桜の木のしたで
あの桜の木のしたで
あなたと過ごしたあの時を
胸に抱いて
生きていきます
あなたと出逢ったのは
いくつのときだったでしょうか
あなたは18歳だと言いました
私は…永く生きております故
覚えておりません
会いたくて会いたくて
駆け抜けた
あの陽のあたる道を
隅に植えられた桜の木のしたで
あなたと会えた喜びを
噛み締めていました
あなたは歳をとりました
しわが増え
腰が曲がりました
そんなあなたが愛おしくて
私の見た目は変わりません
同じ月日を生きてきたのに
私は変わらぬままでした
『愛おしいよ
今までありがとう
先に歳をとってしまったね』
あなたの最期の時
桜の季節ではなかったけれど
最期にあなたに見せたくて
咲かせました
『生まれ変わったら
また君を迎えに行くよ
あの桜の木のしたで
また出逢おう
またすぐに逢えるから』
あなたは動かなくなりました
人の死を
こんなに悔やんだことは
ありませんでした
何故人は
こんなにも儚いのでしょうか
待ってます
私は
いつまでも
月日はめぐりました
何度目の春でしょうか
数え切れませんでした
街の様子はすっかり変わりました
あの桜の木のしたで
ずっと
ずっと
待っていました
まだ桜は蕾です
木の上であなたを待っていました
桜の木のしたに
私たちが出逢ったころの
年頃の男女が座っています
恋人同士なのでしょうか
恥ずかしいのでしょうか
なかなか手も繋げません
私はふぅっと一息
風を吹かせて
手と手を触れさせました
ただの気まぐれ
自分たちに
重ねてしまったのでしょうか
頬を赤らめる若者は
私の頬をも染めました
二人はこれから
同じ時を生き
一緒に歳をとり
一緒に最期の時を
過ごすのでしょう
向こうでも
同じ時を過ごすのでしょう
私には…
私には叶わないのです
人と妖では
生きる時間が違うのです
あなたの一生は
私にとっての一瞬でした
あなたと一緒に
歳をとることも
最期の時を過ごすことも
向こうに行くことも
できないのです
あれから私は一人になりました
ずっとあなたを待っていました
時には
なかなか迎えに来ないあなたに
腹を立てたり
悲しくなったり
寂しくなったりしました
私だけが…
私だけが…
いつも思っていました
私はなんて阿呆なのでしょうか
一人になったのは
あなたも同じだったのに
辛いのは
あなたも同じだったのに
私はまた
あなたを
一人にしてしまうのでしょうか
この桜の木のしたで出逢っても
あなたと
同じ時を生きることは
叶いません
またあなただけが
歳をとり
一人で逝ってしまうのでしょう
もう…
あなたを一人にさせたくない
寂しい思いをさせたくないのです
わたしはあなたに
愛する人と
同じ時を生き
一緒に歳をとり
一緒に最期の時を
過ごしてほしい
それが私の幸せです
あなたの為に
あなたたちの為に
私は桜を咲かせましょう
私はここで
あなたの幸せを祈ります
この桜を
立派に咲かせてみせましょう
たまに
見に来てくださいね
あなたたちの為に
咲かせるのですから
『桜だ…
あれ、君
どこかで…
逢ったことある…?』
やっと迎えに来てくれたね
何年、何百年
待ったことでしょう
でも
『…さよなら』
声にならない呟きとともに
桜吹雪に身を隠しました
そう…これでいいの…
さよなら
大好きなあなた