短編二 出会い二
前回の続きです
「ここが王城ですか」
私は王城の大きな門の前で、衛兵様に紹介状を見せていました。
中には手紙が一枚入っているのみだけですが、それを封してある封筒はものすごく豪華です。
どちらが本体か分からないくらい。
「レクトノリア子爵の子で、王立魔術学園在籍のアイシャ=レクトノリア殿ですか。紹介人は……こ、国王様?!」
それにしても、相当慌てているようですね。さすがに国王様自らの紹介状なんて、滅多にありませんし。
ちょっと優越感を感じます。
私もまだまだ子供ですね。
私は今年王立魔術学園に入ったばかりの新入生です。
ただし推薦で。
私の家、レクトノリア子爵家と仲の良いエルダンデス子爵家には、養子のシレイユさんという方がいらっしゃいます。
年が近いから、と言う理由でお父様にお友達になれと頼まれたのですが、あの人は四歳も年上なのですよね。
お友達、と言うより頼れるお姉さん、という感じです。
小さい頃からシレイユさんとは仲良くしているのですけど、とある日シレイユさんが使っている魔術に興味を覚えまして、それで教わっていたらいつの間にか私にも魔術の才能がある、と言われまして。
私も魔術が面白くて夢中になって色々と覚えて使っていたら、いつの間にか魔術詠唱に色々と改良点があることに気がつきました。
私は普通の人の半分しか魔力がありませんから、普通に魔術を使うとすぐ魔力切れを起こしてしまいます。
その為にもっとたくさん魔術を使えるよう色々と工夫をしていると、いつの間にかいくつも従来より大幅に魔力量を減らした魔術詠唱を開発していました。
これに気がついたシレイユさん、いくつもの伝を使って私を魔術学園に推薦という形で入学させて頂きました。
その時に聞いたのですが実はシレイユさん、国王様の子でした。
ただお母上が市井の人で単なる妾らしく認知されず、でも愛情はあったのかエルダンデス子爵家に預かられたそうです。最初打ち明けられた時、非常に驚きました。まさかあの奔放で豪快なシレイユさんがお姫様なんて。
でも何だか素敵ですよね。
子爵家とはいえ国内最高峰の王立ファンドル魔術学園にはそう簡単に入ることはできません。
しかもシレイユさんの伝、と言う事は国王様や公爵家の方々と言う事になります。
だからこうして王城に研究成果をご説明する義務が生じてしまいました。
今日が初、と言う事もあり、少々緊張してしまいます。
本来なら付き添いでシレイユさんなり、或いはお父様、エルダンデス子爵様がいらっしゃるはずなのですけど、なぜか私一人で行って来いと言われました。
十歳の子供にやらせるようなものじゃないですよね。
「紋章も印も間違いない、通ってください。エーリス! レクトノリア子爵の子をお連れしろ! 場所は宰相様のお部屋だ」
「はっ! わかりました!」
衛兵様に敬礼され、私は門をくぐりました。
続いて二十前後のまだお若い衛兵様が、私の前に立ち敬礼してきました。
「エーリス=イクレイヤと申します! これよりアイシャ=レクトノリア殿を宰相様のお部屋までお連れ致します」
「お願い致します」
一礼して颯爽と私の前を歩き始めました。
きびきびしていますね。さすが王城に勤めている方です。
しかもちゃんと子供の足である私の歩幅に合わせてくれています。
案内係としてはベテランなのでしょう。
さて、私は彼の後ろを歩きながら周りをきょろきょろと見渡しました。
石で出来た大きな通路、その脇には何本もの太い柱が並んで立っています。
更に壁の高い位置に所々穴の開いた場所もあります。緊急時にはそこから攻撃するのでしょう。
最も王城のこんな場所まで攻め込まれたら負け戦でしょうけど、足止めの役割を担っているのでしょうね。
私は目に埋め込んだ魔方陣を発動させました。
昔、つい好奇心で考えたものなのですが、これを通して見ると他人の保持魔力が分かるものです。
具体的にはその人の魔力が色をなして身体を覆っているのが見え、そして魔力量が多いものほど覆う色がより濃く、強く見えます。
これを使って私は他人の魔力量を測るのが、一つの趣味になっています。
これで人にはそれぞれ色々な個性があるように、魔力にもあるとわかるようになりました。
例えば目の前を歩いているエーリスさん。
彼は少し暗い黄色で平均より若干多い魔力を持っているようですね。
これは防御側に寄った魔術を得意としています。
案内役という仕事上、やはり防御方面に強いほうが有利なのでしょう。
途中すれ違った衛兵様の一団、多分城内の巡回組だと思いますが、彼らも半分以上が暗い黄色で、残りが明るい水色や赤色をしていました。
防御中心、そして一部回復や攻撃役なのでしょう。
出会う人、殆どの人は魔力量が平均より多い。さすが城内でお仕事をしている方々ですね。
数分も歩いた頃、両脇に通路が現れました。
そこを右へ曲がり、そしてその奥にあった階段を登っていきます。
螺旋式の階段で、見上げると意外と高さがあります。
やはりここも頭上から狙えるような造りになっていますね。
その階段でも王城で働く方々とすれ違いました。
しかし、こと魔力量に関してはシレイユさんが一番のようです。
彼女は驚くべきことに凡そ平均の五倍くらい強く赤い濃い色が全身を覆っていました。しかも模擬戦ではそれに慢心する事無く様々な仕掛けを小出しして戦況を作り上げ、そしてここぞという時、あの大量の魔力を使い一気に攻めてきます。
国内最高峰の魔術学園に入学してから様々な人の模擬戦などを見てきましたが、シレイユさんほど強い方はいらっしゃいませんでした。
非凡、どころか魔術戦ならこの大陸でも五本の指に入るんじゃないでしょうか。
逆に言えば、だからこそ市井の娘なのにも関わらずエルダンデス子爵へ預けられたのでしょう。
凄い人ですよね。私もあのような方になれるでしょうか?
いえいえ、そんな凄い人から推薦を頂いたのですから頑張らねば!
「ここが宰相様のお部屋です。少々お待ちください」
色々と考え事をしていると、いつの間にかライラック公爵閣下のお部屋の前についていました。
さすが宰相様のお部屋ですね、立派な造りです。
その重厚な扉をノックした案内役の衛兵様。
「失礼します、第二城内警備兵内門所属案内係のエーリス=イクレイヤです! レクトノリア子爵家のアイシャ=レクトノリア殿をお連れ致しました!」
「そうか、入れ」
「はっ! 失礼致します!」
中に入ったとき、一人の威圧感を持つ男性が立派な椅子に座っておりました。きっとこの人がライラック公爵閣下でしょう。
私の瞳には、彼の身体から浮かび上がる灰色の魔力がかなり強く映っています。
灰色とは珍しいですね。
調査、探知を主にやっているせいでしょう。
「よし、お前は下がれ。アイシャ=レクトノリアはそこの椅子に座ってくれ」
「はっ! 失礼致しました!」
そして案内役の方が部屋を出て行った後、私は勧められた椅子に座ろうとして……。
「お客様ですね、私は外に出ていましょうか?」
小さな、まだ幼い割りにしっかりとした声が耳に入ってきました。
ふと声の聞こえてきた方向を見ると、椅子から立ち上がった公爵閣下の横に、とても小さな可愛らしい、五歳くらいの女の子が居るのに気がつきました。
「ふむそうだな、シャルにはまだ難しいだろうし。あまり遠くへはいかないようにな」
「はい、お父様。では失礼しますね」
その、シャルと呼ばれた女の子を目にした私は、絶句してしまいました。
黒い長い髪に、愛らしい姿。将来この王都でも評判になると予想される顔立ちです。
しかし私が驚いたのはそんな外見ではありません。
魔力が透き通った色。
ほんの僅か、彼女の中心に薄っすらと白いものがあり、それがこの部屋全体を覆い尽くしていました。
いえ、部屋どころか外にまであふれ出しているんじゃないでしょうか?
透明だった為か、部屋に入ったとき気がつきませんでしたが、これほど巨大な魔力量は見た事がありません。
しかもほぼ透明。
何色にも染まっていないなんて……。
普通、生まれた時の才能により魔力の色が変わります。
もちろん、本人の努力次第で色も変化していきますが、これほど透明なものは今まで見た事がありません。
まるで魔術という概念のない、異なる世界から来たような。
そしてこのとてつもない魔力量。
人間の持てる魔力ではありません。
「ではお姉さん、失礼しますね」
「……あ、はい」
その女の子は私に微笑みをかけたあと、部屋から出て行きました。
しかし彼女の持つ魔力は今だこの部屋中を覆っています。
「失礼した、アイシャ」
公爵閣下が私の正面に座り、手で私も座れとジェスチャーしてきました。
しかし先ほどの驚愕から立ち直っていない私は、つい上ずった声で尋ねていました。
「……公爵閣下、先ほどの方は?」
「ああ、あれは私の娘でな。次女のシャルニーアという」
「シャルニーア……様……ですか」
何とか私は勧められた椅子に座って、持ってきた資料を公爵閣下へ渡しました。
しかし初めての報告だというのに、あの衝撃から完全に抜けきれず内容について散々な結果となりました。
行きと同じ人に案内されながら私は宰相室を後にしました。
公爵閣下には「その年齢で私の前に一人で来て、そしてちゃんと報告できた、という事自体が素晴らしい」とお褒めいただけたのですが……。
次回からはこんなみっともない姿を見せる訳にはいきませんね。
しかし、シャルニーア様……ですか。
きっとあの方は賢者シャローニクス以上に、歴史に名を残すような魔術師になるでしょう。
それに……あの方ほどの魔力を持ってすれば、もっとこの国も豊かになるのではないでしょうか?
例えば、この街の西側にいるスラムの人たちとかを。
いつかそれに携われたら良いですね。
まずは魔術学園を良い成績で卒業する事に専念しましょう。
頑張ります!




