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【前篇】

「たたかえ、女子高生」の対です。読まなくても、大丈夫と言えば大丈夫です。

 僕、北原 優治まさつぐ26歳独身、職業社長秘書は焦っている。

 落ち着かない気持ちを鎮めようと、深呼吸して目をつぶった。

 まだ夜明け前の静寂を、自分の動悸が乱しているようだ。

 逡巡の後、汗のにじむ手を伸ばして、僕は、彼女に電話した。


 今年の春、僕は結婚するはずだった。

 相手は幼馴染であり、僕の上司のご令嬢でもある、櫻 百合。

 曾祖父の代から親交を深めてきた両家悲願の縁談だった。

 櫻家はいわゆる旧家で、財政界に顔の利く少しおっかない家系だ。

 僕の家、北原は戦前からの政治一家。まあ、中身は薄っぺらいんだけど。

 北原家次男の僕と三歳年下の櫻家長女が生まれた瞬間から、僕らの運命は決められていたといっても過言ではない。僕は幼少のころから櫻家に預けられることも多く、確実におじさんの後継者として育てられてきた。そして、大学卒業後もおじさんの秘書として研鑽してきた。


 まあ、簡単にご破算になったわけだけれど。 


 花嫁が結婚当日に失踪する、というなんともドラマチックな結末である。


 だって、しょうがないだろう? 彼女には高校生のころから心に決めた青年がいたのだから。

 相手は彼女の父親の会社に勤める営業職の社員だ。

 彼女がどこでどうやって彼と知り合ったのかを教えてはくれることはなかったが、ずっとその恋心をあたためて、折々にアプローチを続けてきたことを、僕は知っている。

 子どもの戯言と告白を流されて、涙をこらえる彼女の姿を何度見たことか……。

 

 ならば、彼女の幼馴染である僕は、この恋を応援してしかるべきだろう?


 ということで、僕らは彼女の意中の青年に、彼女の気持ちが冗談でも、気の迷いでもないことを知らしめるため、この計画を立案、実行した。

 ちなみに参考図書は、花咲はなさきみどり先生の『いつでもあなたを』である。

 恋をしたのは、いつもそばにいるあなたでした……。という、身分違いの恋を描いた少女漫画だ。現在11巻まで発刊中。


 しかし、現実はそううまくはいかないものだね。

 彼の海外赴任先に大荷物を持って登場した百合の姿は、彼にトラウマ級の衝撃を与えたらしい。

 雇い主の令嬢がすべてを投げうって転がり込んだ、って結構グッとくるシチュエーションじゃないのかな?

 帰ってほしい、一辺倒の彼と、テコでも動くものかの彼女の押し問答はまだ現在も続いている。


 もういい加減折れてもいいと思うのだけれど……。



 話を戻そう。



 かくして、僕は花嫁に逃げられた花婿として醜聞をさらすはずだった。


 花嫁の部屋にあった書置きを手に、これから起こるであろう騒動に胸をときめかせていた。

 薄々気づかれているだろうか、僕は生来の享楽主義者なのである。


 因果応報。


 僕はこの後の行動を、いま、死ぬほど後悔している。


 書置きを読んだ僕の両親と彼女の両親は、視線を宙に泳がせて慌て始めた。

 なんて面白い! 僕は苦悩の仮面をかぶって、内心クツクツと笑って、事の成り行きを見守っていた。

 百合は朝一の便で海外に飛んでいる。

 もう、どうあったって結婚式を中止にせざるを得ないのである。


 かすれた声を装いつつ、事情を説明して頭を下げてくると宣言した僕に、彼女の母親が待ったをかけるまでは、そう思っていた。


 そうして現れたのが、君だった。

 櫻 千佳。


 まだ中学生の制服を着た少女が、百合の代わりに花嫁衣装を着ると言う。


 なんて荒唐無稽な話だ!

 その時受けた衝撃といったら、なかった。

 ふきださなかった自分をほめてやりたいよ。


 そして、全力で首を横に振る君を見て、僕は決心した。

 この茶番は一見の価値ありだ!


 膝をついて、頭を床につけ、僕は懇願した。

 この時間だけでいい、百合の代わりをしてくれないか、と。

 土下座である。

 僕は自分が楽しむためなら意地もプライドも平気で捨てられる類の人間だ!


 正直まだまだ中学生。君は、大の大人の土下座を目の当たりにして、狼狽し、しぶしぶながらもうなずいた。

 少し、君の将来が心配になった瞬間でもある……。


 式の最中の君は、終始落ち着きがなく目が泳いでいて、僕を楽しませてくれた。

 バレちゃうよ、バレちゃうよ、って小さくつぶやいていたけれど、本当にそんなのは杞憂だったんだよ。

 君たちを見分けられる人間が、あの時、何人いたと思う?

 

 ああ、君の将来が心配だな。


 さて、結婚式をやりすごしても、百合がいないことはいつかは知れる。

 百合からの決別の電話を受けた櫻家が、いずれ破談を申し入れてくるだろうと僕は考えていた。

 僕は数カ月ほど百合を探すふりをして、それを待つことにしたのだが、今度は北原家から待ったが入った。


 選挙戦が近いので、醜聞はごめんだというのである。


 いっそ、落選してしまえと思う僕をよそに、話は妙な方に進んで行った。

 千佳を新居に住まわせてお茶を濁そうというのだ。


 もう一度、言おう。

 僕は自分が楽しむためなら意地もプライドも平気で捨てられる類の人間だ!


 かくして、二度目の土下座である。



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