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第十話

 ちゅんちゅん。


 小鳥達のさえずる音が、窓の外から聞こえてきた。

 やっと朝か。

 俺はベッドを抜け出し、窓を全開にする。

 朝日が眩しい。太陽が黄色く見えるのは久々な気がする。

 大きく伸びをしながら、新鮮な空気を身体に取り込む。

 それなりに目立ってきた胸が、麻でできているパジャマにくっきりと浮かび上がった。


 ……自分の身体じゃなければ目の眼福なんだけどな。


 窓のすぐ近くには一本の木が生えていて、その枝には先ほどさえずっていた小鳥たちが、こちらを不思議そうに見ていた。

 何となく手を伸ばすと、怖いという感情がないのか、無用心に俺の手をつんつんとつついてくる。


 ……からあげにしたら美味そうだな、何てことは思ったりしてないからな?


 全く関係ないけど、俺はレモンはかけない派だ、

 塩コショウを軽くつけて、酒のつまみにするのが正義だ。

 異論は認める。


 手は小鳥たちに預けたまま、顔を川を挟んだ向かい側にある、戦乱の闇の森へと動かす。

 ここからでも良く見えるくらい近いが、既にあの辺り一帯のゴーストは全て退治した。

 そのおかげか野生の動物なども、この小鳥のように徐々に増えてきたのだ。

 また少しずつ大型の動物も現れるようになり、それらを狩ることで貴重な肉も採れるようになった。


 随分と進歩したな。


 ここに赴任して三年近くが経ったが、当初の頃に比べると随分と発展したものだ。

 住民の数も既に三百人になっている。

 感慨深いぜ。


 今だ俺の指をつついてくる小鳥の頭を軽く撫でると、調子にのったのか、俺の腕に飛び乗ってきた。

 俺って鷹匠の才能あるんじゃね?


 小鳥の頭を撫でながら、今度は屋敷の前にある道路を挟んだ先、川の方面へと顔を動かす。

 あの辺りは全て畑になっていて、朝日が昇って僅かだというのに、既に村人たちが何人も畑仕事に精を出している姿が見えた。

 農作物もたくさん収穫できるようになり、毎日採れたての芋や野菜類が我が家に届けられている。

 米もまだまだ少ないものの、収穫できるようになってきた。

 採れたての芋や野菜で作るカレーが美味いのなんのって。

 レイラのレストランでも一番人気である。


 俺が窓から外を眺めているのに気がついた男たちが、手を振ってきた。

 「シャルニーア様、おはようございます」、なんて言葉が耳に届いてくる。

 あの距離でも、しっかり聞こえる俺の耳は高性能だね。

 軽く手を振ってやると、男たちは俄然やる気を出したのか、勢いよく鍬を振り始めた。


 ……単純だな。

 いや気持ちは分かるけどさ。


 農作業を眺めながら、小鳥に指先を啄まれているとドアがノックされた。

 アイシャか。

 小鳥が乗っている腕を上げて放ってやる。そのまま小鳥にも手を振った後、俺は窓を閉めた。


「アイシャですか? 入ってもいいですよ」


 がちゃり、とドアの開けられる音と共に、メイド服のアイシャが部屋に入ってきた。

 アイシャも既に十七歳。少女の域から女性へと変化し始めてきている。

 随分と雰囲気も大人っぽくなった。ただし、凹凸は変わらないのが非常に残念なことだが。

 もはや成長期も終わっているし、これ以上の凹凸は望めないだろう。

 最近アイシャの俺の胸を見る目線がきつくなったのは、多少優越感を感じるが、元おっさんとしては複雑である。


「シャルニーア様、おはようございます。そして、お誕生日おめでとうございます」

「おはよう、アイシャ。ありがとうございます」

「……目が赤いですよ? いかがなされました?」


 興奮して寝付けられなかった、なんて事言えない。

 修学旅行前日の小学生か、俺は?!

 しかしそれも仕方あるまい。なんせ今日は俺の十三歳の誕生日である。


 十三歳。なんという甘い響き。


 いや、そっちの意味じゃなくて、これで名実ともに大人になったのだ。

 そう、大人になったのだ。

 重要な事だからもう一度言おう。



 大人になったのだ。



「アイシャ、お酒持ってきてください」


 そうなのだ、ようやくこれで酒が解禁なのである!

 もう昨晩からずっと、楽しみで楽しみで寝付けられなかったのだ。

 今度こそ夜が明けるまで飲み明かせるのだ。

 酒のない生活など、具のないカレーだ、ネタの乗っていないスシだ、肉抜きの牛丼だ!


 だか俺の迸る熱いパトスをアイシャは、あろうことか一刀両断にしてきた。


「ありません」

「なっ?!」

「この屋敷にいる人は全員お酒は飲みませんから、買っていませんよ」


 そ、そんな馬鹿なっ?!

 この屋敷にいる連中は全員十三歳以上である。

 一人くらいは飲んでいる奴もいると思ったのに、誰一人として酒を飲まないだと?

 そんな事がありえるのか?

 こいつら何を生きがいにしているのだろうか?


 まあいい。

 俺の仕事場である、廃都改め鉱山の都ハル。

 人口二十万人を誇る、ファンドル王国でも大規模な街。

 俺がまさしくゴーストタウンとなっていたハルから、ゴーストを退治したのは一年半前の事だ。

 そこから街の整備に半年をかけ、そして一年が経過した。

 今では二十万人にも及ぶたくさんの人が集まり、そして今でもどんどんと増え続けている。

 おかげで仕事は、もう嫌というほどたくさんある。

 メインである鉱山関係の仕事から、二十万人を維持するための衣食住、病院や交通施設だっている。息抜きのために娯楽施設、子供もいるだろうから教育施設も必要だ。

 また、急激に発展しているからか、治安はすこぶる悪い。

 多少のことならばシレイユや部下十名、アイシャだけで事足りるが、さすがに二十万人規模の街を守るには、とても数が足りない。

 軍は生産性が無い、すなわち金を落さないから今まで敬遠していたけど、そろそろ作る必要があるだろう。

 まだまだ仕事は山ほどある。人材はいくらいても足りないくらいだ。

 シレイユやアイシャの元学友も、どんどん起用しないといけないだろう。


 おっと思考が逸れたけど、ハルは鉱山の都だ。

 鉱山といえば荒くれの男たちがたくさんいる。

 もちろん酒場など腐るほどあるだろう。

 今日はそっちで飲むか。


「ではハルでお酒を買いましょう」

「朝からお酒など、どんなダメ領主ですか」

「ダメでもいい、たくましく育ってくれ」

「意味が分かりません。不許可です。そもそもハルには酒場など殆どありませんよ」

「なんだとっ?!」

「食料が圧倒的に足りません。そっちを優先しているので、娯楽とされるものは後回しになっています」


 そ、そんな馬鹿な……。

 では俺はこの先何を楽しみに生きていけば良いと言うのだ?


「お酒より今日もお仕事です。早く準備してハルへいきますよ」

「そ、そもそも私、今日誕生日なんですよっ?! 十三歳なんですよ! 本来であれば大々的にお祝いする日じゃないですかっ!!」


 十三歳から大人になる。

 このため、誰でも十三歳になれば祝うのが普通だ。


「先ほど、お誕生日おめでとうございます、とお祝いしたではありませんか」

「それだけっ?! 言葉のお祝いだけじゃなくて、他にもっとこう、何かありますよねっ?」

「つべこべ言わずに早く着替えて、ハルにいきますよ? シレイユさんが首を長くして待っておりますから」

「そ、そんなぁ…………」


 あまりの衝撃に呆然となった俺を、アイシャは適当に着替えさせた後、問答無用で転移付与魔術を使い、鉱山の都ハルへと跳んだのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ハルにある皇帝が住んでいた城、この二階の奥に執務室がある。

 その前に直接転移してきた俺とアイシャは、部屋のドアを開けた。

 かなり広い室内である。

 さすが元大陸最大国の帝都、皇帝が住んでいた居城だ。

 執務室ですら、学校の教室以上の広さがある。

 左右の壁には一面本棚が並んでいて、ドアの左手には大きなテーブルと椅子が四脚設置されている。

 部屋の奥の壁には、額縁がいくつも飾られていた。

 元々は歴代皇帝の絵が飾られていたそうだが、全て撤去して今は額縁だけという寂しい状況になっている。

 そして重厚な机と大きな回転する椅子。今の屋敷から持ってきた調度品であり、これが俺の席である。

 机の後ろの壁には大きな窓が備え付けられていて、日が差し込み部屋の中を明るく照らしていた。

 また手前右側には、四つほどの机と椅子が並んでいて、その一番奥にはシレイユがたくさんの資料に囲まれながら、忙しそうに手を動かしていた。


「あれ? シャルニーア様、目が赤いよ、どうしたんだい?」


 俺たちが入ってきたのに気がついたシレイユが、こちらへと顔を向けると開口一番にそう言ってきた。


「おはようございます、シレイユ。今日の私は絶望感に打ち拉がれているので、このまま帰っていいですか?」

「だめだめ、印を押さなきゃいけない資料がたくさんあるんだから。はいこれ、誕生日プレゼント」


 そう言ったシレイユは、羊皮紙の束を俺に手渡す。

 うげぇ。またこんな大量にもってきやがって。


「シレイユ、お前もかっ! ……生きるって辛いですね」

「あははは、先にアイシャに何かやられたのか。でもシャルニーア様には、まだそんなセリフを言うには早すぎるよ」

「十三年も生きていればわかります」


 生前を加算すれば、もう四十八年だ。十分分かるさ。

 がっくりと肩を落としながら自分の椅子に座る。

 アイシャはそれを見守ると、部屋の外へと歩いていった。


「ではシャルニーア様、私は街の巡回に行ってまいりますので」

「おう、アイシャ。頼んだ」

「行ってらっしゃい。お土産はお酒でお願いします」

「お酒の代わりに、何か甘いものでも買ってきますよ」


 そう言ってアイシャは出て行った。

 甘いものより辛口の酒が飲みたい。

 ……はぁ……仕事するか。


 俺は机の上に置いてある朝食を食べながら、羊皮紙を読んで判子を押していったのだった。




「ただいま戻りました」

「お帰りなさい」

「おかえりー、どうだった?」


 時刻は既に夜。

 今日も一日中執務室で羊皮紙の束と戦い暮れた日だった。

 誕生日がもうすぐ過ぎてしまう。


「いつもの通り、あちこちでいざこざが多発しておりました。そろそろ真面目に衛兵なりを雇う必要がありますね」

「確かにな。ただ、あまり大人数だと金がないぞ」

「それも困り者ですね、あまり鉱石を掘っても市場の値が下がってしまいますし、かと言って掘らないと、食料を買うことすら維持できません」

「鉱山以外にも何か金儲けできるもの要るよな」

「物品税だけでなく、やはり住民税なり鉱山利用税なりを徴収したほうが良いのではないでしょうか」

「それだと人数が集まらなくなる。その辺りはもっと増えてから取りたい」

「やはりハルしか街が無いのが痛いですね。分散して五万人ずつ四つほど町があれば良いのですけど」

「ここしか今のうちには魅力が無いんだ。他に町を作ったとしても誰もいかないだろ」

「せめてもう少しいざこざが少なくなればいいのですけど……」


 アイシャとシレイユは二人で考え込んでいる。

 俺はそんな二人の会話には参加せず、今だ羊皮紙とにらめっこの途中だ。

 というか何をそこまで悩む必要があるのだろうか?


「罰則を設けたらどうですか?」

「罰則?」

「喧嘩をすれば誰であろうが、どのような理由だろうが平等に銀貨五枚を徴収です。払えないものは、この街から出て行ってもらいましょう」


 喧嘩両成敗だ。

 今はいざこざが起こると、アイシャやシレイユが駆けつけて、互いの理由を聞いてからどうするか、その場で判断している。

 基本的には厳重注意で、即開放が殆どである。

 それだと時間がかかるし、結局人手が足りなくなるし、そいつらは翌日また喧嘩を始める。


「互いに不満があるのなら、喧嘩する前に私のところへ来るように周知しましょう。私がそれを判断しますから」


 いわば簡易裁判所だ。

 でも、誰だって領主にそんな話しをしにいくのは面倒だし、ある意味怖いだろう。

 だからそこまで来る人はいないはずだ。


「それと、入場制限はかけましょう。今のうちの警備はざるです。他国や他領の間者は、きっとそこいら中にいますよ。わざと暴動や扇動を起こし邪魔しているのが主な原因の一つではないですか?」

「確かにニッチハイン聖国やファーライン伯爵の間者なら、たくさんいると思うけどさ。それだとせっかく集まった人数が減らないか?」

「別に減ってもいいですよ。急激に増えたのが原因なのですから、ここでふるい落としをかけましょう」


 ニッチハインもファーライン伯爵も、元々は鉄関係で儲けていたところだ。

 ところがいきなりうちが、そこへ入り込んで安く鉄を売り始めたから、かなりの大打撃を被ったはず。

 うちを憎んで、邪魔しにくるのはある意味当然だろうな。

 来るものは拒まず精神ではなく、しっかり入場時に身分を確認するようにすれば、多少は喧嘩も減るはずだ。


「シレイユやアイシャは急いで発展させようとしていますけど、私は急いではいません。十年かけて成長すればいいのですよ」

「しかしそれだと、他国や他領から経済戦争を仕掛けられたら、その時点で詰みだ。今のうちは食料を抑えられただけで壊滅する」

「発想が逆ですよ。少ない人数にすることで、必要となる食料も少なくなります。そもそも鉱山系の仕事がしっかり回る程度の人数で良いのです。それなら一万人も必要ないですし、その人数なら村から採れる作物だけで、かなりの食料を賄えるでしょう」


 人口を増やすことで物の量も増えるし、物品税一本のうちの税収が増えるのは分かる。

 でもその弊害が大きすぎる。

 身の丈にあった成長をすればいいんだ。


「それに経済戦争を仕掛ける事は、一つの領主だけでは出来ません。回り全員が協力して封鎖するくらいでないと、効果は薄いはずです。また万が一それを仕掛けられたら、私が直接出向いて、きちんとお話し合い・・・・・をすれば解決できますよ」


 二人は俺を見た後、互いに苦笑いをした。


「シャルニーア様……意外と考えておられたのですね」

「意外って、酷いですよ!」

「一万人の件は、今更遅いですけど、罰則については明朝からすぐ取り掛かれますね」

「それと領主がいざこざを判断する、ってのも良い案だね。それだけで萎縮効果があるだろう」

「では二人ともお願いします」


 そして俺は再び羊皮紙とにらめっこを続けようとした時、二人してシャルニーア様、と声をかけてきた。

 何だこいつら? 何かあるのか?


「……どうしたのですか?」


 二人は部屋にある棚の中から瓶を一本とグラスを一個取り出して、俺に差し出してきた。


「「シャルニーア様、お誕生日おめでとう!!」」

「……ありがとうございます。これなんですか?」

「王都でも滅多に買えない最高級のお酒です」


 アイシャが普段と変わらない声で、そう伝えてきた。

 黒く光る瓶の中には、何かの液体で満たされていて、ラベルには王国暦三百九十七年産と書かれていた。

 今年は四百八年だから、十一年前に造られたものだな。


 でも最高級の酒?

 アイシャがわざわざ用意した?


 ……まっさかぁ。


 そんな事ある訳ねーよな。

 絶対なんかあるだろ、これ。

 実は蓋を開けたら中身は百%野菜ジュースでした、これでも飲んでより健康になってください、何てことも普通に考えられる。


「……本当に? 中は単なる果実ジュースじゃないのですか?」

「シャルニーア様が捻くれてるよ。アイシャ、いじめすぎじゃないのか?」

「とんでもありません、いじめるなどど……人聞きの悪い。からかっているだけです」

「なお悪いわっ!」

「シャルニーア様も私のような子になれば、誰からも愛される少女になれますよ。……自信はありませんけど」

「ないなら言うなよっ!!」

「シャルニーア様、落ち付いて、どうどう」

「俺は馬じゃねーよ!!! がるるるるるる」


 このメイドいつか決着をつける必要がある。


 シレイユは瓶の蓋を慣れた手つきで開け、中に入っている液体をグラスへと注いだ。

 透明な液体がグラスへ落ちるごとに、アルコールの匂いが俺の鼻腔をくすぐる。


 これ、本物の酒じゃないか!


「さあどうぞ、シャルニーア様」


 並々と注がれたグラスを俺に差し出してくるシレイユ。思わず喉がごくりとなる。


「い、いただきます……」


 鼻に近づけると、上品な香りと共にアルコールの匂いが漂う。

 どきどきしながらグラスに口をつけ、少しだけ傾けて飲もうとした……瞬間「分解」という声と共に、口に入った酒が一瞬で水へと変化した。


「…………」


 声の主のほうへと視線を動かすと、指をくるくる回しながら魔方陣を空に描いている美少女が、邪気のない笑みを浮かべていた。

 再び口に入れようとグラスを傾けた直後、またもや「分解」と声が鳴り響き、酒が水へと変わる。


「……アイシャ」

「すみません、つい」

「つい、じゃねーよ!! 何だよこれ! 新手のいじめかよ!!」


 これじゃ、あのアルコールすら分解するネックレスをつけているのと一緒じゃねーか。

 シレイユへ視線を動かすと、彼女は分かった、と目で合図をしてアイシャの魔術のジャミングを始める。

 二人の間にある空間に、ぱちっと火花が飛び散った。

 シレイユの魔術はかなりの腕前だ。

 あまり使う事は無いけど、攻撃魔術は正直派手である。さすが元魔術騎士団だ。

 いくら魔術の天才アイシャでも、簡単にはシレイユのジャミングを掻い潜って、酒を中和させることは出来ないだろう。


 よし、この隙に!


 グラスに入っている酒を口に少量含み、そしてそれを飲み込んだ。

 直後、むせた。


「げほっげほっ、ごほっ!」

「その酒は度数が四十%くらいあるし、落ち着いて少しずつ味わって飲んでくれ」


 呆れたような声のシレイユ。

 一応初めての酒で四十%もの度数の高いものを買ってくるなよ!

 って違う。

 俺は四十%程度の酒なら、ストレートで飲める。ウィスキーと同じくらいだしな。

 水割りやロックもいいが、やはりストレートだ。

 ゆっくり二十分くらいかけて、一杯を飲むのだ。

 香りを楽しみ、口の中に広がる芳香と深い味わいを楽しみ、喉を通っていき胃に到達するきついアルコールを楽しむ。

 そして身体の心から徐々に熱くなり、酔いしれていく感覚がたまらない。

 その後、ソーダ水を飲んで一度リセットさせてから、再びこれを繰り返すのだ。


 ……そうじゃなくて!

 俺がむせた理由は単純。



 思いっきりまずい!



 なんだこりゃ?!

 生前の数百円で飲める安酒よりもまずいぞ?!

 これが最高級品なのか?

 香りは上品すぎるがまあいい、それよりも味わいだ。アンバランスなのである。

 例えるなら、甘すぎるシュークリームのなかに、梅干しが入っているような感じ。


「シレイユ、これが最高級品なのですか?」

「そうだよ。やはり初めてだと、酒は飲み難いか?」

「……いえ、まずかったもので」

「あはははは、やっぱりシャルニーア様もまだ子供だなぁ。これの美味さが分からないなんて」

「……子供。ぷぷっ」

「アイシャは黙って!」


 ちょっとイラっときた。


 でも何となく分かった。

 この世界の蒸留技術が低いのだ。

 俺が生前飲んでいたのは、日本の技術力の高いメーカのウィスキーや日本酒である。

 絶妙なバランスで作られているものだ。

 サン○リーなんて、千五百円くらいでとても美味いウィスキーを出せるほど、完成された技術力を持っている。

 そりゃそれと比べれば味が落ちるのは仕方あるまい。

 ならば俺はどうするべきか?


 それはこのハルの街で酒造りしかあるまい!

 鉱脈に続くもの、それは酒である!

 うむ、そうしよう、明日からすぐしよう。


「アイシャ、シレイユ。私は明日からお酒を作ります。このハルを大陸一のお酒の名産地にしましょう!」

「え? 突然どうしたんだい?」

「鉱脈に続くものです! シレイユに本当のお酒はどんなものか、絶対飲ませて見せます!」

「あ、ああ。ちゃんと仕事をしてくれればいいけど、出来るのか?」

「もちろんです! 燃えてきました!!」




 これは十七歳の小娘に翻弄される元三十五歳のおっさんの物語である。




「子供……ぷーくすくす」

「いつまで笑ってやがるんだ!!」






誤字修正しました。

若干ですが文の修正行いました。


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