第3話 ネットサーフィン
第3話 ネットサーフィン
愛はアルバイトの帰り、史也の残していった250ccのホンダをネットカフェ ジュンジュンの駐車場に入れた。階段を上り入り口を入ったところで、カウンターの中島勝義に手を振った。彼は岐阜大学の3年生で、バイト仲間だった。
「愛ちゃん。一年振り?。葬式以来だよね?。」
愛は無理に笑顔をつくって見せた。
「バイトで、会ってるよ。」
「そうじゃなくて、ここがさ。…もう、大丈夫なのかい?。」
「なんとか。ここは中島くんがいるから安全だし。」
「それは、まかせといてよ。愛ちゃんに何かあったら、史也に金縛りにされちゃうよ。」
「やめてよ。史也はそんな事しないよ。」
「いや〜。映研のビデオで、史也の出てるの見てたら、部長の辻さん、縛られちゃてさ。」
「辻さん、筋肉つったんじゃないの?あの人、年中つってるじゃない。」
「そうかもね。…リクライニング空いてるから。21番。」
「ありがと。…今日は長引きそうだから。」
「ごゆっくりどうぞ。」
ここは史也との思い出の場所だった。一年かけて、戻ってきた。21番ブースに収まり、戦闘を開始した。
Tyhoon eyeでヤフー検索してみると タイフーンズアイ と言うホームページがヒットしてきた。しかし個人のホームページで店ではないようだった。タイトルをクリックしても、それらしい、史也とのつながりは見いだせなかった。他のホームページはタイフーンとアイが含まれていると言うだけのもので、気象関係のものが当然ながら多かった。丹念にひとつひとつ読んだものの成果はなかった。明が1ヶ月を費やしたと言うのは、つながってゆく量だと思っていたのに、一歩も前に進まないと言うことは永遠にたどり着けないと言う事だった。
愛は、史也の事故の後、勤めていた会社を半年休職した後、退職した。その後コンビニやスーパー、ガソリンスタンドなど、アルバイトを転々としていた。愛は、その合間のすべての時間をネットカフェでの検索に費やし始めた。あらゆる引っ掛かりを求めて、淡々とホームページを見てゆく日々になった。検索を始めて20日目の火曜日。見たホームページが一万件に達しようとしていた。愛は見逃していたが、100件ごとに、見たホームページの残り件数が左上に一瞬表示されていた。そして件数が00000になった。見ていたホームページが突然消えて、画面がブラックアウトした。
「まずい。壊れちゃった?。」
一切の表示が無くなったので、電源も切れない。
「行かせてくれないの?。史也?。」
愛は画面に言った。…とっ。ポンっと音が鳴った。画面は変わらない。もう一度音がすると、白い文字が画面を抜いた。〜どちらまで?〜
少し戸惑った後。タイフーンアイと入力した。画面は新しい文字を表示した。
〜そのまま、2時間お待ちください〜
愛は待った。
2時間後。後ろで
「すいません。」
と声がした。振り返ると作業服を着た男がブースの外から愛を見ていた。そして
「どちらまで?。」
と言った。
愛は反射的に
「えっ?。タイフーンアイまで。」
と答えた。
すると男は、ブースの中に入ってきて、愛の肩ごしに、キーボードをすごい勢いで打ち始めた。
「あなたは、誰ですか?。」
愛は何度も聞いたが答えはなかった。
20分間、男は打ち続けて
「終わりました。」
と言って出ていった。
そして画面は、ヤフーの画面ではなくなっていた。
それは星の集まりだった。渦を巻いている銀河系。
…またポンっと音がした。また〜どちらまで?〜と白く抜かれた。矢印が画面上に出る。この銀河系のどこかをクリックしろと言うのだろう。どこかをクリックしてみるしかない。その時、何かの香りがした。
タバコ。マルボロ。誰かが後ろに来たの?。愛は振り返った。誰もいない通路が見えた。
マルボロ。史也の香り。マウスを持った手に何かが重なった。
温かい手が乗ったようなと思ったら、力が加わってマウスが動いた。銀河のはずれまで動いてピタッと止まった。
「ここなのね。史也。」
愛はクリックした。画面がズームされて、太陽系が拡大されてきた。そしてまた
〜どちらまで?〜
温かい手は、太陽を中心に周りを回っている星のひとつを追いかけ始めた。
そして見事にシンクロした。愛はクリックした。また画面がズームされて、地球儀で見慣れている星が回転しながら拡大された。マウスは間髪いれず日本列島のちょうど大阪の部分に動きを合わせた。愛は迷う事なくクリックした。
現れたホームページを愛は見つめた。
これで。どこかにたどり着けるのだろうか?と…。
ーつづく