第5話 18番出口
第5話 18番出口
次の土曜日。
愛は大阪に向かった。250ccのホンダを岐阜駅の駐輪場に240円で入れて、音楽堂の前に出る階段を登る。自由書房の横を抜けてエスカレーターを上がる。右に行って、コインロッカーにヘルメットを入れる。それは史也が車を買う前の2人のルートだった。名古屋まで450円。自動改札を抜け、2つ階段を上がって、一番ホームへ。
区間快速でドアに立ち、岐阜城を見送った。史也は言った事がある。
……斎藤道三の時代から、この岐阜城の金華山と鷺山と空の風景は変わらないんだよ。道三や信長や秀吉も、この風景を見てたんだ……。
岐阜城が後ろに消えると、笠松競馬の厩舎が見えてくる。2人は馬場に馬を見つけると
「いる。いる。」
と言いあった。今日は馬場に馬は見えなかった。一宮で停車すると、車内は混み合ってくる。清洲城やパロマの工場を過ぎ、名鉄病院をこえると、区間快速は名古屋駅にすべりこんだ。ホームを右に行って階段を下りる。いつもは右の改札を出て名古屋の街に出る。今日は左に登って、地下通路を行き止まりまで歩く。自動券売機で新大阪までのグリーン券を買った。自由席や指定席は相席になる。愛は独りでいたかった。11時55分ののぞみに乗る前に、飛騨牛弁当と静岡茶を買う。何年か前、大阪の海遊館に行った時、史也が食べた昼ご飯。新大阪に着くと、JR在来線に乗り継ぎせずに改札を出てしまう。史也は何故か地下鉄御堂筋線に乗っていた。史也が大阪に行ったあと、車のダッシュボードに、地下鉄の1日乗車券が必ず載っていた。愛が尋ねると、
〜御堂筋線に乗るから。地下鉄の。梅田は立駐とか入りにくくて…。なんばに入れるから〜
と言った。
今から思えば、大阪の中心地で駐車場がないわけもない。
何故…。なんばに…。愛は改札から右に向かい、千成瓢箪の横を抜け、地下鉄の表示に沿って階段を下りた。マクドナルドや中華レストランの向こうに、御堂筋線の券売機と改札が見える。愛は、史也と同じように840円の1日乗車券を買った。改札を抜けると、地下鉄でありながら階段を上って、地上のホームに出た。天王寺行きの車両が発車時刻待ちで、ドアを開けて停車していた。
〜…先頭に乗ると、階段がすぐだから、なんばで降りる時に早く出られるんだ…。〜
史也のそんな記憶の通りにホームを歩いて、一号車まで進んだ。車内は閑散として、運転室から日の光が差し込んでいた。結局、2人が乗り込んできて、地下鉄は動き始めた。いったい何がきっかけで、史也はよそ者にしてみれば、この奇妙な街にやってくる事になったのだろうと愛は車窓の景色を見ながら思った。
西中島南方を過ぎて川を渡ると、電車は地下に吸い込まれていった。中津を過ぎ、梅田でドッと人が流れ込んできて、車内は一転満員になった。愛は降りずに、なんばまで行くつもりだった。淀屋橋、本町、心斎橋の次がなんばだった。
なんばの改札を出たものの、史也が入れていた駐車場はわからない。改札は地下なので、とりあえず正面の階段を上って地上に出た。
それは、子供の頃の岐阜の街の中心街の風景だった。初めての街なのに懐かしささえ感じた。何倍もの大きさではあったけれど…。史也もこの感じに惹かれたのだろうか?。
ここには史也を辿るものはなかった。
愛は来た道を引き返して、もう一度御堂筋線で梅田に向かった。改札を出て、18番出口を見つけなければならない。
しかし。最初に見つけた出口の前で、愛は愕然とした。
出口に番号表示がない。案内板もない。道は突然途切れた。
「これが結末?。史也?。」
独り、人混みの中でつぶやいた。
「教えてよ。18番出口を。お願い…。」
愛は途方に暮れて歩き出した。地下街は両側に様々な店が延々と続いて、人があふれていた。どこまで歩いても尽きる事がないように思えてきた。やがて、こうした地下街どうしを繋ぐ広場のような場所に出た。
黄色い案内板がある。近づいて見ると、C-65といった出口の表示は有るものの、18番という出口を見つける事はできなかった。
つまり。18番という出口は存在していなかった。
「これも、ネット検索の続きなわけ?。」
愛は、どちらまで?と白く抜かれた文字を現実の巨大な大阪梅田の真ん中で見つけなければならなくなった。マルボロの香りがしないだろうか?。地下街のBGMが絢香のブルーデイズを流し始めた。その中で愛は待ち続けた。
ーつづく