第2話 手掛かり
第2話 手掛かり
史也の命日である土曜。霊園の中を明の後ろについて、花を持った愛が歩いていた。
「3列目のここだから。」
明は教えるように言った。
「史也。愛ちゃんが来てくれたぞ。わかるか?」
そう言いながら、明は愛を促した。
花を供え、線香をたて、両手を合わせた後、2人はしばらく黙って立っていた。愛にとって、この場所に意味を見いだせなかった。大阪の彼女の中にこそ、愛の知らない史也の一部が存在している。そこにこそ意味があると…。
明は、マルボロを取り出すと、火をつけて吸った後、そのまま墓のお供え物を置く台に置いた。
愛は、ハッとして我に帰った。
「あっ、史也の匂いだ。」
タバコを吸わない愛は、タバコの匂いを嗅ぎ分けられた。同じタバコでも人によって匂いが微妙に違う。愛は見なくても史也が近くに来れば判るようになっていた。明は、そんな愛をやり切れない気持ちで見ていた。すでに結婚している明は、もし自分が史也なら、どうしたいのだろうかと思い悩んだ。もう2人の時計は動かない。別の魂でしか動かない。あきらめとは違う形でなければ、それを受け入れる事などできない。しかし、違う形とはいったい何なのか…。明には思いつく事さえ出来なかった。明はここに来たら言おうと思っていた事があった。葬儀の日から、愛はほとんど自分の話に無反応だった。史也の話でなければ普通に見えた。そのため、この話はできなかったのだ。今日は大丈夫に思えた。
「あの日。大阪に行く前に、携帯で話したんだ。愛がうるさいからタバコやめるって…こんな所に置いたら怒ってるかな?。禁煙中だから、やめろって。」
それは、史也の言い方だった。
「それが最期の言葉?。愛がうるさいからって……。」
「そう。それがね。」
愛は勇気をだして、その質問を切り出した。おびえて、ひるんでしまう前に。
「ねぇ。明くん。史也は大阪で何してたの?。」
愛は胸を締め付けられ震えた。明に見られたくないと思った。でも、明は優しかった。ちゃんと視線を墓名に向けていた。明は慎重に言葉を選ぼうとしたが、ありきたりの言葉しか出てこなかった。
「…友達がいたみたいだ。」
「男の?…女の?」
「ほとんど男かな。ある意味。」
明は知っている。言葉が出なくなる前に聞かなければならなかった。
「ある意味って?」しかし、明の方がひるんだ。しかし言わなければ今日が無駄になってしまう。明は気持ちを立て直す時間が欲しかった。「それは、お墓の前でする話しじゃないよ。まひる に行くには時間が早いから、史也とよく行った場所に連れて行ってあげるよ。」
愛にも明の気持ちが読みとれた。彼は、しゃべってくれるつもりなのだ。ーまひるー とは例のバーの名前だった。明はバイク屋のウイングやショッピングモールのカラフルタウンをまわった。愛とのデートとは違う、男の子の遊びは、史也の少年の部分を垣間見させてくれた。
2人はショッピングモールのイタ飯屋で食事をしたあと、バー まひる に向かった。
バー まひる は、ママの本名から名づけられていた。
長いカウンターの右手にボックス席があり、30人くらいは入れる広さがあった。まひるママは気を使ってボックス席に座らせてくれた。
「今日は、お墓に行ってきたの?。明くん。」
「愛ちゃんが行ってくれるって言ったんでホッとしましたよ。」
まひるママは愛に少し顔を向けて、遠慮がちに言った。
「そぉ…少しは落ち着きました?。」
愛はテーブルの上の烏龍茶を見つめたまま答えた。
「はい。でも、まだ…受け入れられなくて…駄目ですね私。もう一年なのに。」
「いいのよ。それで。無理してもね。意味ないのよ。」
その言葉に愛は背中を押された。
「ありがとうございます。史也はここで、どんなでした?。」
まひるママは遠くを見るように、一年前の阿部史也の姿を思い描いた。
「大人しい子だったけど、酔うとあなたの自慢ばっかり。自分達は双子みたいに似てるでしょから始まるのよね。明くん。」
史也と愛は、背丈も顔立ちもそっくりだった。服を取り替えたら、わからないと周りによく言われたりしていた。
「愛ちゃんは知らないよ。本人の前では絶対に褒めないんだよな、史也は。」
まひるママが続けた。
「…それで、長渕剛を歌って、また自慢話。」
史也は、照れ屋である事は知っていた。本当は褒めたかったのかもしれないと愛は思った。そのフラストレーションをここで晴らしていたのだろう。褒めてくれなくても、充分に自分は史也に認められている事を感じていた。その史也と、大阪の彼女がいる史也と、どうしても同じに思えない自分を愛は感じ始めていた。何か事情があるのだと…。
「私の前では、長渕剛は歌わなかったですよ。サザンとかばっかり。」
「照れてたのよ。ねぇ…なんだっけ。明くん?。」
「…何の矛盾もない…。」
「そうね…必ず。」
「歌ってみて。明くん。」
明はピアノのオケに載せて、史也のクセを真似て歌った。
…フォーエバー シャイニン イン マイライフで歌は締めくくられた。それは、まるで自分を信じてくれと史也が言っているようだった。愛は史也を信じる事に決めた。
「明くん。史也の車の中から、女の子の服が出てきたの。史也のお母さんから、私の服だって渡されたけど、私の服じゃないの。教えて、大阪に彼女がいたんでしょ?。」
「誓って言うよ。史也は愛ちゃんだけを見てた。嘘じゃないよ。」
「じゃあ、あのキャミとスカートは誰のものなの?。」
「俺が愛ちゃんなら、それを知らなければ良かったと思うよ。」
「…それでも知りたいの。どんなに傷ついても、史也が命を奪われる瞬間まで、何を考え、何を感じていたか…。」
明はしばらく間を置いた。
「…愛ちゃん。俺もはっきりした事は言えないんだ。憶測で言うしかない。俺自身その憶測を認めたくないんだ…。」
もはや躊躇する理由はなかった。
「私は確かめなきゃいけないの。それを。」
明はまたしばらく言い淀んだ後言った。
「史也が携帯で話してるのを聞いた事がある。タイフーンアイに行く前にポインターでおでんを食べてゆくって。ネットカフェでタイフーンアイを探し出すのに1ヶ月かかった。愛ちゃんならネットサーフィン得意だから1ヶ月かからないよ。」
「自分で探せって事?。」
「史也が知られたくなければ、たどり着けない気がする。でも、史也が知って欲しければ、たどり着けるよ。…俺には正直、史也ならどう言うかわからない。キーワードはあげた。あとは検索するだけ。友達として踏み込めるのは、これが限界なんだ。わかって欲しい。これ以上は愛ちゃんしか入っちゃいけないんだと思う。」
「私しか?。」
明は黙ってうなずいた。明が行く事ができない、その先に何を見たんだろう…。それは愛自身の目で確かめて欲しいと明は言う。もうこれ以上、明から聞く事はできなかった。
「明くん。ありがとう。私は史也に彼女がいたとしても、史也を信じる。きっと事情があったんだって。その娘が史也を愛していたなら、きっと私と同じように傷ついてる。お互いに気持ちを分かり合えるのは彼女しかいない。だったら会いに行かなきゃ。そう思う。」
明はワイルドターキーの水割りをゆっくりと飲んだ。
「うちのにも思うけど、女は強いよ。とても太刀打ちできない。なんで、そんなに強くなれるんだろう?。」
いつの間にか、席をはずしていたまひるママが戻ってきていた。
「それはね。男性が自分を認めてくれてると信じられる時に強くなれるの。自分の価値をちゃんとわかってくれてる人の為なら何だってできちゃうのよ。」
明は、愛とまひるママを見た。
「それだけで?。不思議だな。やっぱり。でも、なんとなくわかる気がする。…愛ちゃん。史也の事信じてくれてありがとう。今日は愛ちゃんと話せて、少し気持ちが前向きになったよ。たまには、うちのにも、褒めてあげるようにするかな。噛まないといいけど。」
3人は笑い合った。考えれば、明も愛もあの日以来こんなふうに笑ったのは初めてだった。そして、それは史也を巡る旅の始まりだった。
ーつづく