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女神様と??? ①

「――ああ、今日も客が来なかった」

 時計は午後の九時を指そうとしている。もうこの店の閉店時間だ。

 これで3日連続でお客が0人という状態。


「どうしてこうなってしまったのだろうな……」

 いや、原因ははっきりと自分で認識している。。全て自分の自惚れから来たものなんだから。

 

 病で倒れそのまま亡くなった親父から店を受け継いで1年。

 いろんな店で修行してきたのだから、親父の店を守ることぐらいなんてことはないと思っていた。

 それがゆえの甘さ。

 この店は、親父の作る料理の味に惚れた常連達で成り立っていた。自分はそのことを軽んじていたのだ。



 最初こそ、同情などで通ってくれる人こそいたが、皆がこういうのだ。


『美味しいけれど、この店の――おやじさんの味じゃない。』と。

 意味がわからなかった。自分の料理は間違いなく親父より旨いはずだと。

 いろんな店で修行をしてきた、一流ホテルのレストランの厨房だって入ってたことがある。中華、和食、その他覚えられることは全て覚えてきていたつもりだった。


 だから、わからなかった。親父の偉大さを。

 そのことに気がつき始めた時には、すでに常連たちは姿を見せなくなっていた。

 常連たちで保っていたこの店の売上は減少の一途を辿りだす。新規の客を呼び込もうといろいろと試行錯誤はしてみたものの効果は出なかった。

 古臭い店で、場所も良くはない。

 更に周囲には美味しい良い店が揃っている。

 そんな中でわざわざうちに来てくれる人など少なく、そしてそんな数少ない客でさえ新たな常連にすることが出来なかった。


 客が来なくなってしばらくして、暇になってようやく、親父の遺品の整理をし始めた。

 大部分は済ませていたつもりだったが、親父の部屋はほとんど手付かずだったためだ。


 そこで見つけたのは一冊のノート。


 中身を見て俺は愕然とした。

 そこに書かれていたのはこの店のメニューのレシピ。

 学生時代、店を手伝っていた俺には『お前にはまだ早い』と一切教えてくれなかったものが事細かく書かれていた。

 親父はメモをとるようなタイプの人間ではなかった。そう、感覚で味を作るタイプだった。

 故に何度も何度も書き直したところが見受けられ、破けてテープで補修したあとも見受けられた。

 俺はどんどんページをめくっていく。

 肉料理、魚料理、野菜料理、パスタ、驚くべきことにスイーツの作り方まで書かれている。

 そして、最後にこう書かれていた。


『翔太、こんな簡単なことは、お前にもっと早くに教えてやるべきだった。立派になった今のお前にはもう不要のものかもしれない。だが俺がこの数十年この店で積み重ねてきたものを俺だけで終わらせたくない。だから、もしお前が悩んだ時、これがほんの僅かにでも手助けになれば嬉しい』



 ノートに涙がこぼれ落ちる。

 もっと早くに、親父の思いを知っていれば。

 いや、今だからこそ親父の凄さを。思いの深さがわかるのだ。

 この思いを無駄にしたくなどない。


 そんな思いで、俺はこの店の味を取り戻そうとした。

 だが、レシピ通りやっても客が戻ってくることはなかった。


 理由は一人の客の呟きで分かった。

『昔の味に似ているけれど、もっと昔のほうが良かったね』と。

 それを聞いてようやく理解できた。

 今は無き親父の味は客の思い出の中にあるのだ。

 そしてそれは僅かな間に美化されより洗練された味として認識されている。

 そう、親父の真似をただするだけではいけないのだ。

 そこに更に自分が改良を重ねなければならないのだ。

 あまりにも難しい問題だった。売上もでず。客は減る一方。どんどん借金が膨らんでいく。そんな中で親父を超えなければいけないのだ。


 そして、ようやく自分の中でひとつの答えが見えてきた。だが、もはやこの店に来る客はいなくなっていた。

 遅すぎたのだ。何もかも。

 借金の額は、すでに限界と言ってもいい。

 訪れる人間は借金取りぐらいのものだ。彼らの執拗な催促のせいで客が来ることすら出来ない。もうこの店を手放すしかなかった。

 そして自分の中でリミットを決めていた。今月で閉めようと。



 悔しかった。ようやく親父という存在の背中が見えたつもりなのだ。だが、それを確かめることはもうできそうになかった。


「ちきしょう。ちきしょう――!」

 自分しかいない店の中で声が漏れる。客がいないからこそできる醜態。


 ――だれか、一度でいい。食べに来てくれ。そして親父の味。この店の味を取り戻せたのかを教えてくれ。


 叶うはずのない願い。

 その願いに更けている時間を遮るように、チリンチリンとドアにつけているベルが鳴る。



「――すみません。まだお店はやっていますか?」

 慌てるように美しい金色の髪をした女性が質問しながら入ってきた。


 彼女との出会いがこの店――夢味亭を。

 そして、二代目店主――深山翔太の運命を変えることになるなんて今は知る由もなかった。



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