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第十三話


 吸血鬼ヴァンパイア


 アイシャに一度魔術講習で習ったことがある。

 太陽の光、流れる水、ニンニク、十字架、銀など非常に弱点は多いものの、それを上回るほどの怪力、多彩な能力、そして不死性のある魔物。

 人が魔術を極めた先にある形態モノ

 普段倒しまくっているゴーストなど足元にも及ばない、高位の魔物だ。


 まさか実在していたとは驚きだ。

 この世界に来てはや十年。その間見たことのある魔物は、ゴースト類だけだった。

 元々この大陸は人間が支配している地である。

 このため、人が手に負えないような魔物は基本住んでいない。

 はるか昔には居たそうだが、すでに駆逐されていると聞いている。


 それが目の前にいて、更に城の地下に住んでいるとはな。


「あなたが、私をソファーに寝かせてくれたのですか?」

「その通りですよ、お嬢さん」


 低い渋い声が石畳の廊下に響き渡る。

 身体付きガタイは二十代の優男なくせに、声は四十代くらいの渋いおっさん声である。

 生前の俺とは天と地の差だよ、うらやましい。


 しかし、やはりこいつか。

 とりあえずは今すぐ襲ってきそうな感じではない。

 扉一個壊したのに寛大な奴だな。

 でも……こいつは吸血鬼。

 と言う事は、当たり前だろうけど人の血を吸う魔物である。

 しかも好物は女性、特に処女の血だ。


 ……俺ってめちゃくちゃそのカテゴリに入ってないか?


「あの、あなた吸血鬼ですよね」

「吸血鬼になって二千年ほど経ちましたな」

「吸血鬼って人の血を吸う魔物じゃないんですか?」


 もしかすると、こいつはおいしいものを最後に取って置く主義な奴かもしれない。

 一応念の為に魔術障壁を俺の前に展開する。

 でもさっき一瞬で打ち消されたし、本気でかかってこられたらきっと手も足も出ないまま、骨の髄まで吸いつくされそうである。

 でも吸血鬼に血を吸われるとその人も吸血鬼になるんだよな。

 吸血鬼生。それはそれで楽しそうな生活か? いや、無いか。


 俺が魔術障壁を展開したのを見た吸血鬼は、薄ら笑みを浮かべる。


「そう警戒せずとも。私はあなたの血など興味ありませんよ」


 その笑み、こえーよ!

 言葉とは裏腹にめっちゃ殺る気じゃねーのか?

 警戒する俺を横目に、吸血鬼は淡々と会話を続ける。


「確かに昔は血を吸っていましたが、今は別のものに興味がありましてね」

「別のもの……?」


 そう俺が問いかけると、まさに我を意を得たかのように大きく口を開けて破顔する吸血鬼。

 二本の鋭い牙が妖しく光り、まるで獲物オレを狙うかのように伸びてきた。


 血じゃなくて、殺すほうに興味が移ったよ! とでも言うのか?

 緊張で手に汗が滲む。

 万が一襲ってきたら全魔力を全方向へ放出してやる。

 あいつは倒せないだろうが、この建物、というより地下道は楽に破壊できるだろう。

 その隙に何とか地上へ逃げてアイシャとシレイユを応援に呼べば、まだ勝機はある。

 地上にある城にも何らか影響は出るだろうけど、主人である俺のピンチなんだからそこは仕方あるまい。


 しかしこいつの口から出た言葉は以外なものだった。



「ワイン、でございますよ、お嬢さん」



 ……。

 …………。

 ………………。


 そういや確かに吸血鬼ってワインを飲むイメージあるな。

 でもそれは血の色と似ているから飲むのであって、あくまで嗜好品じゃなかったのか。


「ワイン……?」

「そう、ワインは素晴らしい!」


 なにやら自分に酔っているかのように、大げさに手を広げる吸血鬼。

 まあワインだけでなく全ての酒は素晴らしいと思うのは同意する。


「七百年前、私は帝国の人々を恐怖に陥れんとこの地を訪たとき、とあるワイン職人と出会いましてね。始めは即座に血を吸ってやろうと思ったのですが、なぜかその男はワインを差し出してきました」


 遠い目をした吸血鬼の語りが始まったよ。

 えっと俺はどうすればいい?

 逃げていいかな?


「その男は、そのワインがわが生涯の証である、最後にそれを飲んで感想を聞かせてくれ、と言ったのですよ。毒でも入っているのか、と最初は思ったものの真祖吸血鬼たる私に毒は効きません。最後の悪あがきかと思い、ならば手向けとしてワインを飲んでから殺してやろうと、一口それを含みました」


 しかし! と、言い放った吸血鬼は、真紅の目を爛々と輝かせた。

 そしてこっそり逃げようとしていた俺の側に一瞬で移動し、首根っこを捕まえられた。


「うきゃぁ!?」

「ちゃんと吸血鬼ひとの話は最後まで聞きなさい。これだから最近の若いものは」


 じたばた暴れるものの、まるでびくともしない。


「あなたから見れば、どんな人でも若いもの扱いになりますっ!」

「あのワインを飲んだときの衝撃は、今だにはっきりと覚えております。まさに至高! あれを飲んでしまったが最後、血などまずくて飲めなくなりました」


 完全に俺の言い訳はスルーされ、再び語りだす吸血鬼、

 しかしそのワインって、麻薬でも入ってたんじゃねーのか?


「その後、私はあの男に弟子入りし、そして彼が他界した後も私は一人ここでワインを造っております」

「それで、その究極のワインを自分で造って飲んでいるのですか?」

「いえ、あのワインは偶然できた産物だったそうです。彼も長年研究を続けながらワイン造りに励んでいましたが、結局未完成のまま他界しました。私も七百年それを追い求めていますが、未だにあのワインを越えるようなものは出来ておりません」


 ふーん、七百年ねぇ。

 と言う事は、この吸血鬼は七百年ワインを造っているベテランと言う事になる。

 ……それは面白い。

 是非こいつの作ったワインを飲んでみたい。


「一つお願いがありますが」

「何でしょうか? ここから出るなら、私が送って差し上げますよ」


 あれ、意外と紳士な奴だな。


「いえそうではありません。でもその前に、まずは降ろしてください」

「おっと、これは失礼」


 吸血鬼の割と細い腕が俺の首根っこから離れる。やっと自由になった。

 いくら俺が軽いからと言っても、人間一人を片腕で軽く持ち上げる膂力は凄いな。


「それで願い事とは何でしょうか」

「そうですね。でも先にお名前をお聞かせくださいませんか?」

「おお、そういえば名乗っておりませんでしたな。これは失礼しました。私の名はワイナース=アーマインと申します、お嬢さんの名は?」

「私はシャルニーア=ハルシフォン、一応はこの地を収める領主です」

「領主? ふむ、ここ最近上が騒がしいと思っておりましたが、また人々が住み始めたのでしたか」

「既に一年以上経っていますけど……」

「何せ二千年以上生きておりますからな。一年など瞬きしている間に過ぎ去ってしまうもの。それより願い事とは?」


「はい、是非私にあなたの作ったワインを飲ませていただきたいのです」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「うめぇ! 何だこれ?!」


 吸血鬼ワイナースに案内された場所は、今までワイナースが造ったワインが寝かされている倉庫だった。

 その量たるや、圧巻、の一言である。

 しかもこの地に七百年もいるのだ。

 十年ものや二十年ものなどゴミのように寝かされていて、既に酸化して飲めないものまである。

 もちろん状態の良いものも多数残っていて、中には百年、二百年ものという普通じゃお目にかかれないものまで置いてある。

 その中から状態の良い百二十年もののワインを一本選び、グラスに注いで飲んだのだ。

 ……美味かった。

 まさに衝撃的な味である。

 味、コク、匂い、喉越し、舌触り、全てが完璧すぎて俺の舌じゃ測りきれないレベルだ。

 思わず地が出てしまうくらい、とにかく美味い、この一言である。


「お嬢さんはワインを飲むと人柄が変わりますな」

「こんだけ美味いもの飲んで、素直に賞賛しない奴なんざ酒飲みじゃねーよ」

「それは嬉しい言葉ですな」


 惜しむべくは、これに合う料理が無いことだ。

 つまみならチーズやクラッカー、料理ならレアのステーキなどが合いそうだ。

 あとはその辺に転がっているワインを使って、貝の酒蒸しなんかも良いだろう。

 まさに夢が広がる。


「しかしそのワインは中々の出来ではあるものの、私があの時飲んだ究極のワインに比べれば、足元にも及ばないでしょう」


 これ以上の美味さだと?

 俺的にはこのワインですら最上級だと言うのに?

 それは是非とも飲んでみたい。


「しかしこれだけのワインを造るとなると、一体どこでブドウを育てているのですか?」

「それは秘密ですな……と言いたいところですが、実はこの大陸のあちこちに畑を作っております」

「転移でそこまで出向いて育てていると?」

「はい、何せ昼間は出歩けませんが、却ってそれが人に見つからない事に繋がります」


 吸血鬼が夜中一人でブドウを育てているなんて、普通は考えられないよな。


「ブドウを育てるのも奥の深いものです。毎年気候や日照量、雨量が変化しますし、その年その年でブドウの味が変わりますし、それによってワインの作り方も微妙に変更していく必要があります」


 まさしく職人だ。

 ぜひともこいつを雇いたい。

 これだけ美味いワインを造れるなら、飛ぶように売れるだろう。


「気に入りました! ぜひあなたを当家で雇いたいのですが」

「私を雇うと? お嬢さんには失礼ですが、たかが人間が?」


 雇う。その言葉を聞いたワイナースは見る見ると不機嫌になっていく。

 やっぱり吸血鬼ってプライドが高いんだな。


「雇う、というのは言葉の綾です。私はあなたの造るワインが非常に気に入りました。ぜひ私にもお手伝いさせて欲しいのです」

「お嬢さん……いや、シャルニーア嬢もワインを造れると?」

「いえ、私は精々味が分かる程度しかありません。しかし私は領主です」


 そして両手を広げて倉庫の中に眠っているワインたちを指す。


「ここにあるワイン、きっとこれからも殆ど飲まれる事無く、次第に酸化して朽ち果てていくだけとなるでしょう。私にはそれが勿体無い。あなたの造るワインは是非世の中に出すべきです。それにこのワインを飲んだ他のワイン職人が、あなたを訪れてくるかも知れません。あなた個人の力量は大したものでしょうけど、他の職人の意見も取り入れれば、もしかすると究極のワインを作る上で大きなヒントになるかも知れませんよ?」

「む……。確かにそれはあり得ますな」

「それにブドウ畑も、私の領地内なら好きなだけ作ってもらってもかまいません。私はあなたがワインを作る場所を提供しましょう。あなたは好きなだけ私を利用して、ワインを作ってください。僕と契約……もとい、そのための契約を私としてくださいませんか?」


 一気に話しをした後、ワイナースの出方を待つ。

 彼はたっぷり数分考え込んだ後、真紅の瞳を俺へと向けた。


「……私のワイン造りは、ここ二百年ほど停滞しているのも確かです。そこそこ出来の良いワインを造ることは出来ましたが、あの究極のワインには程遠いものばかり。今日、シャルニーア嬢と出会ったのも、何かの転機かもしれません」

「では?」

「分かりました。契約致しましょう」

「ありがとうございます! 共に究極のワインを完成させるために頑張りましょう!」


 俺たちはがっしりと握手を交わした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「穴に落ちたときはどうなるかと思ったけど、結果的に良かったな」


 そう呟きながら、俺は中庭から城へとほろ酔い気分で戻っていた。


 あの後、一本ワインを空けてからワイナースに地上へと送ってもらったのだ。

 穴の開いた場所については、ワイナースが応急措置として蓋を造ったらしいのだが、今後は通路として利用することとなった。

 ちなみに俺が穴から落ちても怪我一つしなかったのは、あの廊下や部屋にはワインを落としても割らないよう、重力緩和の魔方陣が描かれていたかららしい。

 そして気絶した理由は、人に見つかっても良い様にワイナースが気絶用の結界を張っていたから、だそうだ。

 帝国がまだ健在だった頃、城に住んでいた人にしょっちゅう見つかっていたらしいので、そのような結界を張り巡らせたそうだ。


 これで美味いワインも手に入ったし、供給についてもこれからどんどん増やしていけそうだ。

 あとはワイナースに何人か人をつけて、ワイン造りの技術を盗ませれば良いだろう。

 畑についても、森を開拓すれば土地なんぞいくらでもある。

 日照や雨量、気候の問題もあるだろうけど、それは今後ワイナースと相談しながら研究していけばいい。


 ともあれ、これは大きな一歩である。


 意気揚々と城の扉をくぐり抜け、執務室へと歩いていく。

 夜もかなり更けてかなり肌寒くなってきた。

 多少酔っているからか、そこまで寒く感じないが、早めに帰って熱い風呂でも入ったほうが良いだろう。


 ……そういえば、何か忘れている気がする。

 何だっけ?


 悩みつつ執務室の扉を開けたとき、それを思い出した。


「シャルニーア様、ご機嫌でございますね」


 執務室の中央に腕を組んだまま仁王立ちしているアイシャがいた。


 しまったぁ!? すっかり忘れていた。

 アイシャを待っていたんだっけ。


「あら、顔が多少赤いですね。しかも何やら妙にお酒臭い」

「あっ、いやこれはあのその……」

「中庭で待つ、とありましたから、中庭へ行って見たのですがどこにもお姿が見えませんでした。村の屋敷に跳んでも戻られておりませんでしたし、もしかすると誰かに攫われたのでは、と慌ててシレイユさんやその他たくさんの人に、街中を探し回って頂いたのですよ?」

「うっ……」

「魔術感知を使ってもシャルニーア様の反応も無く、もしや既に遠くまで攫われたかと、これから大陸中の町を跳びまわろうかと思い、執務室へ戻ってきた矢先……」


 魔術感知に反応がなかったのは、おそらくワイナースが張り巡らせている何らかの結界で弾かれていたのだろう。

 俺の魔術障壁も一瞬で消されたし、あいつは魔術を無効化させる何らかの術を持っていると思う。

 ちなみに執務室の隣の部屋に、転移の魔方陣が描かれている部屋がある。


「真っ赤な顔をして酔っ払いながら戻ってくるとは、どれほど心配かけさせたとお思いですか?」

「……ごめんなさい」


 そのまま彼女は俺の近くに来たかと思うと、一発平手で頬を殴られた。

 ぱしーん、といい音が部屋に響く。


 いってぇ?!


 確かに何も言わずに消えたのは俺が悪いと思う。

 が、あれは不可抗力だ。

 いきなり穴に落ちて吸血鬼と会って、更にその吸血鬼が造ったワインがとても美味くて、ついスカウトしてしまった、なんて事態想定できるかよ!

 そう抗議しようとした時、アイシャが突然俺を抱きしめてきた。


「……シャルニーア様、どれほど私が心配したか本当に分かっておりますか?」


 搾り出したようなアイシャの声は、涙ぐんでいた。


 って、ええ?! ど、どうしたんだ? あのアイシャが泣いている??

 ど、どうやって慰めよう? というか泣いている女の子の扱い方なんて、俺知らんぞ?!

 彼女いない暦=年齢の俺にはハードルが富士山くらい高いよ!

 あ、甘いもの食べさせたらいいのか? 面白い話しをして場を和ませればいいのか?


 混乱した俺は取り合えずその場を逃げようとする。

 ……しかし、がっしりアイシャにホールドされて身動きが出来なかった。



「……もう……これっきりに……してください」



 囁くようなアイシャのか細い声が耳に届くと、突然頭の中が冷静になる。


 そういやアイシャに魔術をぶっ放されたのはよくあるけど、殴られたのは初めてだ。

 これは思いっきり心配かけさせたのか。


「……はい、心配かけてごめんなさい」

「約束、しました、からね」


 アイシャは俺を抱きしめたまま、声を押し殺して泣いていた。




 これは十七歳の小娘に翻弄される元三十五歳のおっさんの物語である。




「罰として、一年間解毒のネックレスをつけてもらいます」

「ちょっ?! そ、それだけはカンベンしてくれ! いやホントマジで!!」





珍しい展開になってしまいました。

たまにはこんなのも書いてみたかったので……。


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