃厚さ。

 スープのあとで最後の一品ということはこれがメインなのだろう。

 もし、スープがなければ、食べる気が有ったかと言われると悩ましいほどである。


 ――ひょっとして、これもまた狙いじゃったのじゃろうか?

 スープが淡白であった理由。それがこの『リゾット』なるものをより美味しく食べさせるための呼び水であったの有ったのすれば……。


 ――とんでもない店じゃな。

 テレーゼは改めてこの夢味亭を恐ろしく感じる。


 食べ物の出す順番までを気にして出すものなど、魔物の国には存在しない。

 どうせ食べれられればどれも一緒なのだ。それが魔物の国の食事の概念である。


 かつて人であった身であったがゆえに、この食事の概念には随分悩まされたものだった。

 旨いものなど特になく、ただ腹を膨らませられれば良い。

 そもそも、人が食うものすらろくに食わない種族が多いのだから食文化など発展する要素がないのだ。


 だが、奴らは食えないわけではない。食う必要性を有していないだけだ。

 そして美味しさという概念を知らないだけにすぎない。

 もし、奴らがこの店の料理の美味しさを知れば、もしかすると大きな変動を生み出すかもしれない。


 だが、今はそんなことはどうでもいい。【リゾット】のほうが優先だ。

 すくい取ったところ、雪というよりは、もっと重みを感じさせる。

 どろどろのその物質は、未知なるものが故に面白い。

 テレーゼの中では既存の美味しさなどすでに求めていないのだ。



 ――なるほど。こういうことじゃったか。

 白で構成されたのは多量のテーズによるものなのだろう。

 とにかく濃厚だ。

 更に風味も良い。黒のキノコ以外にも白い粒の中にも混ぜ込まれているようで、噛んでいくと全体的にやわらかな粒の中に異なる歯ごたえが生まれていく。

 テーズの味だけではなく、キノコの味など複雑な味が伝わってくる。

 コクだけではない、しょっぱさ、粒の甘さ、何もかもが複雑に織り交ざっている。

 見た目こそ確かによくないように見えるが、食べれてみればどうということはない。

 まるで、美味しさの代わりに容姿を犠牲した料理だ。

 そして、それは自分も思い出させる気がしていた。


 途中で水のおかわりをもらう。

【アヒージョ】などよりもはるかに【リゾット】は濃厚だ。

 油そのものよりなお濃厚というのも妙な話なのだが、テレーゼの中ではそう感じていた。

 だが、不思議と腹に入る。

 間違いなく腹は膨れている。だがそれ以上に美味いのだ。


「くっふっふ」

「テレーゼ様?」

 思わず笑みをこぼれ落としたテレーゼを心配するシェルネア。


「いや、なに。旨くて笑いがな。しかし、お主にはなかなかに辛い光景であろうなぁ」

 満面の笑みで返すテレーゼ。


「私には、その……食べれませんから」

「そういうつもりで言ったんじゃよ」


 まったく、弄りがいの有るやつよ。と思いながら夢味亭の食事は終演へと向かっていた。









「――そうか。美味かったんならよかったわ」

「お主もだいぶ回復したようじゃな。改めてオーガの体力はすごいものと再確認させられたわ」

 街に帰ってきたテレーゼを待っていたのは、すでに立ち上がって動いていたグルダスの姿であった。


 あれほどの重体であったにもかかわらず、一日もせぬうちに回復している辺りがオーガという種族の強みといえるのであろう。


「そういえば、テレーゼ。おめぇは何を食べたんだ?」

「料理の名を言ってもお主にはわからんじゃろ?キノコの料理を四品ほどな」

「キノコか、相変わらず変わったものが好きだな」

「肉しか食べぬお主には言われたくないのぅ」

 偏食と言っても過言ではないオーガの指摘に苦笑するテレーゼ。


 キノコはテレーゼが人間であった時に好きであったものだ。

 人間であった時、薬師として森に住んでいた時は薬草とキノコがテレーゼの主食であった。

 だが長きにわたってそのような生活をし続けていた結果、知らぬがうちに彼女の肉体は不死ではないものの不老の存在となっていた。


 一方でテレーゼは薬師としての腕は一流であり、人間の国でも知る者は知るという程度には名を知られる存在であった。

 そんな彼女に、人間の国の騎士団長が薬草を買いに来たのである。

『とある病に対する薬草がほしい。王を救うために』と。

 彼女は役に立てるのであれば喜んでとその病を治すための薬を授けた。

 だが、王は回復することもなく死んでいったという。


 その訃報を聞いた数日後、騎士団長は軍を引き連れ、彼女が住む森へと侵攻した。

 そして彼は兵たちにこういったのだという。


『あの魔女こそが王を毒殺した』

『長きにわたって老いた姿を見せぬ事こそ奴が魔物である証拠である』


 なぜ、テレーゼを犯人に仕立て上げたのかはわからない。

 命からがら森から逃げることに成功したテレーゼは、他に住むべきところもなく、最後の手段として魔物の国へと入った。


 最初人間であることから排除される可能性を考えていたテレーゼだったが、魔物の国での彼女の扱いは全く異なるものであった。

 人間の国の情報を持ち、すでに人間ではない存在となっていたテレーゼは魔物の国にとっては有益でこそあれ、排除などする必要すらなかったのだ。

 異種族ですらなんだかんだで調和している魔物の国に救われ、同族ですら憎しみ合う人間の国に見捨てられた。


 人間でありながら人間ではなくなった魔女が戦争になった時にどちらに付くかなど言うまでもなかった。



「テレーゼ、あの店はどうだ?」

「――実に良い店じゃ。あれほど旨い料理を食うたことはない」

 今でも、あの四品のキノコ料理の味は自分の脳裏にしっかりと刻み込まれている。


「そうか……」

 グルダスは短く返事をすると、一度深呼吸する。


「テレーゼ。頼みが有る」

 まっすぐにテレーゼを見つめるグルダス。


「告白なら勘弁願おうかのぅ」

 そのあまりの真剣な顔つきに、思わず茶化してしまうテレーゼ。


「違う。シェルネアを助けてやって欲しい」

「どういうことじゃ?」

 思いも寄らないその言葉にテレーゼが聞き返す。


「あいつが領主代理に付いてかなりの時間が経つ。それなのにまだ領主が来ねぇのさ。あいつの得意分野は統治じゃねぇ。」

「――なるほどな。中央に発破をかけろというわけじゃな」

「お前さんなら、出来るだろ。俺にはできねぇことだ」

「変わったな。お主」

 少なくとも過去のグルダスではない。

 同族こそまとめ上げてきたグルダスではあるが、他種族、しかも敵対することも多かったダークエルフを助けようなど聞いたことはなかった。



「そうかそうか。シェルネアに惚れたか。何気にわしから見てもあやつは美人じゃからのう」

 ダークエルフは華奢というイメージの中、あれほど鍛えあげられた肉体はそうはない。

 オーガの好みに合ってもおかしくはない。


「違うわ!俺はあいつに金を借りてる。返さなくてもいいとは言われてるがな。だが恩は返しておきたい。それだけの話しだ」

「隠さんでもいいものを」

 もちろん、シェルネアにその気がなければ酷な話ではあるが、なかなかに面白い話を聞けたためかテレーゼの笑みは消えることはない。


「とりあえず、話は分かった。だが保証はできんぞ?」

 いくらテレーゼと言っても人事そのものに口を出すことができるわけではない。

 口添えぐらいはできたとしても、その通りになるとは限らないのだ。


「それでいい――頼む」

 多少不機嫌になってしまったためか、グルダスの言葉はやけに短いものであった。

 だが、最後の頼みの言葉は間違いなくテレーゼの心のなかに響くものだった。




 グルダスに一応予備の薬を与えた後、ゆっくりとしようとしてたテレーゼの予定は変更をすることとなった。

「――さて。中央か。久々じゃのう」


 餌は有る。あとはそれに誰を食いつかせるかだけの話である。

 少なくとも、それはこの地にとって、シェルネアにとって、そして夢味亭にとって利のある存在でなければならない。

 考える時間は有るとはいえ、七日後には戻ってこないといけない。

 まだまだキノコ料理は有るらしいのだ。

 四品は頼みすぎたが、次回は二品ほどにしておけばきっと満足できるものであろう。


「ゆくか」

 言葉とともに一陣の風は吹いたかと思えば、そこに立っていた魔女である少女の姿は綺麗に消え去っていた。


活動報告の方にも記載いたしますが、仕事の関係で今後の更新頻度が大幅に減ると思います。

楽しみにされておられる方には非常に申し訳ありません。


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