第四話
「シレイユ=エルダンデスと申します、シャルニーア辺境伯」
領地に赴任してから三日目、俺の元専属メイド、今は筆頭メイドのアイシャの元学友であるシレイユと呼ばれる女が挨拶にきた。
彼女はアイシャに継ぐ成績を残し、次席卒業となったほど優秀だそうだ。
真っ赤な髪に同じ赤い目を持つ女性。
大人っぽい雰囲気で、胸元を結構大胆に開けている。
そして語るべきはその胸!
どこかのグラビア飾ってるモデルだろ、ってほどにでかい。
いやこれは圧巻だ。生で拝めるのはありがたい。
腹黒メイドは、凹凸少ないし見ててもつまらないしな。
そんな彼女は子爵家の次女であり、十九歳。
十八歳で卒業して一年間、勝ち組と言われる魔術騎士隊に入隊していたのだが、なぜか辺境の、更に小さな村一つしか領地の無いところへやってきたのだ。
……いいのか?
元の世界で例えるなら、外資系か一部上場企業から、人口三百人程度の村にある個人経営の小さな店に転職しにきたようなものだ。
「シレイユですね、初めまして。私はシャルニーア=ハルシフォンです。ようこそおいでくださいました。心から歓迎いたします」
「とんでもございません。王都でも有名なシャルニーア様にお会いできるなんて光栄ですわ。噂通りのお美しさですね」
噂?
俺ってそんな噂になるほど可愛いのか?
そう思って隣に佇んでいるメイド服の女性、アイシャへと視線を移した。
「はい、シャルニーア様のお美しさは王都中に知れ渡っております。プロマイドも一番人気で常に品薄状態ですよ」
「……プロマイド?」
そんなもん売ってるのかよ?!
それ以前に俺、写真とか撮られた記憶ないんだが、どこで撮られたんだ?!
「まあ、全て盗撮ですが。超遠視の魔術と視界の映像を紙に焼きつける魔術ですね。特にシャルニーア様は朝早く窓から庭を眺める事が多いので、その姿のプロマイドが一番多く出回っております。儚げに窓から庭を眺める姿は、世の男性どころか女性すら魅了すると噂があります」
「初めて知りましたよ……」
「シャルニーア様は町に出る機会は殆どありませんでしたから、仕方ないと思います。ちなみに、これがサンプルになります」
そういって、三枚ほどプロマイドのようなものを渡してくる。
何気なくそれを見ると、窓から眺めている写真、昼飯を庭で食っている時の写真、そして最後は顔のどアップだった。
……この世界に肖像権なんてないのか?
それにしても、最後の顔のどアップってどこで撮られたんだ?
うっすら化粧してるし、これって先月あったパーティ会場の時か?
まあいい、この村なら王都から遠いし、これからは撮られる心配はない。
というか、俺十歳なんだが世の男性はみんなロリコンなのかよっ?!
こんな恥ずかしい姿が王都中に広がっているのか?!
「ちなみに私のプロマイドも出回っております。シレイユさんのもありますね」
「あたしのは、アイシャやシャルニーア様より売れてないんだけどね」
魔術学園はアイドルの卵の巣窟なのか?!
確かに歴代三位のアイシャのプロマイドは分かる気もする。見た目は結構可愛いし。
このシレイユという女も次席だし、きっと有名なのだろう。容姿も綺麗だしな。
というか色っぽい。ぜひ夜にお相手したいところだが、この身体じゃなぁ。
いや、生前の腹が出ているような身体に戻ったら、見向きもされないだろうけど。
「こほん、ではお話を戻しますが。シレイユは魔術騎士団を辞めて当家にお越しいただいたのですが、本当によろしいのでしょうか? 私にとっては有難いのですが、正直お給金は魔術騎士団に比べると雲泥の差かと思います」
「はい、アイシャと再び雌雄を見える機会は、そうそうありません。正直なところ、あたしも一応は子爵家という貴族ですので、お金は持っておりますから、さほど必要ではありません」
雌雄を見えるって、アイシャとシレイユは、昔に何があったんだ。
主席と次席だし、色々と確執はあったとは思うが。
でも金に不自由はしないって羨ましいな。いや、昔は俺も自分で使えないだけで不自由してなかったけど。
しかし現在、当家の台所事情は赤字なのだ。
一応、いくばくかの金はここへ来るとき国王から貰っているし、父ちゃんからもかなりの額を頂いているが、これは今後村の開発の為に取っておいてある。
「それに、シャルニーア様の事が気に入りましたから」
「はい? 私の何が?」
「その前に、少し話し方を砕けてもよろしいですか? 堅苦しいのは苦手でして」
「もちろんかまいません。私も堅苦しいのは苦手ですので」
「え? 本当に? あははははは、やっぱりシャルニーア様はいいなぁ」
いきなりこのねーちゃん、手を打って笑い始めたよ。
なんだこいつは?
何かおかしいこと言ったか?
「シレイユさん、最低限は守ってください」
「わかってるよ、様は最低つけるから」
「それならばいいのですが。正直あなたは砕けすぎる事が多いので、心配なのですよ」
「シャルニーア様も堅苦しいのは苦手って言っているし、いいじゃないか」
「はぁ……まあいいですけど、外では気をつけてください」
「それは分かっているさ」
そしてシレイユが赤い鋭い目で俺を見て、更に不遜とも言うべき顔へと代わった。
おっ、こいつもアイシャと同じ腹黒か?
いや、腹黒というより、黒い部分を隠さずそのまま外に出している。
なるほど、アイシャが砕けすぎる事が多い、と言うのも分かる。
貴族出身にも関わらず、辺境伯という格上の相手に対してその顔はまずいだろう。
俺としては全然問題ないんだけどな。
「まずその服装。かなり質素ですよね」
今、俺が着ているのはアイシャ特製のジャージである。
ひらひらした服や、派手なドレスなどより遥かに機能性がいい。
第一、スカートなんて穿きたくないから、ズボンというのが非常に有難い。
「質素ですか? 私としてはとても着易いので愛用しているのですが」
「愛用? あはははは。正直シャルニーア様は公爵家の次女だから、最初はでっかい宝石とかギンギラに光るドレスとかたくさん持っているんだろう、と思ってたんだ」
そんなもの欲しくないし。
ジャージ最高じゃないか。
これとあとは酒さえあれば、もう言う事無いよな!
「でもシャルニーア様の今の格好、とても元公爵家の着る服じゃないよ。だからこそ、あたしはシャルニーア様が気に入った」
「そ、そうなのですか? ありがとうございます?」
「あたし、かなりシャルニーア様に無礼を働いているんだけどね。まさか、ありがとうございます、と言われるとは思っていなかったよ。シャルニーア様って随分と変わった方だね」
「私はこれが普通ですよ」
くすくすと今だ笑い続けるシレイユ。
隣にいるアイシャは珍しく憮然としている。
確かにこの女は砕けすぎだな。別にいいけど。
「で、だ。あたしの仕事は、この村の開発と発展だろ?」
「ええ、シレイユさんなら、楽に出来ると思っております」
シレイユがアイシャへと顔を向けると、アイシャが軽く頷く。
それを確認したシレイユが再び俺を見てくる。
「この村の発展には、シャルニーア様ご自身が変わる必要がある。それが無理というのであれば、あたしには残念ながら手段が無くなるけど、いいですか?」
「私はどのように変わればいいのですか?」
「まず一つ質問だ。この村には金がない、村人も全員貧乏だ。その日の食い物すらやばいくらいにな。そんな中にキンキラのドレス来た貴族がふんぞり返って高そうな飯をたくさん食ってたら、村人は何て思うかわかるかい?」
「私が逆の立場だとすれば、殴りたくなりますね」
「あっはははははは。殴りたくなるって、最高の答えだね! あたしもそう思うね。だからこそ、今のシャルニーア様の服装は良いんだよ」
ああ、やっと彼女の言いたいことが分かった。
派手な服じゃなく、ジャージのような質素な姿だから、村人たちから少しは好意的な目線で見られるということか。
「次に二つ目の質問だ。この村を発展させるのに必要なものは?」
「人材とお金です」
きっぱりと俺は答えた。これは必ず必要になるはずだ。
シミュレーションゲームならな。
現実はどうなのかはわからんが、そう的外れな回答ではないはず。
俺の答えを聞いたシレイユは大きく頷く。
「それもある。しかし肝心なのは、村人たちの士気さ。彼らが頑張らないと絶対発展なんてできない。無理やりやらせる事も出来るが、自ら立ち上がって率先してやるほうが、絶対効率がいい。そのために、シャルニーア様は村人たちと同じ目線で見てもらいたい」
「もう少し詳しく言ってくれませんか?」
「村人たちと同じような家で寝て暮らし、そして同じものを食べる。着るものはそのジャージで問題ないが、人形などのおもちゃは厳禁だ。つまり贅沢しないようにお願いしたい。トップであるシャルニーア様が村人と同じ目線で生活すれば、彼らも頑張ってくれるとあたしは思うね」
六畳一間のアパートと、今俺が間借りしている村長さんの家。
寝るだけなら大差はない。悲しいけど。
そしてこの三日間、村から提供された食べ物を食べていたけど、意外とおいしい。
芋がメインで、他は野菜が少量ある程度だが、今の俺の身体だとその量で十分だ。
確かに王都にいた時食べてたものに比べれば、格段に質は落ちる。
しかし俺は元々ヒラ社員。少ない給料を駆使して、食費を削って酒を買ってた。
威張ることではないが、もやし生活でも耐えられる。
三食もやしと米生活に比べれば、芋や野菜が出るのは十分すぎる。
「かまいません。人形は欲しいとは思いませんし、食事も十分すぎるほど頂いております。ちゃんと屋根のある部屋で寝ることもできますし。それに第一私だけ贅沢する生活より、みなで贅沢できる生活にしたほうがより楽しいですよね?」
「………………」
というよりも、俺一人だけ贅沢なんてそんな事出来るわけが無い。
小心者だし、冷たい視線に耐えられない。
あっけに取られてたシレイユは、たっぷり数秒沈黙した後に驚きの表情へと変わった。
「はぁ……驚いた。自分一人贅沢するより、みなで贅沢するか。想定外の答えだな。まさかアイシャが何か知恵を貸したのか?」
「私はこの件については何も言っておりません。それはあなたの仕事ですから」
一呼吸置いたあと「それにシャルニーア様は、とても変わった方ですから」と呟いた。
「アイシャ、そこまで私を変わった人扱いしますか? 酷いですよ」
「いやあたしもアイシャと同じ意見だね。本当にシャルニーア様って公爵家の次女かい?」
「今はハルシフォン辺境伯の当主です」
「いやそうじゃなくって。ああ、まあいいや。うん、あたしの想像以上の回答を頂いた。これから先はあたしに任せてくれ。二年で人並みに、五年で贅沢させてやろう」
「楽しみに待っています。シレイユ、宜しくお願いします」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さて、彼女はいかがでしたか?」
シレイユが早速村人たちのところへ行ったあと、アイシャは俺に尋ねてきた。
「能力的には問題ないのですよね?」
「ええ、彼女はとても優秀です。特に人を扇動させ、その気にさせる話術は私よりも遥かに上ですね」
「言い方がアレなんですけど……能力的に問題が無ければ十分です」
「シレイユさんの下に十人程度つけてあげれば、十分な成果を出してくれるでしょう」
「はい、ではその通りにお願いします」
一息つくと、途端にどっと疲れが押し寄せてきた。
やっぱり初対面の人と話すと緊張するなぁ。
床でごろ寝しようとすると、アイシャが俺をひっぱって立たせてきた。
「ではそろそろ魔術講習を行いましょう」
「本気で? かなり疲れましたけど」
「今日は付与魔術の基礎からやりますね」
そんな俺の言葉を完全無視したアイシャは、懐から魔術本を出してきた。
と、その時、はらりと数枚のプロマイドが落ちた。
「あら」
「……それは?」
アイシャが拾おうとする直前に素早く奪い取って、見てみる。
それには、ジャージ姿の俺が映っていた。
しかも、どうみてもつい先ほど撮られたような感じである。
更に他のを見てみると、俺が芋を食ってるときの写真もあった。
ちなみに俺は、王都で芋は食ったことはない。
「……アイシャ、これは?」
俺が問いただすと、アイシャが明後日の方向を向いた。
「シャルニーア様、魔術は非常にお金がかかります」
「…………」
「…………」
「お前が盗撮犯かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
必死でアイシャからプロマイドを全部奪おうとするが、ひょいひょいと避ける。
「シャルニーア様、写真などいくら撮られようが痛くも痒くもありませんよ」
「心の何かがごっそり削られるわ! っていうか恥ずかしいからやめろや!」
「シャルニーア様がシレイユさんの胸を凝視している写真もありますよ?」
「やーめーてーーーーーー!」
「涎が出掛かっていましたよ? そんなに彼女の胸が羨ましいのですか?」
「もうやめてぇぇぇぇぇぇぇ!! 心が削れるぅぅぅぅ!!」
これは十四歳の小娘に翻弄される元三十五歳のおっさんの物語である。
ちょっとネタに苦しみました。
オチが、無理やり感ありまくりですね。
申し訳ないです。