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第二十話

「アイシャの容態が悪化した……?」


 ハルの街の執務室へテルフィンご一行を案内した時、室内にはシレイユが苛立ちながら立っていた。

 俺が入ってくるのを見ると慌てて俺に近寄り、アイシャの容態を説明してくる。


「ああ、急いで行ってくれ。っと、テルフィン殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます」


 テルフィンに気がついたシレイユが跪く。一応俺も兄妹とは言え、これやらなきゃいけないんだよな。

 その手をテルフィンが取り、そのままシレイユを立ち上げさせた。


「よいシレイユ姫、それよりもアイシャとやらの容態が悪化したとな? 詳しく説明せよ」

「シレイユ……姫??」


 姫っていう事は国王の娘?

 ここがややこしいところだが、国王の子供とはいえ王位継承権によって地位の上下が決まる。

 だから継承権一位のテルフィンが国王に継いで偉い事になる。

 家の中では父ちゃんが一番偉い存在だが、外に出ると父ちゃんはテルフィンに臣下の礼を取る必要があるのだ。

 もしシレイユが姫、つまりは国王の子だとしてもテルフィンに傅く必要がある。


「殿下! それは内密の件でございますれば」

「ああ、そうだったな。悪かった。シャルはアイシャの様子を見に行くが良い」

「シャルニーア様、行ってくれ。あたしは殿下にご説明したあとすぐ追いかける」

「は、はいっ」


 そう二人に言われは仕方ない。姫って言うのが気になるが、今はそれよりアイシャだ。

 俺は飛行の魔術を発動し、つい数時間前に訪れた治療所へ向かって飛んでいった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「アイシャ!」


 叫びながらアイシャの寝ていた病室へ飛び込んだ。

 中を見るとアイシャがベッドに横たわり、その隣には白いロングコートを着た四十くらいの男がアイシャの手を取って何か魔術をかけていた。


「これはシャルニーア様、ご足労頂きありがとうございます」


 俺が入ってきたのに気づいた男が、アイシャから離れた。そのまま一礼をして俺のほうへと歩み寄ってくる。


「そんな事はどうでもいいですから、アイシャはどうなったのですかっ!」

「今は魔術で眠らせております」


 アイシャの方を振り向き、男がそう告げた。


「ただの過労では無かったのですか?」

「いえ、私も気がつきませんでしたが……」

「どうしたのですか?」

「つい一時間ほど前、突然体内で練られておられた魔力が徐々に低下していくのを感じ取りました」


 魔力は体内で練る事により、体中の細胞を活性化させる。

 俺は昔、魔力が多すぎてそれができなかったからわかるが、練らないと本当にだるい。 ただ、練られていた魔力が低下とは何だ?


「それはどういう事ですか?」

「魔力が低下する、と言う事は寿命は尽き掛けている、と言う事になります」

「寿命? アイシャってまだ十七歳ですよ? 何故そんな唐突に?」


 この世界の平均寿命は六十歳だ。十七歳じゃまだまだ程遠い年齢のはず。

 しかしその男はゆっくりと首を振った。


「それは不明です、が、現在アイシャ様は寿命が尽きる直前の症状と全く同じ状態です」

「理由が分からない? ……なんで」


 目を細めてアイシャを見る。今は睡眠の魔術が効いているのか、穏やかに寝ている様子だ。

 しかし生前親父やお袋の死を看取った事があるが、それと似た空気を感じる。

 あのアイシャがなんでこんな急に。


「……あとどのくらい、アイシャは生きていられるのですか?」

「この状態に陥った人がお亡くなりになるまで、おおよそ五日間程度のケースが多いかと」

「五日間……ですか」


 胸が、心がきゅっと締め付けられる。

 両親を看取った時ですら涙は出なかったのに、なぜか視界の隅が歪んだ。慌てて目をぎゅっと塞ぎ、手で拭い取った。

 しかし次々と目から溢れるように沸いてくる。


「…んとか……何とか打つ手は……ありますか?」

「残念ながら寿命は天命となります。人の身では如何ともし難いものです」

「…………」


 大声を出したい。

 しかし涙など恥だ。

 俺は必死で泣くのを堪えながら、男に無言で頭を下げて治療所から出て行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 どの道をどう通ったか記憶が定かではないが、いつの間にか執務室の中で俺は一人ぽつんと立っていた。

 ゆっくりアイシャ用の机に近寄る。つい数日前までアイシャはここで仕事をしていたのだ。 それが今日の昼に突然倒れ、そして夕方には死の宣告を受けた。

 いくらなんでも……急すぎるだろ。


 堪えていた涙が落ちアイシャの机の上をぽつり、ぽつりと濡らしていく。


 その時執務室のドアが開き、シレイユが姿を現した。が、俺の姿を見て何かを悟ったのか下を向く。

 俺は着ていた服の袖で涙を拭き、いつものように振舞おうとする。


「シ、シレイユ。お、お兄様はどう……しましたか?」


 でも意図せず途切れ途切れになる口調。失敗したようだ。


「あたしの部下と仕事内容について打ち合わせをしておられます。それよりも……」

「……寿命が……もうすぐ……尽きるそうです」

「そうか。やっぱり……か」


 やっぱり? やっぱりとは何だ? 何か知っているのか?!


「何か知っているのか?!」

「推測になるけど、それでもいいか?」

「それでも!」


 俺の目を見たシレイユは一旦顔を背け、俺の姿を見ないようにぽつぽつと呟いた。


「これからはあたしの独り言だ。シャルニーア様が勝手にそれを聞いた」

「はい」

「アイシャは人の寿命の研究をしていた事がある。魔力量が人の寿命に関係している、と。つまり人の平均寿命である六十年が一人分の魔力量という計算になる」

「それって……」


 じゃあ、使い切れないほどの魔力を持っている俺は一体どのくらい寿命があるんだ?

 それよりもアイシャは人の半分しか魔力がない。と言う事はあいつの寿命は三十年ではないのか?

 だが、あいつはまだ十七歳だ。十年以上も残っているではないか。


「ただアイシャは魔力量が少ないにも関わらず、あたしと同じくらいの攻撃魔術を操る事ができる。あたしはこう見えても五人分の魔力を持っているんだぜ? そのあたしと同じくらい、と言う事は凄く身体に負担をかけている事になるし、魔力が空っぽになるまで使い果たしている事も多いはずなんだ。ここからはあたしの想像だけど、魔力は時と共に回復していく。魔力量が少なければ少ないほど、回復までの時間は短い。アイシャは幾度も魔力を使っては回復して、という事を人の何倍もやっているはず。もしかするとそのサイクルの回数が多くなっていくと徐々に魔力が減っていくのかも知れない」


 バッテリーは何回も放充電を繰り返すと徐々に弱まっていき、最後には使えなくなる。

 一度に蓄えられる量が大きければ大きいほど、充電する回数は減る。逆に小さいほど何度も充電を繰り返す必要がある。

 そういう事をシレイユは言っているのか。


「アイシャは人の数倍、繰り返し魔力を使い切っていたせいで?」

「急激に悪化した可能性が高い」

「魔力を与える事ができれば、助かる見込みはあるの?」

「魔力を与えるなんてそんな魔術は聞いた事がないよ、シャルニーア様。仮にそれが可能だとしても、もう遅い。身体が耐え切れない」


 バッテリーの寿命なら、バッテリーを交換しないといくら充電しても使えない。

 確かにそうだ。

 なら他に何か打つ手はあるのか!?

 何だっていい。アイシャの身体をもっと頑丈に壊れないくらい改変・・できれば。


 ……改変?


「シャルニーア様、何か気がついたのか?」

「……アカシックレコード」

「何だそれ?」


 あれを改変する事が出来たなら、アイシャの身体を治せる!

 よし、ワイナースのところへ行こう!

 突然駆け出した俺にシレイユが叫ぶ。


「って、ちょっ! どこへ行くんだよ!」

「ワイナースのところへ!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「他人のレコードを改変する事は不可能です。あくまでアレは自己の記録のみ」


 ワイナースに事情を説明し、アイシャのアカシックレコードを改変できるか聞いてみたが、不可能、という絶望だった。


「な、何とかならないのですかっ!」

「以前にも申し上げましたが、己のレコードですら私にはもう二度と改変は出来ないと思っているのですよ、シャルニーア嬢。他人のレコードを改変など何千年かかっても出来る気がしません」

「……そ、そんな」


 もはや打つ手が無くなった。

 このままでは……アイシャが……。


「……うっ、うう……」


 再び胸が苦しくなり、涙がまたあふれ出してきた。

 一度出てしまった以上、もう止まらない。

 アイシャに魔力を使わさせなければ。俺がもっとしっかりして、アイシャに無理をさせなければ。

 巨大な後悔が俺に圧し掛かってくる。


「うっ、アイシャ、アイシャ……う、うわぁぁぁっぁ」


 椅子に座ったまま下を向いて泣く俺を、静かにワイナースは見ていた。



 それほど泣いていただろうか。

 今だ涙は流れていたし、悲しみはなくなることはなかったが、少しだけ落ち着いた。

 それを狙っていたのか、ワイナースが俺に静かに告げた。


「シャルニーア嬢、一つだけ手がないことはありません」

「……! ほ、本当ですかっ!」

「それは……」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ふと目が覚めた。

 目に映ったのは豪華な部屋の天井。そして俺はふかふかのベッドに寝かされていた。

 せんべい布団とは偉い違いだな。

 ゆっくりと身体を起こし、部屋の中を見渡すと白と黒で出来ているメイド服を着た女性が数人、立ったままこちらを見ていた。


「シャルニーア様、お目覚めですか」

「ご朝食はいかがなされます?」


 メイド達が俺に尋ねてくるものの、それらを無視して自分の身体を見た。

 ものすごく小さい。

 記憶にあるのはビール腹の元三十五歳の身体なのだが、それとは全く違う幼い子供の姿だった。

 手を動かし握り締める。


「シャルニーア様?」

「食べます。ここへ持ってきてください」

「は、はいっ?! わ、わかりました」


 三歳児・・・に似合わぬ饒舌な口調だったようで、メイドが驚いていた。

 そんな様子のメイドを俺はそのままにし、パジャマ姿のままベッドを抜け出して部屋の窓へと近寄った。

 昔、よくここから外を眺めていたな。

 残念ながら今の俺では身長が足りなく、窓を開けることはできなかったが。

 まあ身長が伸びればそのうち見れるだろう。


 そう、俺は自分のアカシックレコードの改変をワイナースに手伝ってもらい書き換え、この世界に来たときに戻ったのだ。

 レコードの間に割り込ませるのは前後の辻褄を合わせる必要があり非常に難しい。

 だが一番最後に追記、或いは|ある部分以降全て削除する事は不可能ではない。


<別世界から転生した俺はシャルニーアとして生まれ変わり、三歳の時に前世の記憶が蘇った>


 このように書かれていた部分以降全てを削除したのだ。

 それによりアカシックレコードはあの時点での俺に対する矛盾を解決させようとして、もう一度昔へと戻したのだ。

 再び人生をやり直す事になったが、それは仕方ないだろう。

 唯一心配だったのは記憶を保持したまま戻れるか、というところだったが成功して良かった。

 前世の記憶が蘇った、とあるから、あの時の俺の記憶も前世に該当するはずである。

 そしてもう一つ、ワイナースに秘術を教えてもらった。


「他人に自分の魔力を与えることは可能ですな。術者の身体の一部を媒体にして相手に分け与える呪法があります。よく高位の魔族が自分の眷属に対し力を分け与える事がありますが、それと同じようなものです。そして与える身体の一部に練った高魔力を付与しておけば、自然と相手に高魔力を与えることになりますな」


 既に俺は左目をアイシャの額に与えると決めていた。

 そして3x3サザンアイシャ、と呼んでやる事も。

 あとはアイシャがやってくる六年後まで、待つばかりである。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「初めましてシャルニーア様、私はアイシャ=レクトノリアと申します。本日よりシャルニーア様の専属メイドとなりました。今後とも宜しくお願い申し上げます」

「……アイシャ」

「何でしょうか?」

「早速ですが私に呪いをかけさせてください」

「……は? いきなり何をおっしゃっておりますか?」

「いいからかけさせろや!」

「シャ、シャルニーア様……?」

「もんどーむよーー!!」

「ひっ、きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 なんていう光景が目に浮かぶようだ。

 早く会いたい。こっそり魔術学園に行って覗いてこようか。

 いやいや楽しみは後に取っておこう。俺は好きな食べ物は一番最後に食べる性格だ。


 ……早く……会いたい。


 椅子を持ってきて、その上に乗り窓から外の景色を眺めながら、そんな事を考えていた。




 これは十四歳の小娘が元三十五歳のおっさんに襲われる物語である。




「……それって確実に犯罪です、シャルニーア様。それ以前に3x3アイ○なんて知っている人いるのですか? まだ天津◯の方がわかる方が多いかと。さすが元おっさんですね」

「一言多いわっ! 天◯飯も大概古い! リトルグリーンメ◯だと、ハハッ、と笑うネズミに襲われそうだし、仕方なかったんだよ!」





これで完結となります。

短い間でしたが、ありがとうございました。


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