第十九話
「たっ! 大変でございますっ!!」
俺が執務室で書類の仕事をしていた時、シレイユの部下Eが飛び込むように部屋へ入ってきた。
アイシャは街の見回り、シレイユは大手の取引先と打ち合わせしていたため、その時いたのは俺だけだった。
普通シレイユの部下からの伝達事項は、当然上役のシレイユを通して俺にくる。また俺やシレイユ、アイシャのスケジュールは部下達は把握している。
それが直接俺のところに来た、という事は緊急事態が起こったという事だ。
「どうしましたか? そんなに慌てて」
「はっ! ご報告いたします! アイシャ殿が街中で倒れ治癒所に運ばれました」
「な、なんだってー!?」
まさか誰かにやられたのか?
いや、あの女がそんな簡単に負ける訳がない。
「誰かに攻撃されたのですかっ?!」
「いいえ、そういう事ではなく自然に倒れられたとの事です」
「自然に?」
と言う事は過労か?
確かにここ連日、忙しさを極めていた。
新しく魔術具事業を興すことになり、それをシレイユに全て任せたのだ。
幸い材料の鉄や木材は自前で用意できるし、付与魔術を描くのだってアイシャが全て出来る。ただ、その代わりとしてアイシャへの負担が増したのだ。
早急に容態を確認する必要がある。
「あなたはシレイユに伝えておいてください」
「はっ! 分かりましたっ! 恐れながらシャルニーア様は?」
「私は、アイシャに会いに行きます」
そして窓を開け、俺は魔術を唱えた。
<飛行!>
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「不意に眩暈がして慌てて手で目を塞ぎ治癒魔術を使おうとしたものの、上手く発動せず足に力が入らなくなり、バランスが取れなくなってそのまま地面へ倒れこみました。目を押さえていたにも関わらず、他の人の動きが酷く遅く脳裏に映っていたのは不思議ですね。闘志能力にでも目覚めたのかも知れません」
白く硬い病室のベッドに寝ながらアイシャが淀みなく話していた。
ここはハルの街で一番大きな治療所である。
それにしても、闘志ではなく透視だ。こいつの頭の中は戦闘厨だな。
「詳しく解説しなくてもいいですよ。それと微妙に字が違うと思います」
「いいえ合っています、戦闘を極めれば目を塞いでいても気を読み取って他人の動きが手に取るように分かると聞き及んでいます。とうとう私もその域に達したのでしょう」
「お前はどこぞの戦闘民族かよっ!」
「…………私はごく一般の子爵家ですが?」
貴族は一般じゃねーよ。
それにしてもそのうちスーパーアイシャ人! とか言い出しそうで怖い。
「とにかく! 数日は休養していてください」
「しかし私が居ないと色々と色々と仕事が回らないはずです。こんなところで寝ているような暇はありません」
「それは何とかしますから。今は寝て早く治す事がアイシャの仕事です。いいですね?」
「……はい、申し訳ありませんシャルニーア様」
病室のドアを閉め、治療所の出口へと向かう。
後でシレイユにも連絡しておかないと。きっとあいつも心配しているはずだろう。それとアイシャの代わりを探さないと。
街の巡回は村人リーダーAに任せるか。
あいついつも俺の周りをうろちょろしてたから、適当に仕事を割り振っていたらいつの間にか使えるようになったんだよな。
それとアイシャに振っていたシレイユ分の資料作成と判子押しか。
これは領主である俺がやるしかないか。
と、その時俺の頭にぴこーんと電球がついた。
あ、まてよ?
領主の仕事か。数日だけなら頼めるかも知れない。ちょっと難易度は高いが至急王都に跳んでみるか。
治療所を出た俺は早速転移魔術を使い、実家へと跳んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふむ、シャルニーアよ。その為にテルフィンを貸し出せ、という事か」
「はい、お父様。私の一生のお願いでございます」
俺は王都にある実家に戻ったあと、すぐさま父ちゃんとの面会を望んだ。内容は人材の貸し出しで、要望したのはテルフィン=フォン=ファンドル。
つまり俺の兄で、王位継承権第一位のVIPである。
アイシャの容態が良くなるまで俺の領主代行を全てテルフィンに任せれば、俺はある程度自由に動けるようになる。
テルフィンのサポートとして、シレイユの部下を一名つけておけば十分だろう。
「お前が私に頼みごとをするなど滅多に無い。できる事なら叶えたいが、さすがにテルフィンにお前を助けろ、と言うのは難しいな」
「お兄様も領主というお仕事を勉強する良い機会かと思います。将来国王になった時ご自分の手足となるのは、何も王城に勤める方たちだけではありません。領主という現場の仕事も覚えておいて損はないかとご提案いたします」
「それは分かるが、エイリルではダメなのか?」
「エ、エイリル姉様ですと……余計混乱が起こりそうで」
「ま、まああいつはな。あいつもそろそろ身を固める歳なんだが貰い手がつかなくてな」
あれじゃ確かに誰も引き取ってくれないよな。
もしエイリルが結婚したら、相手は完全にエイリルの尻に敷かれそうである。
「シャルニーアは誰かエイリルに相応しい男を知っていたりするか?」
「私の知っている男性となると、殆どが地位の低い平民となりますから到底公爵家と釣り合いは取れないかと」
本音を言えば、エイリルに知り合いを売るなど俺には出来ない。いくらなんでも可哀相過ぎる。
エイリルには申し訳ないが、お一人様を貫いて欲しい。
ああでも、ワイナースならいいかな?
私の夫はワイン職人の吸血鬼!
タイトルからしてほのぼの系だが、中身は夫婦喧嘩で魔術と能力が飛び交うバトル小説になりそうである。
「父さん、俺はシャルの代理をやってもいいぜ?」
そう言ったのは父ちゃんの隣で偉そうに座っているテルフィン本人だ。
確かもう十五歳くらいだっけ? 正直覚えていない。
それにしてもここ数年会ってなかったけど、こいつイケメンだな。さすが貴族様だ。いや俺もそうなんだけど。
それに将来は国王の予定だしめちゃモテるんだろうな、羨ましい。ちくしょう。
「本当ですか、お兄様?」
自分で言っておいて何だが、正直気持ち悪い。
何で元おっさんの俺がこんな小僧にお兄様、なんて言わなきゃいけないんだ。
だからこいつとは会いたくないのだが、ここは我慢のしどころだ。
頑張れ俺! 心折れるな! ファイトだ俺!
「テル、お前はまたそのような言葉遣いを」
「ここは公式の場じゃないんだからいいじゃん。それにシャルの言うとおり地方の領主って言う仕事も一度は体験しておきたいんだよ」
「……お兄様、本音は?」
「毎日毎日勉強ばっかで飽きた。たまには別の事をして気分転換したい。それにエイリル姉だけシャルのところに行ってずるい」
「テルッ!」
「気分転換も大切な事ですよ、お父様」
苦虫を十匹くらいまとめて潰したような顔をしていた父ちゃんだが、渋々と口を開けた。
「分かった。ただし一週間、これ以上は許さぬ。それと魔術騎士団から三人ほど護衛、またテイミーを連れて行け」
テイミーはテルフィンの専属メイド兼家庭教師だ。確かアイシャより三つほど学年が上で次席卒業だったっけ。
一度しか紹介してもらったことないから、良く覚えていない。
「ありがとうございます、お父様! それとお兄様!」
「ああ、可愛い妹の頼みだ。一肌脱いでやるよ」
よし、一日だけテルフィンについてあとは全て任せよう。
資料の中身はシレイユ部下に聞けば分かるし、そもそもこいつは帝王学を学んでいるはずだ。魔術知識は不明だが、街を治める、という観点だけで言えば俺より遥かに上だろう。
そしてテルフィンとその他数名を連れてハルの街に戻った時、アイシャの容態が悪化したと言う報告を受け取った。
次回、最終話となります




