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領主代理と??? ①

「こんなもんかな……」

 翔太はボウルにいれた粉を水に溶かしつつ、その度合いを確かめる。


 いろいろな料理をやってきた翔太ではあるのだが、いかんせんこの手の料理は手を出してこなかったこともあり未知の領域である。


「しかし、なんで親父はこんなもんまでレシピに入れてるんだろ」

 翔太は首を傾げながらも手は止めない。

 本来休みであった日曜が異世界での営業日となった今、この手の料理の研究ができるのはもう一つの休みであるこの月曜日だけなのだ。


 父が残してくれたノートは最初に見つけた一冊だけだと思っていたのだが、ついこの前二冊目が見つかったのだ。

 今はその二冊目に残っていたものを作っているのである。

 それは、洋食屋のメニューとしてはあまりにも違和感があるものであり、その割にはやけに細かく書かれていたので気になってしまったものであった。


「しかし、本格的につくろうと思うのこんなにするんだな……」

 材料の値段に思わずため息が出る。

 よくよく調べてみると、スーパーなどで売っているものだと完成品で100円もしないようなものなのだが、それはいろいろなものを加えたがゆえコストダウンできた結果であり、本来の作り方をするととんでもない値段になるのだ。


「これ……うちで採算取ろうとすると……」

 少なくとも自分がいた時はなかったメニューのため価格がわからない。

 試作だからいいものの採算性は取れそうにないメニューである。


 まぁ、こういうのは試作だからいいのである。と翔太は自分を納得させる。


 翔太としても自分の知らない料理というのは作っていて面白いし、そもそも料理をしているのが好きな人間なのだからこの時間は翔太がとても活き活きとしている時間なのである。



「って、次はこれを鍋に入れてっと……」

 そのまま、コンロに火をつけ、中火で温めつつ木のへらでかき混ぜていく。

 あとは、このままちょうどいいところまでかき混ぜ続けるだけである。


 この手の料理としては工程数も多くはなく驚くほど単純である。

 その割には、火加減や粘度などが事細かに書かれているのでそれを読みながらかき混ぜ続けていく。


 そんなことをしていると、厨房の中で二年ほど前のアイドルグループの曲が流れ出す。


「メールだ」

 翔太は、読んでいたノートを置いて、その代わりに近くにおいてあったスマートフォンを手に取る。

 もちろん、普段の営業時は携帯の電源はオフにしているのだが、今日は用事もある関係で手元においてあるのである。


「フィーナさんからだな」

 翔太はメールの内容を確認し、どう返事を打とうか悩みだす。

 内容は、今からそちらに行っても良いでしょうか?というものなのだが、今日はとある重要な人が来るのでタイミングがかち合うのは避けたいのだ。

 ところで現代の電子機器の中でも何気に高難易度とも言える携帯電話というかスマートフォンを難なく使いこなす異世界の女神様ってどうなのだろうか。

 いや、それはどうでもいいと翔太は雑念を取り払い、返事を入力していく。

 ちなみに、彼女の携帯は、林檎のマークで有名な物の最新機種であった。


『今すぐお越しになられるなら大丈夫です』

 彼女に返信をしながらも翔太は腕を止めない。


 そろそろ粘り気も出てきて、腕が重くなってくるが、まだ余裕はある。

 というかここで止めて焦がしたりでもしたら台無しである。




「――面白いですね。それ何を作っておられるんですか?」

「えっ」


 ふと声がした方向へ振り向くと、そこにはお世話になっている金髪の美女が興味深そうにこちらを見ていた。

 もちろんノックやその他の音も一切なかった状態で。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 思わぬ展開に驚き、へたり込んでしまう翔太。


「えぇっと。あの……ごめんなさい!」

 驚いてへたり込んでしまった翔太を見て、思わず謝る女神様。


「あ。あ、鍋! 鍋!! フィーナさん! かき混ぜてください!! はやく!!!」

「は! はい!!」

 我に返った翔太だが腰に力が入らず立ち上がれず、フィーナは急に指示を出されて戸惑う。

 などと二人して慌てふためく光景は翔太が立ち上がって練り直す準備が整うまでの間暫く続くことになる。





「……ごめんなさい」

 すっかりしょぼくれてしまったフィーナを見て逆に謝る翔太。


 とはいえ、一応合鍵は渡しているとはいえ、転移で音もなく自分の横に立たれたら驚かない人間などそうはいないだろう。

 むしろ、合鍵を渡しているだから、ドアから入ってきてほしいものである。


 と、強く言えないところが翔太の性格を示しているといえるだろう。


 謝りながらも作業の手を休めず、練りあがったそれをバットに流し込む。

 すでにバットには黄色い粉をかけており、その上を褐色のそれが流れ込んでいく。

 更に上から黄色い粉をまぶし、ようやく一息つく。


「で……。あの……。フィーナさん。用事ってなんでしょう?」

「あ、あの。……私こそすみませんでした。そうですよね。いきなりとかは驚きますよね。他の神様はそういうのあまり気になされないので……」


 ――会話が噛み合わない。

 どうしたもんかなと翔太は頭をかく。


「あ。用事でした!」

 ようやく落ち着いたのか今回彼女が来た目的を思い出してくれたようだった。


「実は、翔太さんに謝らないといけないことがあるのです」

「謝るって、さっき」


 彼女は翔太の言葉に首を振り言葉を続けた。


「いえ、私達が店を開いている場所のことです」






「人間の国がない……?」

「ええ。厳密に言えば、私達が店を開いた場所に該当する【グラドリエル】という人間の国はすでに滅びています……」

 あまりの衝撃的な内容に翔太も思わず唖然としてしまう。


「もちろん、人間がいないわけではありません。ですがあの場所は魔物たちの国の一部となっているのです」

「だから、お客さんが」

「そういうことですね……翔太さんが思っている通りだと思いますが、これからも店に来る者達は魔物と呼ばれる存在ばかりでしょうね」


 ようやく作っているものがひと通りの目処が付いたため今は厨房ではなく店のテーブルで話し合っている二人。


 ちなみに先ほど作っていたものは粗熱がとれたので冷蔵庫に入れてある。

 常温でも美味しいらしいが、やはりあれは冷やして食べるもんだと思う。と翔太の持論である。



「今からでも翔太さんが望むのであれば、店の場所を変えることはできます」

 フィーナは翔太に提案する。

 自分のミスで彼に恐怖を与えてしまったのは事実なのだ。

 実は店を動かすのはかなり問題があるのだが、彼が望むのであればそれはやむを得ないことである。



「……」

 翔太は上を向いて少し悩む様な仕草をしたあと、淹れてあったお茶を一口飲む。

 そしてそれを飲み干したあと、静かにこう告げた。


「今の場所でいいと思います。」

「いいんですか?」

「はい」


「はい」と答えたそれは、しっかりとした信念を持った青年の目であった。


「僕も最初は怖かったんですけれどね。でも話せばグルダスさんもそうですけれど、皆さん優しいじゃないですか。そして異世界で人間ではない方々が人間の僕が作る料理を美味しいと、また来ると言ってくれるんです。料理人としてこんなに嬉しいことはないです」


 そう、どんな姿をしたお客さんであろうと、料理を出す人間からすれば同じ客なのである。

 そしてその人達が、美味しいと言ってくれる料理を出す。

 それが今の翔太にとって一番大事なことだと思っている。


「翔太さんがそうおっしゃるのでしたら、私にはもう何も言うことはありません。一緒に頑張りましょう」

 彼女の微笑みに、笑顔で返す翔太。

 

 もし二人以外の誰かがこの光景を見ていたらきっとリア充爆発しろとか言われていてもおかしくはない光景である。


「話もつきましたし、さっき作ってたやつ食べましょうか」

「いいんですか?」

「ええ、試作品ですから、いろんな人の感想をもらえる方がありがたいので」


 と言って、翔太は厨房に戻り冷蔵庫からほどよく冷えたそれを取り出し、一口大に切り分けた後に、器に盛り付ける。

 最後に、再び黄色い粉と黒い液体をかければ完成である。



「ひんやりしてますね」

「ええ、これはやっぱり冷たくして食べるのが美味しいと思うので」

 翔太は自分の分の器も用意し、二人でテーブルの席につく。

 爪楊枝と箸と一応食べにくかった時用にフォークも用意した。とはいえやはり爪楊枝か箸で食べたいところではあるが。


「これは、スイーツなんでしょうか?」

「ええ、といっても和風ですね」

 そう、洋食屋のメニューとしてはあまりにも違和感のある本格的な和風のデザート。


「ところで、聞きそびれていたのですけれど。これはなんというお名前のスイーツなのでしょうか?」

 フィーナの質問に翔太はこう返答した。




「これは――わらび餅といいます。」



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