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閑話

リハビリがてら、閑話を入れます。

もう一話、閑話が続きます


「うーん、おわったぁ!」


 最後の書類の中をチェックして判子を押すと、俺は椅子から立ち上がり大きく伸びをした。

 シレイユも「おつかれさん」と言いながら、俺と同じように大きく伸びをする。

 ここ数日、頑張ったおかげでやっと書類の山が綺麗になったのだ。

 これで暫くは早めに帰れるようになるだろう。

 明日くらいは休みを取れるかもしれない。

 窓の外を見ると真っ暗。既に時間は二十二時を過ぎているだろう。

 前世の時より遥かに仕事してるなぁ。


「じゃ、あたしはそろそろ部屋に戻るわ」

「はい、シレイユもお疲れ様でした」


 軽く手を振ってシレイユは執務室から出て行った。

 執務室に静けさがやってくる。

 俺は一人で窓を開けて夜空を眺めた。今夜も二つの月が輝いて、夜空を染め上げている。

 その月を眺めていると、ふと昔を思い出す。

 そういえば姉からよく子守唄代わりに月の昔話を聞かされたな。

 もちろん姉とは、今世の姉である。


 その昔話とは……。


 もともと月は一つだった。

 そして遥か遠い昔、こことは異なる別の大陸に魔王と呼ばれるとてつもなく強い魔物が居たそうだ。

 魔王は魔物たちを纏め上げその大陸を支配していた。

 人間たちも僅かならが生き延びていたものの、それも時間の問題と言われていた。

 しかし人間たちは別の世界から勇者と呼ばれる存在を召喚したのだ。

 勇者と魔王は幾晩も戦い続け、そして魔王は負けそうになった時、月へと逃げていった。

 その後を追いかけた勇者は月で最後の決戦をし、そして相打ちとなった。

 そのときの戦いの余波で、今のように月は二つに分かれたという。

 その後、魔王を失った魔物は勢いをなくし、そして今では人間と魔物はほぼ五分の勢力となっている。


 よくあるおとぎ話である。

 勇者や魔王なんてものもよく聞く話だし、そもそもどうやって人間が月まで移動したのだ、と思うし。


 でも別の世界から召喚……か


 月が二つに分かれた、という部分は抜きにして単純に勇者が召喚された。

 もしそれが事実だとすれば、この世界には異世界から人間を召喚する魔術があるということだ。

 逆に言えば異世界へと移動させる事も可能だろう。

 それがもし可能だとして、もし生前の世界へと戻れるのなら?


 はぁ。


 大きくため息をついたあと、頭を振って仮定の考えを追い出した。

 所詮はおとぎ話だ、真面目に考える必要はないさ。


 そして俺は窓を閉め、自分の椅子に座った。


 そういえばまだアイシャは見回りから戻ってきていない。

 いつもならそろそろ戻ってくる頃だけど……。

 と思った時、俺のデビルイ○ーが誰かが駆けて来る足音を捕らえた。


 アイシャか?

 それにしても何やら急いでいるようだな、珍しい。

 何か緊急事態でも起こったのか?


 その足音の主は執務室の前にたどり着くと勢い良く扉を開けた。

 そして室内へと入ってきたのは、長い金色の髪をカチューシャでまとめたメイド姿の女性、アイシャだった。


「たっ、大変ですシャルニーア様!!」

「どうしたのですか、アイシャ? そんなに急いで」


 走った影響か、彼女は息を切らせながら俺の前へと駆け寄ってきた。

 そして驚愕すべき事を、アイシャの小さな口から飛び出た。


「あ、あの方が……エイリル様が、明日ここへ来るそうです!!」

「なん……だと……」


 あまりの衝撃に、俺は暫し呆然としてしまった。

 俺は今は辺境伯当主だが、元は公爵家の次女だ。

 そして俺が次女と言う事は、姉がいるという事だ。

 その姉の名が、エイリル。エイリル=フォン=ファンドル。

 ファンドル家の長女であり、俺より五つ上のとてつもない美人だ。

 昔、アイシャは俺の事を王都でも一位二位を争うほどの美しさ、と言っていたが、その俺と争っていたのが我が姉、エイリルである。


「一体どこでその情報を?」

「つい先ほど公爵閣下からの使者が」


 転移魔方陣はこの執務室の隣の部屋にある。

 だがそれは万が一この城が落とされた場合に使うものであり、極限られた一部の人間にしか知られていない。

 通常はこの街の入り口近辺にあるほうを使うのだ。

 アイシャは街の見回りをしている最中に、そっちの転移魔方陣からきた父ちゃんの使者と会ったのだろう。

 そして慌ててここへ来たという事か。


「シャルニーア様、二~三日ほどお暇をいただきます」


 アイシャそう言い放つとすぐさま執務室から出ようとした。

 が、その彼女の腕をしっかりと両手で握り締めて引き留める。


「待てアイシャ」

「いいえ、これは一刻を争う緊急事態です、待てません」

「俺も逃げる」

「シャルニーア様まで逃げてしまえば、一体誰があの方のお相手をするのですか?」

「シレイユに任せよう」

「シレイユさんでは荷が重過ぎます。あの方は意外と潔癖症ですから、後が怖いですよ」

「しかし! このままでは……」

「シャルニーア様、ご愁傷様です」

「この期に及んでアイシャ一人だけ逃げるなど、俺が許すと思うか!」

「被害は二人より一人ですよ」


 と、俺たちが不毛な言い合いをしていた時、それは突如起こった。


「きゃぁぁぁ」

「うわぁぁぁぁ?!」


 まるで何かに引き寄せられるようにして、アイシャと俺がくっついた。

 しかもいくら手で互いに離れようとしても、接着剤で貼り付けられたかのようにぴったりとくっついたままである。


「ちょっ、アイシャ近い!」

「シャ、シャルニーア様こそっ!!」


 俺とアイシャの身長は数センチしか差がない。

 まるで抱きすくめられるような格好である。

 あれ? なんかいい匂いだな。しかも意外と柔らかい。

 アイシャでもやっぱり女の子なんだ。

 彼女の体温を身体に感じながら、少し頭がぼーっとしてくる。


「ちょっ、シャルニーア様! どこを触っているのですか!」

「ご、ごめん!」


 っと、いかん。つい手が彼女の尻へと回っていたようだ。

 慌てて手を離す。

 じゃない!

 相手はあの腹黒メイドだぞ? 何を考えている俺!

 というか、まさかこれは。


「いけませんよ、喧嘩などしては」


 隣にある転移魔方陣が描かれている部屋。

 その部屋に通じる扉から女性の声が俺の耳に届いた。

 扉はちょうど俺の背後にあるため肝心の声の主は見えない、が……この声は。


「エ、エイリル様?!」


 アイシャが上ずった声をあげる。

 やはりアイツか。

 俺の背後、ということはアイシャから見ればばっちりその姿が目に映っているだろう。

 聖母のような優しい笑みを浮かべる美しい女性の姿を。


「お久しぶりですね、シャル、アイシャ」

「……エイリル姉さま」


 磁石を知っているだろうか?

 S極とN極が互いに引き寄せられる、アレである。

 彼女はこの世界でも珍しい、魔術とは異なる固有スキルを持っている。

 それは、人同士を磁石のN極とS極のようにくっつけるものだ。


 彼女は一切の言い争い、喧嘩、仲違い、不忠を許さない。

 見かければ即座に固有スキルを使い、互いが仲良くなるまで永遠にくっつける。

 当然同性だろうが異性だろうが関係なく、である。

 しかもたちの悪いことに姉からすれば善意でやっており、悪意は一切ないのだ。

 彼女曰く、くっつけばお互い相手を知り尽くすでしょう、そこから友情が芽生えるのです、だそうだ。

 俺も昔、父ちゃんと五時間くらいくっつけられたことがある。

 あれは地獄だった。

 何が楽しくておっさんと五時間もくっついたままでいなければならないのだ。


 何年か前、どこかの領地争いで貴族同士が施設軍を出して戦争を始めたことがある。

 姉はその戦場へと単身向かい、そして戦争を止めた。

 詳細は聞いていないが、あれから貴族たちとその施設軍は姉に絶対服従を誓ったそうだ。


 それ以降、姉は王都でこう呼ばれている。



 災厄マグネットエイリル、と。




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