閑話
す、すみません。閑話もう一話続きます。
予想外に長くなってしまいました。
晴れ渡る青い空を白い鳥が飛び交い、陽光が街を明るく支配する朝。
どーんどーんと、太鼓を叩くような音が街中に響き渡っている。
大通りにはたくさんの人が行き交い、明るく笑いながら露店や出し物を見ている。
今日はファンドル祭の初日である。
その大通りのちょうど真ん中、中央広場の一角に俺とシレイユは二人で立っていた。
シレイユはいつも通りの胸元を大胆に開けた服装だが、俺は違っていた。
茶色い野球帽のような帽子に白い半袖のシャツと半ズボンという、男の子の格好である。
最近目立ってきた胸については、サラシを巻いてなるべく平坦にしてある。
圧迫感を感じるがそれは仕方ないだろう。
それより久しぶりに男の格好をしたのだ。
こう安心感というか安堵感というか、そんな感じがあるよな!
やはり今だ心は男なんだな、と改めて思ってしまう。
何となく普段の自分の格好を見ても、映像を通しているような感覚だ。
まだ記憶の中では男の時間の方が長いんだし、仕方ないけどさ。
そして何故変装をしているのかと言えば……。
俺が広場の中央、噴水の近くに建てられた大きな台の上にいる人影へと目を移した。
青く煌くようなウェーブのかかった髪をかきあげながら、拡声付与魔術のかかったマイクっぽい魔道具を持っているエイリル。
あれの被害を最小限に留めるためなのだ。
エイリルの側には金色の長い髪をカチューシャでまとめたメイド服のアイシャが若干不満そうに佇んでいる。
エイリルがやってきた晩、シレイユとアイシャでどうするか考えたのだ。
最初は俺とアイシャがエイリルの相手をしながら祭りを案内する、という流れだったのだが、そうなると俺は主催者として行動する必要があるしサポートできなくなる。
逆に言えばエイリルをその立場にしてしまえば、行動も制限せざるを得なくなる。その分、周囲に目が届きにくくなるだろうし、被害も少なくなるはずだ。
だから俺が急遽体調を崩したことにして、代役をエイリルに頼んだのだ。
あとは俺がばれないように男の格好へ変装してエイリルたちの先回りをすれば良いだろう、という結論に至った。
また先回り班としてシレイユを俺につけることにした。
当たり前だがアイシャはエイリルに顔を覚えられているが、シレイユは知られていないからだ。
それがアイシャの不服顔の原因となっているんだけどな。
「ハルの街の皆様、始めまして、エイリル=フォン=ファンドルと申します。本来であればハルシフォン辺境伯がここに立つべきなのですが、残念ながら体調を崩してしまいまして、代理で姉である私が開催の挨拶を勤めさせて頂きます」
拡声器の魔術を使った声が広場に響き渡った。
っと、いよいよ挨拶が始まったか。
周りからは「シャルニーア様がご病気とは残念だ」「お見舞いに行くべきだろう」「でもエイリル様もめちゃ可愛くないか?」「馬鹿野郎! それでシャルニーア親衛隊を名乗れるのか貴様!」などと会話が聞こえてくる。
ちょっとまてなんだよその親衛隊ってのは。俺の知らない間に何が起こっているんだよ。
「あれが災厄エイリルかー」
シレイユが遠めでエイリルを見ながら呟いた。
見た目は超美人。
群青の髪が今日の青空と相まって更により一層美しく感じる。その姉の側にはアイシャがいつものメイド服で佇んでいたりする。
若干不機嫌そうなのは気のせいじゃないよな。
「シレイユはエイリル姉さまを見たことは無いのですか?」
「無いね、だってあんな噂が流れているんだから、出来れば避けたいしね」
まあそりゃそうだろう。
実の妹(と言うとまだ違和感あるが)の俺ですら出来れば避けたいのだ。
それにしても、とシレイユは俺と姉を交互に見比べる。
「さすがシャルニーア様の姉だね、結構似ているよ」
「そ、そんなに似ていますかっ?!」
兄とは異母兄妹だけど姉は同じ母だ。
だから本当(?)の姉妹なんだけど、そこまで似ているかな。
ぱっと見ても、黒髪黒目の俺と青髪青目の姉ではイメージが異なる。
ちなみにこの世界、髪や目の色は遺伝ではなくランダムだそうだ。
「雰囲気は違うけど、微妙に顔立ちが似ているんだよね。それと姉妹そろって変わり者だし」
「私はエイリル姉さまに比べたら大人しいものですよ!?」
あんな他人を巻き込むようなことは俺はしない。
比べられるのは心底不本意である。
「いやいや、シャルニーア様もとても大貴族って感じしないし。正直ご令嬢というより、どこかのおっさんというか……酒好きだし」
「ぎくっ」
なかなか鋭い。外見だけ変わっても中身はおっさんだからな。
にじみ出るおっさん臭か。
…………うぇっぷ。
少し言動に気をつけよう。
「今だってものすごく不敬な事言っているのに、何らお咎め無しだしね」
「シレイユだって貴族って感じしないですよ、姉御キャラですよね」
「姉御キャラって何だよそれは」
膨れっ面をするシレイユ。
そういえばシレイユも二十二歳だ。貴族の娘としてはもうとっくに結婚適齢期を過ぎている。
シレイユはうちに必須の人材だし残ってくれたほうがうれしいのだけど、何となくそれでいいのか疑問も残る。
「……以上を持って開会の挨拶とさせて頂きます」
「そろそろ挨拶も終わりますし、移動ですね」
エイリルが深くお辞儀をすると、周りから拍手が巻き起こった。
エイリルの挨拶が終わり、台から降りてきた。
その周りをアイシャやシレイユの部下たちが固めて、俺たちの方向へと歩いてくる。
「ああ、じゃあしっかり気を抜かずに行くよ」
「分かっております」
俺とシレイユはエイリルたちより先に大通りを歩き始めた。
そして喧嘩やいざこざが起こっていないか確認するように周囲を見る。
何せ祭りなのだ。いつ喧嘩が始まってもおかしくない。
「シレイユ、あれ」
「ああ、いくよシャルニーア様」
早速というべきかお約束というべきか、大通りで大声を張り上げながら大きな男二人がいまにも取っ組み合いをしそうになっているのを見つけた。
あれをもしエイリルが見たとしたら、即座にくっつかされて数日はそのままだろう。
しかもエイリルは今日の夜には王都に帰るのだ。解除してもらう事もできない。
もしくっつけられて、更にそいつらがエイリルに反論しようものなら……一生そのままになる可能性だってある。
更に祭りで浮かれ気分の人も多いから、喧嘩やいざこざなどあちこちで頻発するのだ。
……俺の、ハルの町が壊滅するかもしれない。
いや、さすがにそこまでは行かないか。
でも、それでも数百人レベルの犠牲者は出る可能性があるだろう。
王都の祭りならこういう事は殆ど起こらない。あっちは治安もいいし、警備の数も多いし、何より姉の名が広まっているからな。
しかし俺の町は違う。
あちこちの町から集まった人が大半である。当然姉の名はそこまで知られてないだろう。
男二人のそばへ、つかつかとシレイユが歩いていき……いきなり鉄の扇を取り出して一閃、吹き飛ばした。
ええっ?!
こういったのって普通、質問から入るんじゃないのか?
いきなり問答無用かよ。
「うう……な、何だこりゃ」
「一体……何が起こったんだ……」
空に舞った男二人が地面へと激突する。うめき声を上げながらその場に崩れ落ちた。
すまん、しかしお前らもくっつけられるより吹き飛ばされたほうが遥かにマシだろう。
「お、おいっ。大丈夫か? しっかりしろ!」「え、衛生兵っ!」「いかん! 脈が乱れているぞ!」「ち、治療魔術できるやついるかっ!!」
……多分。




