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魔女とキノコのフルコース ②

「お待たせいたしました。本日のキノコのコースの一品目『キノコとベーコンのサラダ』です」

 どんなものが来るのかと興奮していたテレーゼは少しがっかりとする。


 ――なんじゃ。野菜の盛り合わせではないか。

 確かに、彩り豊かな葉のものなどは新鮮そのものに見えるし、それだけでも実に良いものであることには違いない。

 だが、もっと未知の料理が出てくるものだと期待していたテレーゼからしてみればそれは実に平凡なものにしか過ぎない。


「まぁ、一品目じゃしな」

 この調子では、残る三品も過度の期待はするべきではないのかもしれんなと思いつつ一緒についていたフォークで野菜を刺していく。

 しなびた様子もなくサクサク刺さっていく葉のもの。


「――そうじゃ。シェルネアや。喰うか?」

 野菜の盛り合わせであれば彼女でも問題はないはず。

 そう思い、テレーゼは声をかけたのだが、シェルネアは首を横に振った。


「いえ、私は遠慮しておきます」

「腹が一杯になったのか?」

「そういうわけではありませんが、その……臭いが」

 というと、顔を背ける。


「臭い?」

 ダークエルフは血の臭いを好まぬ種族なのは知っているが、このサラダにそんなものが入っているのか?

 よくよく見れば、葉のものの上に白い粉のような物と半透明の液体が振りかけられており、更に野菜で隠れていたのだろう、中には四角い棒状の肉の塊がはいっていることに気づく。


 ――なるほどな。これが原因じゃな。

 肉の塊がベーコンというものなのだろう。わずかに焦げ目が見えるその肉の塊は脂がぎらついており、実に良い色をしているのが見える。

 では、白い粉はどうなのじゃろうか。


 まぁ、自分が食べてみればわかることだとテレーゼは一口。


 生の野菜の甘味と歯ごたえ、そこまではいい。

 白い粉は濃厚なコクと風味を与え、さらに半透明の液体は塩水かと一瞬思わせたが程よい酸味と塩の味を伝えさせる。

 最初にテレーゼが思っていたただの野菜の盛り合わせなどというレベルではない。


「ほほぅ」

 思わぬ深い味わいに思わずフォークが次の分を突き刺していた。次はキノコである。

 黒いカサのキノコのくにゅっとした食感が葉のものとはまた違う食感を与える。

 味は白い粉と液体が主軸で構成されているが、その加減は程よい感じで調和されている。


「ではこれはどうかの」

 次はわずかに入ったベーコンなる肉の塊。比率で言えばキノコを含め野菜が9、そしてこの肉が1といったところか。

 見た目は干し肉に似ている感じがする。


 だが干し肉とは思えぬほどにその肉の塊は柔らかく、フォークが簡単に突き刺さる。

 野菜やキノコと一緒に食べるべきものだと思えたが、この肉の正体が気になり、肉だけを食べることにする。


 干し肉とは比べ物にならないほどの柔らかさ。

 あれは実に顎を痛める様な硬さと弾力が特徴なのだが、この肉にはそんな感じは一切ない。

 だが、普通に焼いた肉とはまた違うギュッと味が濃縮された感じだ。


 ほんの小さな塊でありながら、それは存在を主張する。


 ならばと今度は、葉とキノコと肉をうまくバランスよく織り交ぜて口の中へ。


 ――これがこの店の一品目なのか。

 テレーゼは自分が下した評価が完全に外れていたことを実感する。


 3種の全く違う存在は食感そして味という形でかけられた白い粉と液体の舞台の上で存在感を示していく。


 これを自分たちは作ることができるのだろうか。再現できるのだろうか。

 もしできないのであれば、ここは非常に危険な場所である。

 それほどまでの魅力。


 もし自分がここを支配できるならば、きっと独り占めしたかもしれんのうなどとテレーゼは黒い自分が出てきてしまうことに笑みを浮かべる。

 何時ぶりだろうか、自分が欲を示したのは。

 だが、その願いは叶うことはないだろう。

 ここでは自分は無力なのだから。



 だが、知ってもいいはずだ。自分たちがこのレベルのものを作ることができるのかどうかぐらいは。

 テレーゼは料理人ではない、薬師であり魔女と呼ばれる人間であることを捨てた魔法使いでしかない。

 もしそんな自分でもこれほどのものが作れるのであれば。

 それはきっと素敵なものだと思えた。

 


 そんなことを考えながら食べていると、気がつけば、サラダはもうなくなっていた。無意識で食べ続けていたのだろう。

 実に旨いものだった。だが嬉しい事にまだ三品も楽しめる。それはテレーゼにとって朗報以外の何者でもない。



「お待たせいたしました、二品目になります」

 青年が持ってきてくれたのは茶色の少々深めの小さい器。


「『マッシュルームのアヒージョ』と付け合せのパンになります」

「アヒージョとはなんじゃ?」

 サラダもそうだが、更に聞き慣れない言葉だったため。思わず尋ねてしまうテレーゼ。


「失礼いたしました。『アヒージョ』とはオリーブオイル煮のことですね。僕が住む国ではなく他所の国の料理になります」

「ほほう、そなたは自分の国以外の料理も作れるというのか」

 自分の国から出るものなどそうはいない。出るのは裏切るものか追い出されたものぐらいのしかいないのでそういう知識を持っているだけでもそれは希少な知識と言ってもいい。


「そうですね。日本人というのは美味しい料理であればどんな国の料理でも取り入れ、自分の物にしてしまう癖がありますね」

「それはまた、欲が深いのう」

「まったくです」

 テレーゼの笑みに、青年は苦笑する。

 実際、日本人の料理に対する執念とでも言うべきものは恐ろしいものである。



「ところで、いくつか聞きたいことがあるが良いかの?」

「なんでしょうか?」

「『サラダ』というのは野菜の盛り合わせという認識で良いのかの?」

「そうですね。それで間違っておりませんね。強いて言えばただ盛るだけではなく、塩や胡椒、酢や油などをふりかけることが多いでしょうか」

「なるほどのう」

 テレーゼは一度大きく頷く。

 あの半透明のものはそのようなものを混ぜたもので味付けのためにするということだということだろう。

 それだけでも匠の技といえるかもしれない。


「では、2つ目じゃ。あの白い物とベーコンなる柔らかい干し肉について教えてもらえるかの?」

「えーっと……白いものは、チーズと呼ばれるものです。牛の乳を固めたものです。ベーコンは干し肉ではなく燻製された肉ですね」

 人間の国でケーズと呼んでいたものじゃな。とテレーゼは昔を思い出していた。

 牛の乳を加工するという技術は、そもそも普通の牛がほとんどいない魔物の国ではまだまだ未発達と言ってもいいものだ。

 とはいえ絞る程度であれば容易だし出回っているが、それをさらに加工するとなると数量が足りないのである。

 だが、人間の国ではそういうわけでもないので、そのような技術があることは知っていた。

 とはいえテレーゼ自身は食したことがなかったが。


「燻製とは?」

「うろ覚えで申し訳ないのですが、樹などを燃やした際の高温の煙で燻す調理法です。木の香りで殺菌したり、燻すことにより水分を飛ばして保存性を高めるという意味では干し肉と近いところがありますね。塩漬けにするところも同じですし」


 ――燻製に関しては案外可能性があるかもしれないのう。

 自分も昔干し肉を食べていたが、干し肉のあの硬さはやはり閉口するものだ。保存性は落ちるかもしれないが、燻製肉の理屈は理解できる。理屈がわかれば作ることも可能かもしれないとテレーゼは判断する。


「料理が冷めてしまいますので、どうぞ」

「おお、そうじゃったな」

 青年の指摘を受け、二品目の料理へ取り掛かる。


 オリーブオイルというものはよくわからなかったが皿の中身を見て納得がいった。

 黄色の油で満たされた中に浮かぶ白のキノコ。

 更に細かく刻まれた赤と白の何かが浮いている。


「なるほど。油で煮た料理ということじゃな」

 これはこれで贅沢だ。しかしこれは美味しいのじゃろうか?


 テレーゼの疑問も当然である。

 油で焼いたり、揚げたりした料理を実のところテレーゼは食べたことはある。だがその時は油を出来るだけ落としてから食べるような形になっていた。

 でもなければ、とても臭くて食べれたものではなかったからだ。


 ――妙な臭いはせぬか。

 まずは臭いを嗅ぐテレーゼ。しかしどちらかと言えば香ばしい香りが漂うアヒージョ。

 少なくともかつて自分が食べていたような料理とはまた次元が違うのであろう。


 そういえば、新しいフォークをまた用意してくれていたようじゃな。

 テレーゼはこういう細かい心配りに感心する。


 ――魔物どもはいかんせんそういうことには疎いからのう。

 まぁ作法もほどほどな魔物たちとの付き合いもまたよいものじゃがな。

 と心の声でいいつつ、新しいフォークでマッシュルームなる白のキノコを突き刺し、油を切ってから口へと運びこむ。


 油臭さなど全くないが若干しつこさを感じさせる味。

 だが、このしつこさが実に良い。

 次から次に食べたくなるような気にさせてくれる。また小さく切りざまれたものはどうやら辛味を担当していたらしく、ピリッとした味は美味なる油の味に小さいながらも深い味の心地よい穴を作り出す。

 またこのマッシュルームなるキノコも良い。先ほどのサラダで使っていたものよりも大きいため存在感がひときわ目立つ。

 淡白な味ではあるが、油がそれを支援する。

 その代わりに、キノコが食感を支援するのだ。



「これは、酒が欲しくなるのう」

「ご用意いたしましょうか?」

 金髪の給仕が魅力的な提案をしてくれる。


「いや、せっかくじゃがやめておこう。この後の帰り道もあるのでな」

 テレーゼは断腸の思いでそれを断る。

 テレーゼはあまり酒に強い方ではない。それに酔った状態では魔法にも支障が出る。帰り道の危険性を考えれば断るしかなかった。


 仕方ないと諦めたテレーゼはパンを酒の代わりにする。

 硬めに仕上げられた白いパンを油の中に付けて食べていく。


 硬いパンは油で程よく柔らかみを生み出し、キノコとはまた違う食感と美味しさで食を進めさせる。

 みるみるうちに小皿の中身は消えていく。


「あの……テレーゼ様」

 シェルネアが実に物欲しそうにこちらを見ていた。その反応を見るにどうやらこのアヒージョなるものには肉などは入っていないようであった。


「お主も一緒にどうじゃ?」

「……いただきます」

 かき揚げ丼をすでに食べ終えていたとはいえ、目の前であれほど美味しそうに食べられてはシェルネアとしても耐えられなかったのだろう。

 シェルネアはパンはダメそうだったので、マッシュルームだけを味わっていたが。

 それにしてもダークエルフもそうじゃがエルフなる種族は実に不便なものよと食の不便さを嘆くテレーゼ。


 ――しかし、油を食べる料理など初めてじゃな。

 テレーゼに取ってはまさに衝撃的な二品目の料理である。


 キノコと油の相性がここまで良いとはのう。とテレーゼは関心する。

 キノコというのは淡白な食材だから濃い味付けがあうとは思っていたが、このような形は想定外であった。



「次はどんな料理が来るのかのう、残るは二品じゃ」

 正統派でもレベルが高く、変わったものでも抵抗を感じさせない夢味亭の料理に魅了され、残る料理が実に楽しみで仕方がないテレーゼであった。




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