魔女と??? ①
「ぶぇっくしょん!!!」
すさまじい大声のくしゃみが部屋の中で響き渡る。
「うう……」
部屋に置かれたベッドに寝ているのは、オーガのグルダスだ。
巨体を横たわらせ、ずっと唸り声を上げている状態である。
そしてたまに、大声のくしゃみを繰り返している状態である。
「――瘴気の吸い過ぎじゃな」
グルダスの様子を見続けていた赤毛の女性はそう診断する。
瘴気は魔物にとって必要なものではあるが、それが過多となれば魔物としての本性が露出し、そして最終的には理性を食い殺し、異形化する。
「しかし、運が良かったなぁ。グルダス。このわしがたまたまこの街を訪れておって。もっともお主でなければとっくの昔に異形化しておったじゃろうな」
赤毛の女性――テレーゼはそう言いつつ、すり鉢に草をいくつも放り込んだものをすりつぶし続ける。
魔の山の調査中に、グルダスは足を滑らせ瘴気が溜まった谷底に転落したのである。
しかも、転落した衝撃で足を骨折してしまっていた。
その状態では部下のオーガ達も救出するのには難儀した。
その中で一人耐え、部下が投げた縄に掴まりなんとか生還してきたというのだ。
普通のものであれば、すでに異形化し助かっていなかったに違いない。
とはいえ、グルダスの今の状態は決して芳しくはない。
骨折の方は放置しておけばそのうち回復するのがオーガの回復力の凄さなのだが、瘴気に侵された肉体の方はそうはいかない。
人間などであれば一気に浄化の魔法や奇跡でも使えば問題がないのだが、魔物にそれは膿んだ傷を治すために周囲をえぐり取るようなものである。
急がねばなと、テレーゼは草を念入りにすりつぶし薬を作っていく。
吐き気がするような匂いが部屋に満ちたところでテレーゼは腕を止める。
「まぁ、まずは飲め」
テレーゼはすり鉢から器へと、緑色の粘液を移し、それをグルダスに手渡す。
「相変わらず……ろくな匂いがしねぇな。おめぇの薬はよ。ゴホッ」
「良い薬はそういうもんじゃよ」
グルダスは観念してその緑の美味しくはないのが確定している粘液を飲み込む。こいつの薬の効果は知っているのだから。
だが味わう気持ちなどない。一気に飲み干すつもりだったのだが、あまりの濃度のために口の中で苦味をずっと残し続ける。
「まったく――もう少し美味しくできないのかよ」
「ほう?お主が味に拘るなんぞのぅ」
グルダスの今までになかった反応に、テレーゼは眉をひそめる。
グルダスに何度も薬を飲ませたことはあるが、臭いを嫌がることはあっても味に文句をいうことなどなかったはずだ。
「お主に何か有ったのか?」
テレーゼはグルダスの目を見つめる。
1000人にも及ぶ人間の軍勢を十数人で壊滅させたオーガ部隊の生き残り。
かつては、血に飢えた魔獣のような目をしていたはずだが、ずいぶん丸くなったような気がした。
「ゴホ……そうだなぁ。戦争の最前線から離れてしまってからは燃えるものが無くなっちまったな」
グルダスは天井を見つめて、こう続けた。
「だが、面白いもんは見つけた。頭の悪い俺には何かができるわけじゃねぇがな」
「ふむ?面白いものか。具体的にお姉さんに話してみるが良いぞ?」
「お前さんがお姉さんなんて歳かよ」
思わず苦笑したグルダスの横に、ナイフが突き刺さる。
絶句したグルダスが見たものは、無言で殺意を放出する魔女の姿だった。
「――ふむ」
魔法で空を浮遊し、山の中を探すこと一時間ほど。
ようやく目的の場所が見えてきた。
――確かに面白いのう。
視線の先から感じる膨大な魔力の塊にテレーゼも思わず興味を惹かれる。
「なるほどな。世界樹の若木か」
広場に降り立ったテレーゼはその木を見て確信する。
若木と言っても、その気は周囲の木の十倍はでかいものではあるが。
彼女がそう確信した理由は山の中にあれだけ満ちていた瘴気がこの付近だけ綺麗にないのである。
とはいえ、それは神殿のように神聖な効果によって発生するような魔物にとって苦しいものでもない。
「しかし、このようなところに生えるとはのう」
世界樹は、文字通り世界を支える樹のことでこの地面の底にその大本の根があるとされている。
そしてその一部が、極めて稀に地表に出ることがあるのだ。
それは後に巨木と化し、街のシンボルとなったり広大な森の中心部へと変わっていく。
テレーゼは巨木に触れる。
まだこの樹が生えて間もないのは、触れた時の魔力の総量やみずみずしさなどから十分判断できた。
「――この樹があれば、この山も元に戻るかもしれんのう」
そういいつつ、髪をかきあげた後に長い髪を指に巻きつかせ、昔を思い出す。
50年の前の戦争で、この辺りでは魔物も人間も大量に死んだのだ。
死んだ者達はろくに供養もされず放置された。
その結果が、多量の瘴気を生み出してしまいこの山を瘴気が流れ出す魔の山へと変貌させてしまった。
グルダス達も苦労するはずだ。
ここはろくに普通の生き物が住むことすら許さぬ魔性の地なのだから。
聞いた話では、ここに荷を通すための街道をつくろうとしているらしいが、その労力と困難さはテレーゼならば確実に断っていたレベルである。
だが、世界樹が生えたならば話は別だ。
とは言え完全に浄化が済むにはまだまだ掛かりそうでは有ったが。
「――さて」
樹の調査は終わった。テレーゼは本来の目的に戻る。
あのあと、ちょっとばかし『教育』をしてやったら顔面が蒼白となった後にグルダスが教えてくれたのだ、彼が美味しいという味覚に目覚めたという店。
それがここにあるのだという。
とても正気ではないと思えたが世界樹を見つけたことにより可能性は高まった。
「ひょっとしてこれかの」
廃屋の中にテレーゼは魔力が宿った扉を発見する。
――ふむ。転移系の魔法と魔法妨害に、それと獣避けの魔法じゃな。
扉にかかっている魔法の種類を瞬時に見分けるテレーゼ。
更に、かけている魔法の感知を鈍くさせるようにさせてあるという工夫っぷりに驚かされる。
これに気づけるものなど中央都市の重鎮の連中ですらごく一部だろう。
魔力に長けたテレーゼだから気づけるほどの巧妙さ。だが、彼女が同じことができるかと言われればおそらくできないほどの魔法の難易度である。
「後は入ってみるしかないのぅ」
さすがに転移の魔法でどこに飛ばされるかまでは分からないが、グルダスたちが使っているのあれば問題はないじゃろと戸を開け中に入る。
チリンチリンとおそらく来訪者を知らせる鳴子のようなものが鳴り、それを合図にしたか奥から金髪の女性が現れる。
「いらっしゃいませ! 夢味亭へようこそ!!」
「うむ」
テレーゼは周囲を見渡す。
中には、先ほどのエプロンを着た女性の他にもう一人がテーブルに座り無言で何かを食べているのが見えた。
「おお、久しいな。シェルネアや」
テレーゼの言葉にそのダークエルフは長い尖った耳をふるわせ、器を下においたかと思うと急に立ち上がった。
「テ――テレーゼ様!? お久しゅうございます。お元気そうで何よりでございます」
立ち上がったかと思えば、頭をテレーゼの方に向かって深々と下げるシェルネア。
「よせよせ。わしとそなたは今はただの客じゃ。給仕殿も驚かれておられるじゃろ? 座るが良い」
堅苦しい挨拶などいらぬと、テレーゼは手を小さく横に振り、シェルネアのテーブルの椅子に座る。
ダークエルフでありながらしっかりとした線の太いシェルネアと比較すれば背も小さく肌の色さえ合っていれば外見上で言えば妹のようにすら見えるテレーゼ。
だが、言葉から感じる関係はまるで部下と上司である。
「いらっしゃいませ」
と言って出てきたのは黒髪の人間の男。
テレーゼから見た顔は美形というには少々問題があるが、なかなかに良い感じをうける誠実そうな少年である。
彼は手慣れた様子で、氷水が入った透明なコップをテレーゼの横においてこう続けた。
「お水でございます。ご注文はいかが致しましょうか?」
「うむ、ご苦労。そうじゃな……この店は客の要望に答えるのが手法と聞いておるが相違ないかの?」
少女に見えるテレーゼから発される老婆のような口調に思わず男の顔が動くのが見えた。だが、一瞬で元の笑みに戻る。
「実際には、申し訳ないことにまだメニュー表ができていないだけなのですが、お客様のご要望にお応えするすることには相違ありません」
「そうか、そうか。『こちらの世界の言葉』は難しいからのう。――そうじゃな。キノコを使った料理が食べたい。可能かの?」
そういって、テレーゼは注文する。
「かしこまりました」
男は今度は顔色を変えることもなく注文を承諾する。
「おぅ、そうじゃった。はるばるここまで来たのじゃ。一品ではつまらぬ。故にキノコを用いた料理を4品ほど作ってもらおうかの」
「かしこまりました」
「問題はないか?」
「大丈夫です」
自信満々に答える男。
「では、任せようかの」
テレーゼは笑みを浮かばせ、品が来るのを椅子から足を伸ばしのんびりと待つ。
そんな様子を見たシェルネアは気が気がではないのか、そわそわしだす。
「落ち着くが良い。わしとて『ここ』では何もできぬよ」
「テ、テレーゼ様ですらですか」
シェルネアはそれを聞いて呆然とする。
「うむ。故に『ここ』ではわしは無力じゃ。お主にすら勝てぬだろうのう」
「め、滅相もございませぬ」
「くっくっく、お主の反応はつまらぬのう」
とテレーゼがシェルネアをからかっている間にどうやら最初の品が来たようだ。
テレーゼはウキウキとした気分でその一品目を見る。
それは、実にシンプルなキノコと様々な野菜の盛り合わせ。
「お待たせいたしました。本日のキノコのコースの一品目『キノコとベーコンのサラダ』です」
すみません。投稿時のことですが、人物名を間違えておりました。
テレーゼが正しいです。




