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第五話


「そこはそうではなく、このように描きます」

「難しいよっ!」


 俺は村長さんの家の客間で、今日もアイシャから魔術講習を受けていた。

 今日は付与魔術を描く際の、効果を生み出す部分だ。

 木を削って作った棒の先端に描いて練習をしているのだが、当然なことに描く場所は円形だし、非常に描きにくい。

 必死で描くにも、どうしても線が歪んでしまう。


「いいですかシャルニーア様、そこは一ミリほど左です。左右のバランスを考えながら描かないとより効率的な付与魔術は完成しません。紙のような平面にいくら魔方陣を描けたとしても、付与魔術は棒のようにいびつな場所に描くことが多いのですから、より正確に確実に素早く描ける様頑張りましょう」

「細かすぎるよ!」

「こうです、シャルニーア様。よく見ていてください」


 アイシャは俺が二十分かけてようやく描いたものを、わずが十秒で描き上げる。

 日本人は手先が器用じゃなかったのか?!

 これを見ると自信なくすぜ。


「なぜアイシャはそんなに早く正確に描けるのでしょう」

「シャルニーア様が不器用なだけです」

「そんなことないよっ! アイシャが異常なんだよっ!!」

「魔方陣など、何千回、何万回も描けば手が勝手に動くようになります。もう一回チャレンジです。今日はこれを正確に発動させるまで寝かせませんからね?」

「鬼だ、鬼がここにいる……」


 既に床には七~八本、魔方陣があちこちに描かれている棒が落ちている。

 朝から延々これをやっていて、四時間が経過している。もう昼の時間だ。

 さすがに目が疲れてきたし、一度休憩を提案しようと口を開いたとき、部屋の扉ががらっと開いた。


「シャルニーア様、少し来てもらいたいんだが」


 俺が振り向くとそこには赤目赤毛の女性、シレイユが立っていた。

 今日も胸元を大きく開けた服を着ている。どうしても目がそっちに行ってしまうのは男の性だな。

 たゆんたゆん動いているぜ。

 そんな彼女に向けてアイシャが非常に不満げな声を出す。


「シレイユさん、今とても忙しいのですが」


 絶対零度の声だ。普通の人なら思わず身震いするほどの殺気も含まれている。

 しかしシレイユはそんなものなどお構いなしに俺に手招きをしてきた。


「これからシャルニーア様を村人たちに紹介する、ほんの十分でいいから来てくれ」

「紹介……ですか?」


 俺がこの地に赴任してから一週間、シレイユが来てから三日が経過していた。

 その間、俺は村長さんの家の客間に殆ど引きこもっていた。

 まあずっとアイシャの魔術講習を受けていたんだけどな。

 だから、村長さん以外の人に会った事はない。

 領主として、それはまずい気がするな。


「シャルニーア様は、まだ誰にも会って無いだろ? 一度くらいは民と顔合わせしないとダメじゃないのか?」

「私もそう思います」


 俺もシレイユの言葉に相槌をうつ。

 まだ渋い顔をアイシャはしていたものの、仕方なくといった雰囲気で頷いてくれた。


「……仕方ありませんね。ちょうどお昼ですし、昼食の休憩としましょう」

「よし、行くぜシャルニーア様」

「あっ、お芋だけ食べさせてください」


 小さなちゃぶ台のような机に置かれている、小さな芋を一本手にとって、シレイユの後を付いていった。

 さっきアイシャはお昼休憩と言ったのだ。

 と言う事は、村人たちとの顔合わせが終わった途端、すぐにまた魔術講習が始まる。

 ここで食べておかないと、絶対昼抜きになってしまう。


 歩きながらサツマイモのような芋の皮をむいて、少しかじる。

 甘みが口の中に広がる。

 うまいな、これ。


「しかしアイシャも相変わらず厳しいな。あんなところに付与魔術を描くなんて器用な真似、アイシャ以外じゃそうそうできる奴なんていないのにな」


 芋をぱくつきながらシレイユの後を歩いていると、彼女が励ますように言葉をかけてきた。

 うん、わかってた。

 スパルタ教育とはアイシャのためにあるような言葉だ。


「朝からずっとあれを描いていましたけど、さすがに疲れましたよ」

「あの調子だと、絶対休憩なしになりそうだったからな。わざと昼の時間に口を挟んだんだよ」


 シレイユ! なんていい子! 女神だ!

 思わず目から水が流れてきそうになったぜ。


「でも村人たちと顔合わせするのは本当だからな」

「私は普通に挨拶すればいいのですか?」

「あたしが紹介するから、それに合わせて適当に言ってくれ」

「わかりました」


 俺は芋にかじり付きながら、気軽にシレイユに答えた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「このお方が元公爵家、現辺境伯のシャルニーア様だ!」

「おおおおおおぉぉぉぉ!」「うわっ、まじで可愛い!」「まるで人形みたいだ」「やばい、ファンになっちまったよ」


 俺が連れてこられたのは村にあるちょっとした広場だった。

 そこには村人と思われる若い男性が三十人ほど集まっていた。

 しかもものすごい熱気である。

 なんだこりゃ。

 というか、この小さな村に三十人もいたのかよ。


 そんな彼らの前に立ち、俺はシレイユに紹介されていた。


「シャルニーア様は、元々公爵家の次女だった。公爵家といえばファンドル建国王の血を引く、由緒正しい家だぞ。いわば姫様だ!」


 シレイユは大げさな身振りで、叫ぶ。

 それに呼応するように、村人たちの声が飛び交う。


「なんだと!」「なぜそんな姫様がこんな田舎の村に?」「もしかして悪代官の卑劣な罠にかかったのか?!」

「そう、その通り! 悪代官の罠にはまって辺境伯に臣籍降下となって、ここに赴任されたのだ!」

「なんとおいたわしい」「何とかならないのか!」


 シレイユが勝手に話を進めている。悪代官ってどこの時代劇だよ。

 というかこのノリは何だろう。

 とりあえずそんな事はさておき、この時間を逃しては、もう昼飯は食えない。

 俺は空気を読まず、持っていた芋にかじりつく。

 ああ、芋がおいしい。


「しかもシャルニーア様のお姿を見ろ! こんな質素な服、更に食べるものもお前らと同じ芋を食べていらっしゃるのだ。これはシャルニーア様がここに赴任する途中、自身の持っていた服やおもちゃなど全部売り、お前らの為に食料を買ってくださったのだ!」

「まさか昨日食ったやつか!」「俺らの為に?!」「だからあんな服を」「公爵家ともあろう方が」「なんという慈悲深きお方なのだろう」


 そういえばシレイユが来た当日、少しお金が要るからと言ってアイシャからプロマイドの売り上げを奪っていってたけど、食料を買ってきてたのか。


「ここでお前らが踏ん張って、この村をもっと豊かにすれば! 王都にいる悪代官どもに目に物見せてやらないか!」

「そうだ、その通りだ」「俺らが頑張らなきゃ」「やってやろうじゃないか!」


 更に白熱する広場。シレイユも調子にのったのか、俺を抱きかかえ更に肩車してきた。

 うわ、こえーよ!


「さあ立て村人よ! この村を発展させ、豊かにし、シャルニーア様の笑顔を取り戻すのだ!」

「「うおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」


 広場中に咆哮が響き渡る。

 これなんのパフォーマンスなんだよ。

 ってか笑顔を取り戻すって、今でも愛想よくしているつもりなんだけど。


「さあ、シャルニーア様、一言どうぞ!!」


 突然シレイユから振られた。

 一瞬で静まり返る広場。

 俺が広場にいる村人たちの顔を見渡す。

 どいつもこいつも、何か期待をしているような目だ。

 ど、どうしよう。何を言えばいいんだろうか?


 シレイユは、早く! と言わんばかりに掴んでいる足に力を入れてくる。

 あー、もうなんでもいいや!


「えっ、あ、はい。みなさん、健康第一に無理をせずお身体には気をつけてくださいね」

「「「おおおおぉぉぉぉ!!」」」


 俺が挨拶した途端、今までで一番の叫び声が村中に響いた。


「シャルニーア様のありがたいお言葉、聞こえたか! お前らの身体を心配されているのだ! 無理をせず、且つ効率よく仕事をしようではないか! さあ、あとは後ろにいる奴らに自分のやるべき仕事を聞いてくるんだ。既に土壌の調査は終わっている。土に栄養を与え、開墾するのだ!」

「よし、やるぞ!」「シャルニーア様のために!」「我等が女神のために!」



 そして彼らは元気よく仕事に取り掛かっていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「彼女が人を扇動させる話術が得意な事、わかりましたか?」

「ええ、とてもよく理解しました」


 村人たちとの会合も終わり、俺は即効アイシャに連行されて、引き続き魔術講習を受けていた。

 芋、食っておいてよかったぜ。


「あの調子なら今年中には村の開墾も全て終わり、来年から様々な食材も収穫できるようになるでしょう」

「それは楽しみです」


 採れたてのトマトとかうまそうだよな。

 芋もいいけど、さすがに毎日芋じゃそろそろ飽きてきたし。

 でも芋といえば、焼いて食べるだけじゃないよな。

 タルトやパイのお菓子の材料にもなるし、蒸かして潰せばサラダにもなるし、揚げればポテトチップのようなものになるし、スープだって出来るはずである。

 これはちょっと考える必要があるだろう。


「アイシャは料理が出来ますか?」

「料理ですか? 魔術にそのようなものは必要ございません」


 つまりアイシャは料理が出来ないと。

 魔術一筋の人生って奴か。

 ふっ、これについては俺のほうが上手いだろう。

 伊達に長年独身生活を送っているわけではない。

 酒のつまみなら、いくらでも作れる。


「お芋も焼いて食べるだけではなく、色々な料理の材料になります。焼き芋ばかりですとさすがに飽きてきますし、様々なレシピを開発すればもっと楽しくおいしく頂けるのではないですか?」

「確かにシャルニーア様のおっしゃるとおりですね。この件については、レイラにでも相談しましょうか」


 レイラは、うちの料理長担当である。

 アイシャと同じ魔術学園にいたものの成績も下の中で、更に平民ということもあり、卒業してからは王都にある有名なレストランの厨房で火をくべる仕事をしていた。

 つまりは、魔力を使って火を起こす仕事である。

 しかし馬鹿にしてはいけない。

 レストランに出てくる料理はどれも非常に繊細で作るのが難しく、火の強弱にとてもこだわるのだ。

 その細かい火力を調整できるほど、魔力の扱いに長けていることになる。

 アイシャはそれに目を付けて、料理長担当として引っ張ってきた。


「では早速レイラを呼んでください」

「却下です。今は魔術講習の途中ですよ? 後にしましょう」

「でも早くしないと、明日の料理に間に合わなくなります」

「夜にでも教えれば、きっとレイラなら朝食に間に合わせますよ。それにシャルニーア様が早くこの付与魔術を覚えてくれれば良いだけの話です」


 くっ、サボる口実が脆くも崩れ去った。


「でも料理のレシピですか、良い着目点ですね。シャルニーア様考案の料理が完成すれば……それを王都で売りに出せば……いえ、それよりも……」


 金儲けの算段を考えているのかよ、こいつ。

 ぶつぶつと長考に入ったアイシャを無視して、黙々と棒に付与魔術を描いていく。

 と、その時俺の描いた付与魔術が少し輝いた。

 おっ、これ上手くかけたんじゃね?


 それをアイシャに見せようとしたとき、彼女が何かを思いついたように俺を見てきた。


「シャルニーア様、少しシレイユさんに頼んで屋敷を建てる人を募集しましょう」

「屋敷……ですか?」

「はい、辺境伯ともあろう方が、ずっと村長さんの家の部屋を間借りするのも、立場的に問題もあるでしょう」


 確かにここに来てから、ずっとこの部屋を借りっぱなしだし、迷惑だとは思うけど。

 突然どうしたんだろうか?

 何か嫌な予感がする。


「ついでに、屋敷の一部をレストラン風にしましょう。そこでシャルニーア様お手製の料理を出せば、観光客も訪れるのではないでしょうか?」

「え? 人に出せるような料理なんて、作れませんけど」


 酒のつまみや袋ラーメンを作るのではない。料理を作る必要があるのだ。

 そんなもの、そうそう簡単に作れるわけがない。


「レイラに教わればいいのですよ」

「そんな簡単に覚えられないよ?! それに魔術講習のほうが重要じゃないのっ?!」

「もちろん魔術講習は重要ですので、その時間は削れません。削るのはシャルニーア様の睡眠時間となります」

「まてやこら! これ以上睡眠時間は削れねーよ!!」


 ただでさえ、その日に教わる魔術を覚えないと寝かせてくれないのだ。

 これ以上睡眠時間が短くなったら、お肌に悪いじゃねーか!!

 ……いや肌は別にいいけど。


「これも村の発展に必要なことです。シャルニーア様が身を削ってこそ村人達も感激するでしょうし、観光客も呼べます。レストランは普段レイラが担当して、夜にシャルニーア様がお作りになったものを、限定として翌日に販売すれば問題ありません」

「レシピ覚えて料理の練習して、更にそれを毎日作れと?! 死ねと言ってんのかお前は!!」

「シャルニーア様が日に日にやつれれば、村人たちも焦ってもっと頑張ってくれるでしょう。まさに一石二鳥ではございませんか。ついでにシャルニーア様のプロマイドも限定販売すれば、もっと売り上げも上がると思われます」

「やーめーろーーーー!! というかプロマイドまだ持ってたのかよ!!」

「では早速シレイユさんに打診をしましょう。あ、シャルニーア様はそのまま付与魔術のお勉強を頑張ってください。あとはこのアイシャに全てお任せを!」

「まかせられねーーーよ!!」


 必死でアイシャを止めようと身体をはるが、華麗に避けられる。


「シャルニーア様は少し興奮されているご様子です。三十分ほどお眠りくださいませ」


 瞬間、アイシャのスリープの魔術が飛んできて、俺は深い眠りについた。

 眠りにつく直前、アイシャの無邪気な、それでいてその裏にある黒い笑顔が脳裏に焼きついた。


 そして三十分後、起きたときには既に全て決定されていたのは言うまでも無い。




 これは十四歳の小娘に翻弄される元三十五歳のおっさんの物語である。





次回、シャルニーア嬢のお料理回!


……にはなりません。あしからずご了承ください。


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