第十四話
「「「おおおおおぉぉぉぉ~~~!!!」」」
ここはハルにある元皇帝の居城のすぐ近くにある巨大な会場施設だ。
元々は帝国軍の皇帝近衛隊が駐屯していた場所であり、訓練施設も兼ねていたためか、建物自体はかなり強度が高く多少の魔術を使っても壊れない程頑丈に出来ている。
そして建物は円形になっており、施設内の中央部が高台になって周囲が良く見えるような作りになっている。
これは真ん中にお偉いさんが立って、下っ端がちゃんと動いているか確認する為だと言われている。
普段は俺とアイシャやシレイユが政務の合間に、ストレス発散のため力の限り運動する場所として使っていたりするのだが。
そう、普段は三人しか使っていない施設である。
しかし、今日はいつもとまるで雰囲気が違う。
まだ朝も早いのに会場内はかなり暗く、そしてその施設の中は熱気に包まれていた。
「シャルニーアさまぁぁぁぁ、あいしてるぅぅぅ!!」「かっわいぃぃぃーーー!」「えるおーぶいいーシャルさまー!!」
高台はステージ、周囲が客席となって、まるでどこかのコンサート会場と化していた。
客席には数千人はいるだろう、男たちの群れがひしめき合っていた。
中央のステージ上ではアイシャがいつものメイド服姿で、珍しくにこやかに笑顔を振りまいている。
アイシャの側にはいくつもの木の箱が高く積み上げられ、箱の上にはシレイユがのんびり座りながら周りを見ている。
そして……そのアイシャの隣には、ピンク色の裾が広がっているフリフリのミニスカートを穿いた、まるでアイドルのような格好の俺が呆然と突っ立っていた。
「シャルさまこっちむいてーー!」「なんて可愛いんだぁぁぁぁぁ!!」「アイシャ様も可愛いぞーー!!」
会場内にいる野郎どもの野太い声援が木霊する。
防音設備の無いこんな施設じゃ、会場外まで丸聞こえだろう。
「ほらシャルニーア様、私を真似て手を振ってください」
隣に立っているアイシャがにこやかな表情を崩さず、俺の腰を見えないように突いてくる。
俺がアイシャの方を振り向くと、頭に付いた赤い大きなリボンが揺れ、それが野郎たちの琴線に触れたのか、更に黄色ならぬどどめ色の声が会場内に沸きあがった。
「は、はぁ……」
顔が引きつりながら力なく右手を胸の辺りまで上げ軽く左右に振ると、さきほどの声援よりも遥かに大きな声が爆発するように響き、ハルの街中へと飛んでいく。
……どうしてこうなった?
話しは五日前に遡る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ワイングラスに注がれた赤い液体がシレイユの喉を通ると、彼女は感嘆の声を上げた。
「おおっ?! これ美味いなぁ」
「そうでしょう?」
俺は地下にいる吸血鬼のワイナースから三本ほどサンプルとしてワインを貰い、それをシレイユに飲ませていた。
これから大々的に販売する前に、シレイユに味見させたかったのだ。
「こんな美味いワイン、初めて飲んだよ。これ本当に吸血鬼が造ったものなのかい?」
「七百年ほど昔ここに住んでいたワイン職人の弟子となって、今までずっと作り続けてきた生粋の職人ですよ、彼は」
「変わった吸血鬼だなぁ。あたし、吸血鬼って血を吸う魔物だと思ってたんだが考えを改めないといけないね」
「私も最初は血を吸われるかと思っていました。でも話してみると案外良い吸血鬼でしたよ」
「しかしこれなら高く売れるよ。王都に売っているワインなんぞ比べ物にならない。是非これ造った吸血鬼に会いたいね」
俺とシレイユが話しを進めているのに、アイシャはさっきから一言も口を聞かずずっと自分に注がれたワインを眺めていた。
どうしたんだろう一体。
「ところでアイシャ」
「いかがなされましたか」
気になって声をかけてみると、アイシャはここに在らずといった風体である。
ワインがそんなに珍しいのか?
「アイシャ、あなたも早く飲んでみてください。とてもおいしいですから」
「は、はい……シャルニーア様は飲まれないのですか?」
「お前がこのネックレスつけたんだろうがっ!」
俺は胸元に光る複雑な付与魔術が描かれているネックレスを掴んで、アイシャの目の前に突きつけた。
俺が地下に落ちた夜、アイシャによって無理やりこれをつけられたのだ。
これで一年間また酒とおさらば生活かよ、とほほ……。
「そういえばそうでしたね」
「……飲まないのですか?」
「あ、はい。では……」
何やら覚悟を決めたようで、ワイングラスを傾けてほんの僅かな量を口に含むアイシャ。
長い眉を僅かにしかめて、そのまま口に含んだワインを飲んだ。
その直後、黄金色に輝く瞳が大きく見開かれる。
「あら、意外とおいしい……?」
「でしょう?」
そのまま続けて飲み始めるアイシャ。
おいおい、そんなハイペースで飲んで大丈夫か?
「で、シャルニーア様。どうやって売ろうか? 店を建てるほうがいいかい」
「そうですね、まずはハルの街だけで売りに出しましょう。レア感も出したいですし、本数を限定にして。それと店を建てるのも時間かかりますし、そこのストレス発散場に机を並べれば十分かと思います」
と、執務室から見える元帝国軍の訓練施設を指差す。
「そうだなぁ、そっちの方が金はかからないか。五日くらい小さいコップ一杯を無料で配布して宣伝すれば、売れ行きも良くなるだろうね」
「そうですね、売り子はうちのメイドにお任せしましょうか」
「それよりも、もっと良い案があります」
もう顔を赤くしたアイシャが指を立てて提案してきた。
随分と気に入ったのか、既に一本を空けて二本目に移っていた。
というか、ちょっとペース早過ぎないか?
ワインって結構アルコール度数高いし、特にワイナースの造るワインは糖質の高いブドウを使っているのか十五%くらいはありそうだし。
「良い案とは?」
「それは秘密です」
「秘密にすんなよっ! ちゃんと教えろよ!!」
「ではシレイユさんにだけ教えます」
アイシャがグラスを持ったままシレイユに耳打ちをした。
シレイユは時折「うん、なるほど」とか「そりゃいいね」とか相槌を打っている。
一体何なんだよ!
そして暫く二人で話していたあと、「じゃあそれで手配しておくわ」と言い残してシレイユが席を立った。
バタン、と執務室の扉が閉まり、アイシャと二人っきりになってしまった。
あっけに取られた俺を尻目に、アイシャは次々とワインをグラスに注いで飲み干している。
持ってきたワインボトル三本のうち既に二本は空だ。最後の一本も見る見るとアイシャの胃の中へと消えていく。
ああっ?! そんなに飲むな!
「アイシャ、いくらなんでもそれは飲みすぎですよ」
「……え? そんなに飲んでないれすよ」
それだけ飲み干せば十分飲んでる。
俺だってこんな短期間に三本も飲んだらつぶれるぞ。
「れすよ、って舌が回ってないじゃん! それにシレイユにだけ教えるのは卑怯だろ。一応俺領主、オーケー? ちゃんと説明しろよ」
「しゃるたんは領主なんだからどんと構えて待っててください」
なんと言ったこの女?
「……は? しゃるたん?」
「あはははははははは、しゃるたんもこれ飲んで~、おいしいよ~」
一瞬きょとんとした俺を見て、アイシャが高笑いをし始め、手に持っているグラスを俺へ突き出してきた。
「お前がつけたネックレスのせいで、飲んでもブドウジュースになるわっ!」
「ざーんねんでした~、じゃあ残りは私が貰っちゃいますね♪」
くいっと残ったワインも飲み干すアイシャ。
こ、この女ぁぁぁぁ! しかも楽しそうに音符までつけやがって!!
「何だかすっごく楽しい~、あははははははははは~」
この後、アイシャの酔いが醒めるまで執務室には高い笑い声が響き渡っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そしてそれから五日後、つまり今日の朝。
アイシャが珍しく俺が起きる前にやってきた。
「シャルニーア様、おはようございます」
「……ん、あれ、アイシャ。随分と早いですね……」
「今日はワインの販売会ですよ? シャルニーア様も早く起きてください」
あ、そっか。
販売はメイドたちに任せるつもりだけど、俺も最初は顔を出しておいたほうがいいか。
そして魔力を練って起き出した俺に、アイシャは服を渡してきた。
「……これは一体なんですか」
「今日のワイン販売会のお召し物になります」
「何故こんな服装にしなければいけないのです?」
俺が広げたものはフリフリのピンク色した服だった。
しかもかなりのミニスカートである。
また上は胸元に大きな赤いリボンがつけられていて、どう見てもどこかのアイドルが来てそうな服だ。
「御託は良いのでさっさとお着替えください。というよりも私がお着せ致します。ちゃんと半ズボンをご用意しておりますので、下から覗かれても安心ですよ?」
「こんな服着なけりゃいいだけだろ!」
「メイドたち!」
俺の意見を無視したアイシャが指をパチンと鳴らすと、十名のメイドが部屋の中に突入してきた。
こうして無理やり服を着せられて、ストレス発散場へと連行されたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ではみなさま、ワインの販売を開始いたします!」
「まってました!」「はやくしろーー!」「シャルニーアさまぁぁぁぁ!!」
箱の上に座っているシレイユが大声を上げて開始の合図をすると、三千人の男たちが歓声を上げた。
それはもはや怒声である。
「さ、シャルニーア様。一本ずつ手渡してあげてください。ちなみにお一人十秒以内です。私がカウントしますので、お忘れなきよう」
「……マジかよ」
そしてワイン販売兼俺の握手会が始まった。
そうなのだ。
ワイン販売と同時にワインを買ってくれた人に、俺の握手券をつけたのだ。
しかも一本銀貨二十枚(二十万円)という価格である。
確かにこのワインは極上であるものの、いくらなんでもその値段だと買う人も殆ど居ないだろう。
そこで村でも大人気だった俺の握手会を合わせて実施した。
アイシャは、ほぼ毎日街を巡回している。
その時ご丁寧に俺のプロマイドを配っていたらしい。
俺の知らない間に、いつの間にか俺の人気が急上昇しているらしい。
道理でここ最近、俺が開いている簡易裁判所に人が来るようになったはずである。
昔は一週間に一度あれば良い方なのだが、最近は多い日だと一日五件はくる。
しかも来る奴全員男で、更にどうみても喧嘩していた雰囲気じゃないのだ。
おかしい、と思っていたが今納得した。俺の姿を見に来ていたのか。
この握手券のおかげで、限定三千本が即日完売したそうだ。
どこの抱き合わせ商売だよ。
というか、何でこんなもんに人が集まるんだよ!
三千人いて一人十秒だと三万秒である。
つまり八時間以上かかるのだ。
休憩入れれば十時間、朝から晩まで野郎どもと握手しなければいけないのだ。
「シャ、シャルニーア様! 俺、ファンになっちまいました!」
「あ、あははは。ありがとうございます、はい、どうぞ」
「このワインは家宝にいたしやす! 一生手は洗いやせん!」
……洗えよ。
次々と来る男たちと握手を繰り返しながらワインを手渡す俺。
既に手が真っ赤である。
「手が赤くなってきましたね、治癒」
即効アイシャが魔術を使って俺の手を癒す。
魔術って便利なんだけど、こういう場合は魔術なんて無くなってしまえと思う。
「アイシャ、もう逃げたい」
「ダメです。このワインの売り上げだけで金貨六百枚ですよ? これで財政も安定致します。今後も定期的に実施いたしましょう。はい、次の方どうぞ」
「もう嫌だ……」
これは十七歳の小娘に翻弄される元三十五歳のおっさんの物語である。
十時間かかってようやく終わったワイン販売会という名の握手会。
疲れ果ててその場に倒れこんだ俺に、アイシャがとどめの一撃を放ってきた。
「次回は五千本にしましょう」
「やーめーてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ちなみに村人リーダーAが来ていた事は言うまでもない。




