短編二 出会い
前から書きたかったものです。
アイシャとの出会いです。
カチ……カチ……。
時を刻む音が我が家のどでかい時計から聞こえてくる。
玄関というべきか、ホールというべきか、そこに家族一同総出(父ちゃんだけいないが)で並んでいた。
もちろん主要な家令、メイドたちもそろっている。
時計の下には兄であるテルフィン、そしてそのそばには正妻のカーラさんが煌びやかな服を着て立っていた。
俺の右には姉に当たるエイリル、そして更にその隣に実母のヘルメンデさん、そして俺の背後には専属メイドのアイシャだ。
エイリルの後ろにも姉の専属メイドがいるし、母ちゃんの後ろにもいる。
そして更に俺らの後ろには、筆頭家令、筆頭メイドの二人が並んで立っていた。
(シャルニーア様、そろそろですね)
その中、後ろにいたアイシャが念話を使ってきた。
念話は事前にパスを繋げておけば、すぐに発動する優れものである。ただしその分距離は短くせいぜい百メートルと言ったところだ。
(そうですね)
そろそろ、というのは時計の針が0時を指そうとしているからである。
今日は十二月三十一日の午後二十三時五十八分。あと二分足らずで年が明けるのだ。
この世界では年が明けるときは緊急でもない限り、家族一同そろって新年を迎えるのが一般的だ。
このため、家で雇っている殆どの者は帰省中である。
ただし筆頭家令、筆頭メイド、専属メイドは別で、当家の家族として扱われている。
そしてうちの父ちゃんは公爵家当主であり本来ならばここにいるはずだが、国の宰相という立場であり、忙しいのか毎年殆ど家に居た試しはない。
そのため、父ちゃんの代わりにテルフィンが代理を務める。といってもまだ十一歳の子供であり、正妻のほうである義母ちゃんがサポートする。
しかしこういうとき、女で更に末っ子というのは楽だ。何もしなくていいからな。
怠惰万歳。
かちかちと秒針の動く音が静かなホールに木霊する。
時計と言う技術はこの世界で珍しい。もちろん時計自体も滅多に売っていない。
しかしここは大陸一の強国ファンドル王国の王都だ。大陸中のみならず、別大陸から訪れた人も住んでいる街である。
時計職人も少ないながらいるのだ。
そして前の世界だと動力は電池、或いはゼンマイで動かしてたけど、こちらでは魔力だ。時計に周囲の魔力を取り込む付与魔術がかけられている。
最も、たかが時計を動かす程度の魔力なら殆ど減ることはない。
余談だが時計の秒針を動かすタイミングは振り子によって定められている。
アナログであるゼンマイだと精々一秒間に十回程度。しかし電池だと音叉を振り子の代わりにして動いているため、秒間数万回は動いている。
そしてこの振り子の回数によって時計のずれる度合いが異なる。
遅ければ遅いほど時間はずれる。
アナログだと一日数十秒、酷いと五分や十分もずれるが、電池だとそれが一ヶ月に数秒程度の精度になる。
ちなみに電池時計を開発したのは日本のセイ○ーだったりする。
全く持って日本は技術大国だね。
それはさておき……。
我が家にある、このどでかい時計。
魔力が動力だが意外と精度が高く、殆どずれない。まさに時計としては完璧なのだが、一点非常に残念なことがある。
こういった時計は鳩時計と昔から相場が決まっているのだ!
それがこの時計には備わっていない。これが非常に残念である!
まあ鳩の代わりにドラゴンが飛び出るんだけどさ。
がおー、がおー、と音がなり、ちゃんと火まで吹く優れものである。
……まれに火災が起こるのは欠点だが。
とか考えているうちに、時間となった。
時計のてっぺんにある洞窟のようなところから、真っ赤なドラゴンの模型が飛び出てきた。
がおー(叫んだ音)、ぼー(火を吹いた音) × 十二回。
時計の音が鳴り終わったあと、テルフィンが一歩前に出た。
「みなさん、新しい年を迎えました」
手を後ろに組んで腹から声を出している。まだ十二歳だと言うのに、堂々たるものである。さすが王位継承権第一位。
そういえばテルフィンが国王になったとき、うちには後を継ぐ者が居ない。
うちは三人兄妹で、他の公爵家からすればかなり少ない。多いところだと十人以上いるのだ。
以前俺のデビルイヤーが父ちゃんと義母のカーラさん、実母のヘルメンデさんの三人が会話しているのを捉えた事がある。
内容はカーラさんもヘルメンデさんも年齢的に子供を産むのはきつい事から、新しい嫁を迎えてもう数人子供を作ろうか、なんて話題だったな。
さすが公爵家当主、とは思ったがそんな簡単に嫁さん貰えるなんて、爆発しやがれ!
後継者が居ないままだと、エイリルの旦那がこの家の跡継ぎになるんだけど。
問題はエイリル……別名厄災エイリルが婿を貰えるかどうか。
ルックスは非常に良い。アイシャが言うには王都で美少女ナンバーワンらしい。
ちなみにナンバーツーが俺らしい。
どこの調査だよ、リサーチ系の会社でもあるのか?
しかし、エイリルはとある稀少な能力の持ち主で、且つ性格が非常に残念なことから、結婚するのは無理だろう、と両親たちも諦めている。
父ちゃんの新しい嫁候補はエレフィンダル侯爵家の三女辺りが良いだろう、と話は纏まったけど、確か三女ってまだ十代前半くらいだったような。
でもヘルメンデさんがエイリルを生んだのは十四の時だからこっちの世界じゃ当たり前なんだろう。
ロリコン歓喜だな。
一年もすれば俺に義弟や義妹が出来そうだ。
「ファンドル王国が建国されてから四百八年、特にここ五十年以上戦争も無くまさに平和な時代となっております。しかしそれに胡坐をかいていてはいけません。常日頃から自分を研鑽し、そして万一王国に不穏な状況があった場合、フォン=ファンドル公爵家の一員として恥ずかしくない行いを致しましょう」
国の為よりも国民の為、じゃねーのかな。
税金で食っている貴族の立場は、いわば国家公務員。
確かに初代ファンドル王なら国を作った当人だし偉いのはわかるけど、その子供、子孫まで偉いってのはなぁ。
一族経営の極みって奴だね。
「さて当家の今年の目標ですが、まず領地の税金が少々落ち込んでおります。これは昨年気温が例年に比べ低く、作物の出来がよろしく無かった為です。今年も引き続き冷え込んだ場合、要所要所に気温操作の符を埋め込む予定です。その際、アイシャさんにはお手伝いお願い致します。またシャルもそれに同行し、サポートお願いします」
「はい、わかりましたテルフィン様」
「え? あ、はい。分かりましたテルお兄様」
テルフィンは我が家の領地運営が任されている。将来国王となった時の為の練習って感じだ。もちろん実質的な運用は領地に住んでいる父ちゃんの弟がやっているけど、そこで色々と学んでいるらしい。
おそらく叔父から色々と頼まれたんだろうな。
「また昨今魔物共の動きが活発になってきております。街を出る場合、くれぐれも気をつけてください」
ふっ、つい先日アイシャに戦乱の闇の森へ連れられ、大量に魔物を狩ったところだ。
全くあの時は死ぬかと思ったよ。
あれを経験すれば、ゴブリンやオークなんぞ温いわ。
高位の魔物だとわからんけど。
「そういえば、戦乱の闇の森に居たエイブラ皇帝の亡霊が討伐されたと報告がありました。誰が倒したかまでは不明との事ですが、これにより森の開発も少しはスムーズに進むかと思われます」
それ俺! いや、俺とアイシャ!
って言うか、誰にも言ってなかったのかよ!
(シャルニーア様。こっそり悪を討伐して愉悦に浸るのが英雄ですよ)
そんな俺の心を読んだのか、念話が飛んできた。
(言い方がアレですね……。王家の一人である私はともかく、アイシャなら報告すれば金一封、もしかすると爵位も夢ではないと思うのですけど)
王家には様々な義務が生じる。
エイブラ皇帝の討伐もそのうちの一つである。だから倒して当たり前。せいぜい国王に褒められて勲章が貰えるくらいだ。
そしてその後、黙って外に出るなんてどういうこっちゃ! という、父ちゃんの折檻が待っている。
もし俺が公爵家じゃない他の貴族の次男や三男なら爵位も貰える可能性があっただろうけどね。
割に合わない。
でもアイシャなら、もしかすると爵位をくれる可能性も無きにしもあらず。女が当主というのも過去に例はいくつかある。
(私はシャルニーア様についていくと決めておりますから)
(もったいないですよ。この際だから聞きますけど、どうして私などにそこまで拘るのですか? アイシャならこんな場所でなく、もっと国の中枢で働けると思いますが)
(私にとってシャルニーア様が全てでございます。それ以上も以下もありません)
そこで一旦区切ったアイシャ。
(シャルニーア様は覚えていらっしゃらないでしょうけど、五年ほど昔、王城でお会いした事があります)
(えっ? ホントに?)
五年前。確かにあの頃は名前と顔を売るという名目で、しょっちゅう父ちゃんと一緒に王城へ顔を出しに行ってた。
どこかで会っていたとしても不思議じゃないけど、さっぱり覚えてないや。
だって……ねぇ……。
一回行く度に十人くらいの貴族と顔合わせしていたし。
取りあえず同じ公爵家の人は頑張って覚えたけど、それ以外は国の重要な地位についている人くらいしか覚え切れなかった。
(はい。と言っても偶然すれ違っただけでしたが)
何だよ、すれ違っただけかよ。
まあアイシャは子爵家、言っちゃ何だけど公爵家がわざわざ顔を出しに行くほどの地位ではない。
(その時のシャルニーア様は……いえ、何でもありません)
(何ですか? 気になりますよ)
(いえ、これは乙女の秘密でございます)
(私は乙女ではないと?!)
(非常に残念ながら……)
すまん、それには同意する。確かに俺は乙女じゃないな。
「これにて本年の挨拶と代えさせていただきます。また今年も当家を盛り上げてきましょう!」
そんな事を言い合っているうちに、いつの間にかテルフィンの挨拶が終わっていた。
さて、んじゃそろそろ寝ますか。
「アイシャ、では私は部屋に戻りますね」
「はい、おやすみなさいませシャルニーア様」
俺はホールから二階への階段を一歩上がった所で、ふとアイシャの方を見た。
なぜか彼女は何時にもない優しげな瞳をして、俺を見ていた。
続きはまた今度!




