短編一 雪?
まだ王都にいる頃になります。
第二話前後です
「くるす……ます?」
晴れた昼下がり。
庭に出て昼食を取り終わり、アイシャとティータイムを楽しんでいた時の事。
つい、そろそろクリスマスの時期ですね、とぽろっと言ってしまったのだ。
この王都は年中気温が暖かく、冬でも二十度はある。
もちろん雪など降るわけも無く、季節感が全く無かったからか、生前のクリスマスを思い出していたのだ。
「いえ、クリスマス、ですよ」
「それは何でしょうか?」
「はるか昔にキリストという偉人がいまして、彼の生誕日を祝うための日なのです」
今日は歳瀬も迫った十二月二十日。
この世界、新年を祝う祭りはあるが当然クリスマスなんてものはない。
そもそもキリスト君が居ないしね。
イブといえば、会社から帰る途中コンビニで小さなケーキとチキファミを、そして酒屋で数本の安物ワインを買って、独りで楽しんでいたっけ。
そしていつの間にかワインが日本酒やウィスキーに変わっているんだよな。
翌日、棚に保管していた酒が一切無くなっているのに気がついて、ちょっぴり切ない気持ちになったもんだ。
懐かしいなぁ。
……そこ、寂しすぎる生活と言わないように!
「生誕日ですか。まるで国王際のようですね」
「そうですね、街中が彩り飾られ、たくさんの人が一晩中楽しみます。聖なる夜、聖夜と呼ぶこともありますし、雪が降ればホワイトクリスマスなんて言われますね」
「雪……ですか」
ああ、アイシャも王都生まれだっけ。ここじゃ雪なんて降らないから、見たこと無いんだろうな。
「はい、明かりに照らされた雪が煌いてとても綺麗ですよ」
それを窓から眺めながら一杯飲むのも乙なものである。
俺が借りていた部屋は駅からかなり近く、その分ネオンも眩しいくらいだったし人通りも多かった。
「それを恋人たちは二人っきりで眺めながら過ごすこともありますね」
「……」
「私はそれを憎々しげに眺めるのが毎年の恒例でしたよ」
「……あ、あの」
「全く、こっちは一人で酒を飲んでいるのにあいつらときたら」
「シャ、シャルニーア様?」
「どうせあのあとホテル直行ルートなんだろ? くそっくそっ」
「…………」
「普段は駅近だから便利なんだが、あの日ほど部屋から引越したいと思ったことは無かったぜ!」
「シャルニーア様が壊れました」
はっ?!
いかん、つい本音が駄々漏れしてしまった。何かを憐れむような目が痛いよ。
と、とりあえず話しを変えなきゃ。
「と、ところでアイシャ」
「あの……近寄らないでください。移ると大変な事になりそうなので」
「病気じゃねーよ!」
「私の学友に高名な医者の弟子になった人がいますが、よろしければ一度彼に頼んで診てもらいましょうか?」
「いらんわっ!!」
「そんなに息を切らせて……シャルニーア様は私が何としてでも治して見せます。苦しいでしょうが、あと少しの辛抱ですよ」
「重病人扱いするんじゃねーよ!!!」
「シャルニーア様。お茶を一杯いかがでしょうか? 落ち着きますよ?」
こ、このメイドはっ。
流れるように突っ込み入れてきやがって。
「ふぅ……何か疲れました」
「でしょうね」
「は?」
こ、このメイドはっ。
いつか泣かせてやる!
「それにしても、キリストですか? 過分にして聞いた事がありません」
突然話題を変えてきやがったな。
まあ生前の世界の人だし、逆に知ってたら怖い。
「キリストの生誕祭であるクリスマスは、私の生まれた地方に古くから伝わる慣習ですよ」
「シャルニーア様は王都生まれだと記憶しておりますが」
「わ、私のお母様の……」
「ヘルメンデ様も王都生まれですが」
ちなみにヘルメンデは俺の母ちゃんの名前で、そして現国王の妹だ。父ちゃんは国王の妹を二人も娶っているリア充なんだよな。
それより何でアイシャはこんなに我が家の事詳しいんだよっ!
「まあ細かい事は良いじゃないですか」
「いえ、細かくはありません。キリストという人物は聞いた事がないのですよ。この私に知らない人物がいるなんて許されざる問題です」
「私、気になります!」
「…………」
そんな目を輝かせながらどこぞのチタンださんみたいなセリフ言うなよ。
しかしアイシャって意外と知識欲旺盛なんだ。さすが魔術学園主席卒業。
しかし……うーん、どうやってごまかそうか。
「……という夢を昨夜見ました」
「……シャルニーア様」
「はい?」
「午後の授業は倍に致します」
「ちょっ?!」
「それは良いとして、雪ですか」
「良くないよっ!」
俺のツッコミを軽くスルーしたアイシャは、懐から符を取り出して軽く指を這わせた。
その細い指に沿って符に複雑な魔術が籠められていく。
俺もアイシャに魔術を教えてもらったから分かるが、アイシャがやっているアレ、傍から見ると簡単そうに見えるけど非常に高難易度である。
あんな短時間で一気に描くことなど常人には無理だ。
そうして三分ほど経ったころ、アイシャが符を渡してきた。
「……これは?」
「天候付与魔術です。ただし、莫大な魔力が必要ですが、シャルニーア様であれば可能かと」
「天候?! そんな事出来るのですか」
「このアイシャ、これでも王都一の付与魔術師と自負しております」
大気を操るには非常に複雑で高度な魔術が必要なはず。周囲の気圧を変化させてやらなきゃいけないし。それをこんな薄っぺらい符一つで出来るなんて。
しかも即席カップめんが出来るレベルの時間で、だよ。
ほんと、何でこいつ俺の専属メイドなんてやってるんだか。
絶対就職先を間違えたよな。
「さあシャルニーア様。思い切ってたくさんの魔力を注いでください」
「わかりました」
手に持った符を空へ掲げ、そして全力を持って魔力を籠めていく。
目に見えるほどの濃厚な魔力が身体中から手に、そして符へと集まっていく。
徐々に淡く光りだし、そして符に描かれた魔方陣が輝きだす。
それをアイシャへと渡した。
「さすがシャルニーア様。よくこれを起動できるほどの魔力を籠められましたね」
「このシャルニーア、これでも王都一の大魔力と自負しておりますから」
「はいはい。では起動しますよ」
「…………」
アイシャがまたもや俺の言葉をスルーして、符を人差し指と中指の間に挟みこみ呪文を詠唱し始めた。
「古き猛る大雪の精霊よ、我が願いを受け入れ天から奇跡をもたらせ」
呪文が歓声すると同時に符から眩いばかりの光りが溢れ出し、それが天へと登っていく。
何が起こるのかワクテカしつつ空を見上げる。だが天候は太陽がさんさんと輝く日本晴れ。何事も起こらない。
五分ほど経過しただろうか、失敗か、と思った時突然太陽が濃厚な雲に遮られた。
「……これは」
そして天から白いものがふわりと俺の頬へと落ちてきた。
冷たい。
もしかしてこれって。
「ふわっ……雪?」
「これが雪ですか。初めて見ました」
アイシャが何か感動したように、天からふわふわと落ちてくる雪を見ていた。
そして何か必死に手で雪を取ろうとしている。
「……冷たい。手に掬うとすぐ溶けてしまいますね。儚い命です」
そう言うが、普段無表情っぽい顔がすごくにやけている。
アイシャもやはり十四歳。まだまだ子供だな。
雪ごときでそれだけ嬉しそうにしているとは。
「シャルニーア様、そんなに走らなくても。子供ですか」
言うなよ! 言わなきゃばれなかったのに!
久々の雪なんだから、楽しんでもいいじゃないか!
こうしてその日の午後、俺とアイシャは雪を楽しんだのだった。
そして三日後。
「あの……いつになったら雪は止むのですか?」
俺は窓から見える銀色の世界を眺めていた。
しかし町中が雪景色ではなく、我が家の周辺のみである。
さすがのアイシャも三分の即席付与魔術では周囲百メートルという局地的な範囲でしか天候を操ることは出来なかったようだ。
いや、それでもすごいけどさ。
まあそれは良いとして、あれから延々と雪が降り続いているのである。
最初ははしゃいでいた家族やメイドたちも、そろそろ嫌気がさしてきたようだ。
初日に作った雪だるま二十個も、既に新しい雪に下半身が埋もれている状態である。
「シャルニーア様が調子に乗って大量の魔力を付与したせいですよ?」
「俺のせいっ?! そもそもアイシャがあんな符を作るからいけないんだよ!」
「連帯責任というお言葉はご存知でしょうか? さ、二人で公爵閣下にご説明しにいきましょう」
「えええぇぇぇぇぇ?!」
これは十四歳の小娘に翻弄される元三十五歳のおっさんの物語である。
「次は雹が見たいですね、シャルニーア様」
「屋根が穴だらけになりそう」




