第6話 No.18 Exit
第6話 No.18 Exit
愛は梅田の地下街を文字通り漂っていた。それでも、なんとか自制心を取り戻そうとして、予約を入れておいたホテルにチェックインした。19時まで時間は4時間あった。部屋でもう一度ホームページにあった番号にかけてみたが結果は同じだった。
18時にホテルを出て、観覧車が屋上で回っているビルの中でイタ飯レストランに入った。
愛は史也が好きだった、ミートソーススパゲティを食べた。
〜…色々食べたけど、やっぱりミートソースがいい。ミートソースだけでもいけるよ…〜
「お子様ね。」
口に出したら、ミートソースにしずくが落ちた。幾つも幾つも落ちていった。
向かい側の黒いTシャツにジーンズの女性が、愛を見ているのに気づいた。
慌てハンカチを取り出して、涙を押さえた。目を上げて鼻をすすりながら見ると、愛は目の前に飛び込んで来た文字を、まじまじと見つめた。
「大丈夫?。」
Tシャツの女性が心配そうに覗き込んでいた。彼女のTシャツのNo.18 Exitという文字が目の前に有り、その下にあのマークが。
日本列島の上の台風。
「…み…宮村さん?ですか?。」
女性は目を見開いた。
「えっ?。待って、あなた、タイフーンアイに?。」
「そうです…阿部史也は私の大切な人でした。」
「愛さんの?。」
今度は愛が目を見開いた。
「どうして私の名前を?。」
女性は半ば体を引いて聞き返した。
「あなた、愛さんなの?。」
「そうです。大阪の史也の事が知りたくて…。」
女性は明らかに、うろたえていた。振り向いて、一緒に来ていた女性を呼んだ。
「愛さんの彼女が。しょうこさん…。」
翔子と呼ばれた女性は、ゆっくりと立って愛の席にやってきた。
丸顔にショートカットが似合っていた。大きな丸い目で愛を優しく見つめた。
「どうやって、ここにたどり着いたか判らないけど。たいへんだった事はわかるわ。きっと、あなたが泣いたから史也君が諦めて会わせたのね…。」
「…教えてください。史也の事を。」
「ここでは話せないから、タイフーンアイにくる?。」
宮村理彩が慌てふためいた。
「待って、翔子さん。教えていいの?。駄目よ。」
浅生翔子はなだめるように理彩を見た。
「理彩さん。普通の女の子がタイフーンアイにたどり着くために、どれだけの事をしてきたと思う?。最後の18番出口までたどり着いた人を追い返しちゃだめよ。」
「でも…。」
不満そうな理彩から翔子は愛に向き直った。
「史也君の事。どんな事を聞かされても耐えられる覚悟はしてきたのよね?。」
「…はい…。」
愛は顔を上げて答えた。翔子は軽く頷いた。
「じゃあ、いきましょ。私は全ての責めを負う覚悟で、あなたをタイフーンアイに案内します。それで承知してもらえない?。理彩さん?。」
嫌だとは言わせないわよと言う目を理彩に向けた。
「逃げられないって事?。私は仕事するのよ。お店で。」
「他でやれる?。」
「絶対無理。」
理彩は顔に手をあてて愛の隣りの椅子に座り込んだ。
観覧車のビルを出て3人は歩き始めた。
翔子さんは愛の手をしっかり握っていてくれた。肩までのショートヘアにベージュのカーディガンをはおり、赤白のマリンルックの胸元には黒のキャミが覗き、ティファニーで見た事のあるネックレスがその上にあった。ボトムはエビスのデニムに、ビリケンの茶色い革のサンダルを履いていた。
172Cmの愛からすると、160Cmくらいの小柄に見えた。丸顔で目が大きく、インド系の顔立ちに見えた。指輪を右手の薬指にしているので、結婚はしていないようだ。30代に見えた。理彩さんは髪をうしろで2つに分けて縛っていた。小顔で均整のとれた美人だった。タイフーンアイのTシャツの下は、リーバイスを履き、靴はニューバランスのスニーカー。
ロックバンドのボーカルのようなイメージを発していた。背丈は愛と同じくらい。少し意気消沈した感じで後ろをついてきた。
信号をぎょうざ甲子園の方に渡って左に向かい、パチンコ屋の前を抜け、新御堂筋線をツタヤの方に渡り、ツタヤの右手の路地を入っていった。揚子江ラーメンの所を右に曲がって、ジャンボカラオケの横の路地を入った。そこから細い入口を入ってゆくと、鏡張りのエレベーターがあり、4階に上って出ると、左手の壁に日本列島と台風のマークが見えた。
しかし、それは立体的になっていて、台風はグラスファイバーのようなもので作られていて、ゆっくりと回っていた。
理彩がリーバイスのポケットからキーを出してドアを開けた。
「看板、切り忘れてた。ずっと回ってたみたい。」
そう言いながら理彩は中に入って明かりがつき、声が聞こえた。
「どうぞ。入って。ドアは閉めてくれる?。」
愛はタイフーンアイに足を踏み入れた。
ーつづく