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借金取りと??? ①

「そろそろ時間かな」

 時計を見て、翔太は厨房から店の方に出る。


 女神様の突然の訪問には驚かされたが、試作品としての『わらび餅』の出来は彼女の反応を見てもなかなかだったと思う。

 翔太個人として少し気になった問題としては、やけに固かったことだろうか。スーパーのやつは冷やすほうが美味しいと思ったのだが、本格的なタイプは冷やしすぎてはいけなかったのかもしれない。


 とはいえ、値段的なところを踏まえても本メニューに入れるにはまだまだかかるだろう。

 と、翔太は現実的な評価を下す。


 夢味亭がこの街で再び商売をしていくためにも、翔太としては頑張るしかない。

 それは新たなメニューの開発もそうだし、既存のメニューでも父の作っていた味を上回ることも含まれるだろう。


 だが、まずは今日をのりきらないといけない。

 そう、今日訪れる方は月に1度訪れる人であり、ある意味この夢味亭の命を握っていると言っても過言ではない人物だからだ。



 翔太が店の中で待つこと10分ほど経ったところで、店のドアが開くベルの音がする。


「――邪魔するぞ」

 店に入ってきたのは、黒のスーツに紺のシャツ、紫のネクタイをしたオールバックの男性。

 身長は190cm以上有るだろう。サングラスを掛け、表情を読み取ることはできない。

 街の中で出会ったらならば確実に近づくのを拒否するような威圧感と低い声。

 確実に、危険な職業の関係者を想像させるような男。

 それが今回の重要な客。店の借金のうちの半分以上を貸してくれている金融屋、SOファイナンスの真田という男である。


「ご無沙汰しています。真田さん」

 最初は彼の姿を見るだけで怯えていた翔太であったが、今では少し慣れてきたこともあり話す分には抵抗はなくなってきている。

 とはいえ、翔太としても一緒に出歩くなどはさすがに遠慮したいとは思ってはいるが。


「ふん……」

 翔太の様子を一瞥して、真田は近くにある椅子にどっしりと座る。

 翔太はそれを見て手慣れたように、コップに氷水を入れ彼が座ったテーブルに置いた。更には灰皿もその隣に置く。

 夢味亭は本来禁煙なのだが、彼は特別である。



「まぁ、まずはもらうものをもらってからにしようや。翔ちゃん」

 真田の声に頷き、翔太は封筒を手渡す。

 封筒を受け取った真田は手慣れた様子で中に入っていた1万円札の束を抜き出し、枚数を数えていく。



「――たしかに丁度だ」

 金を数え終わった真田の表情は翔太にはサングラスのためわからないが、真田は驚いていた。


 ――なんで今回払う金があるんだ?


 真田は、部下に命じてこの夢味亭の客数の調査をしていた。

 そこから計算すれば、店の大体の売上と利益は想像がつく。

 そして、その結果は今月分の支払いは不可能であるということだったはずだ。

 だが、たしかに受け取った金は偽札や千円札ではなく、本物の1万円札の束である。


「翔ちゃんや。お前何をした?」

 真田の声は明らかに翔太に対して疑いを持っていた。


 そう、絶対に払えないものを払ったのだ。

 翔太が良からぬことをやったと真田は思ったのである。


「――い、いえ。何も」

「とぼけんな!」

 今にも隣の椅子を蹴飛ばしそうになる真田。

 真田としても、翔太に犯罪をしてまで借金を返してほしいとまでは思っていないのだ。

 そもそも、銀行がこの店の土地と建物の第一抵当権は持っているが、真田が第二抵当権を有している以上店を売ってもらえれば借金は簡単に返してもらえるのである。

 だが、店や自分の財産を奪われるならばと、犯罪に手を染め自滅していく例を何人も見てきた真田としては止める立場である。


「まぁ、とぼけるならいい」

 とりあえずは利息は払ったのだから、翔太に対してこれ以上強く言っても仕方ないと真田は自重する。

 いらいらしたせいか、思わずタバコに手を伸ばし火をつけ一服してしまう。


 習慣づいてしまったタバコはイライラした感情を一瞬で沈静化させる。


「なぁ……翔ちゃんや。諦めて店売っちまわないか?」

 真田は今回来た目的の核心を突く。


「おれはお前の過去を色々と調べたんだ。高級なホテルでシェフやってたそうじゃないか。他にも中華料理の名門店で修行したことが有ることやフレンチ、イタリアンも学んだって聞いてる。同僚や上司もお前は腕も評判も良かったって聞いている」

 真田の言葉に翔太はだまり続けている。


 そう、深山翔太という男は、この夢味亭の運営こそ失敗しているが、料理の技術や周囲の評判に関して言えば非常に高い人間である。

 たまたま、父の跡を継いでしまったがゆえにその味の違いのせいで客離れを起こしただけで、しっかりとした場所で独立していればそれなりに上手く行っていたと真田は踏んでいる。


「お前さんが、父の店を守りたいって気持はよく分かる。誰だってそうさ。だが、お前はあの人じゃない。お前が店を売るっていうんなら、別の店を開くための金を貸してやってもいい」

 真田は吸っていたタバコを灰皿に当て火を消してこう続けた。


「――だが、この店は諦めろ。もうお前じゃあ立て直せない。お前も過去の客も皆親父さんの影に囚われているだけだ。この店は親父さんが死んだ時に終わったんだよ。このままじゃあ……」

 そんな真田の声を翔太は遮った。


「真田さん。ありがとうございます。でも――負けたくないんです。親父を超えることもそうですが、自分を見限ったお客さんを見返したいんです」

 真田はそんな翔太の決意を秘めた目を見て、サングラスを外す。

 その修羅場をいくつもくぐり抜けてきた細い目は無言ではあるが翔太を全力で威嚇する。だが、常人ならは震え上がるような視線を前にしても翔太は引き下がることはなかった。


「――わかった。利息は払ってるんだ。払うもんを払ってる以上俺が文句を言えたことじゃないな」

 先に引いたのは両手を上げた真田の方だった。


「だが、せめて俺を納得させてくれ」

 真田はいつもこの店に来た時に頼む料理がある。

 元々真田自身もこの店の常連客なのである。今は亡き先代が作っていたその料理は今でもなお記憶に残っている。

 そして、それは店主が翔太に代わったあとも頼み続けた料理である。

 だが、その料理は決して先代を超える味どころか先代の味とは大きくかけ離れたものであった。


 真田は当時その味の違いに絶望した。

 そして、真田はこの店に来なくなった。もう二度と来ることはないだろうとそう思って。


 だが、この店が借金まみれになったと聞いてなぜか真田はいてもたってもいられなくなった。

 絶対に借りてはいけないところから借りようとまでしていた翔太を差し止め、真田が銀行以外の借金の一本化を図ったのである。


 それ以来、真田と夢味亭、そして翔太との関係は続いている。

 そして、月に一度利息返済の時に、その料理を真田は毎度頼むことにしている。

 だが、満足させるほどの味にはまだ遠かった。

 そして、今月の客の数から見て今月で無理だろうと、これでその夢物語も終わりだと思っていた。


 だが、何故か今月も彼は支払えた。

 そして先月までの苦悩しか顔から伝わってこなかった彼にはなかったものが今の彼には見えた気がした。


「わかりました、少々お待ちください」

 と行って翔太は奥へ消えた。


 料理が来るまでにもう一本タバコを吸っておこうかと思い真田はタバコを口に加えたところで再び箱に戻した。

 何故戻したのかは真田自身でもわからなかった。


 そして料理が来るまでの間、真田はただひたすら待ち続けた。



「お待たせいたしました」

 ようやく、翔太が料理を運んできた。

 ずいぶん長い間待った気がした。だが、この匂いは真田にとって過去を思い出させるものだった。


「ロースカツになります」

 といって、翔太は真田の前に料理を置いた。

 金色に輝く衣をまとった大判が綺麗に幾つかに切られている。そしてその横には山のように積まれた大量のキャベツ。


 真田が必ず頼む夢味亭のロースカツがそこにはある。

 だが、それは先代が作っていたロースカツとは見た目で大きく異なるところが1つあった。






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