第10話 神明からの手紙
第10話 神明からの手紙
岐阜に戻って3日目。栄子ちゃんからメールが来た。
面会は不許可になった。被害者の最も近い関係者である事が理由とされた。
しかし、神明の手紙を郵送する事が書かれていた。
翌日、手紙は届いた。
ー高宮 愛様。史也君の事、申し訳なく思っています。
まず結論を書きます。私は史也君を殺そうとしたわけではありません。あなたのお父上、高宮さんに依頼された訳でもありません。
まず。高宮さんが史也君の女装を知った経緯を書きましょう。高宮さんは大阪に時々出張される事はご存知だと思います。高宮さんは、偶然地下鉄御堂筋線なんば駅で史也君を見かけたのです。
そして、あなたが大阪に史也君が何をしに行っているのか分からないと言っていたのを思い出して、彼の後ろをついていきました。浮気を疑ったそうです。そして、ある建物に入ってゆく史也君を見たのです。その日はそれで帰られたそうです。次の出張の時、その建物の中に高宮さんは入りました。そこが女装ショップだったわけです。何をする所かも店員から聞いたそうです。
高宮さんは悩まれていました。どうしたものかと。
高宮さんに連れられて岐阜で飲んだ時、相談を受けました。私は自分が女装者である事を伏せたまま、決して心配ないと話しました。うちの会社が支店を大阪に持っている関係で、夜の大阪も詳しいので、一度女装者が出入りしているバーに案内しますと言ったのです。案内したのがタイフーンアイです。史也君がカミングアウトするとしても、高宮さんに基礎的な知識が有った方が良いだろうと思ったのです。誤解の無い上で高宮さんがノーと言うのなら、仕方の無い事です。
あの時は理彩さんは居なくて、店長と利子さんと私で、史也君が大阪でしている事を話しました。
史也君が大阪で尊敬を受けている事を聞くと、高宮さんは少し安心されたようでした。そして、その日は史也君が亡くなった日なのです。
「10時30分だ。ホテルに戻るよ。」
と高宮さんは言われ席を立たれました。そして、ドアを開けて誰かにぶつかりました。
ドアの外には史也君が、あなたも見られたあの写真を撮ってもらっていたんです。
ぶつかられた史也君は、よろけて振り返えり高宮さんの顔を見て、思わず言ってしまったんです。
「あっ、お父さんすいません。」
と。
2人とも顔を見合わせた後、高宮さんは視線を外して、早足でエレベーターに向かったのです。
私は慌てて史也君の所に飛び出しました。
「心配ない。説明するよ。」と言うと「どうもこうもない。直接愛に説明しなきゃ。」と言って、私を振り切って出て行ってしまったのです。史也君が冷静なら、高宮さんは大阪に泊まりだと気づいただろうし、携帯であなたと話せば良いと思ったかもしれません。でもパニックに陥った史也君は直接でなければ、あなたに説明しきれないと思ったようです。
史也君はメイクダウンして行くだろうと思った私は、勤務先の駐車場に置いてある自分のトラックに向かいました。
トラックで史也君が入れている駐車場に行きました。そこまでに30分かかりました。普通なら30分ではメイクダウンして着替えて駐車場に来る事はできません。しかし、すでに車は有りませんでした。私は高速に向かい、史也君に追いつこうとしました。高速を名古屋方面に30分進むと、トラックが連なって走っているのが見えました。追い越してゆく途中、史也君の車がトラックの間にいるのが見えました。そして走行車線に戻った時、目の前に鉄材が落ちているのが見えました。ドーンという音と衝撃が走り、右の前輪がパンクし車は横滑りしながら横転し、後ろで急ブレーキと衝撃音が断続的に起こりました。あとは、どうなったのか覚えていません。
気がついたら、後ろの史也君の車に向かって、よろけながら歩いていました。あとで聞けば、私の後ろの車は私よりも先に鉄材に気づいていたものの、ちょうど居眠り運転から覚めた状態でゆっくり止まれたにもかかわらず急ブレーキを踏んでしまったのです。そのため私は追突されていなかったのです。そして史也君の車を見つけました。車は前と後ろから押されて半分くらいになっていました。
史也君はすでに運転席で息絶えていました。その顔はどういう訳か、苦痛に歪みもせず驚いた様子でもなく、目を見開いたまま微笑っていました。
私は手にバールを持っているのに気づきました。無意識に拾ったんだと思います。それで車体を広げて史也君を出そうとしました。でも、ほとんど効果もなく、レスキューがやって来て車体を切り開きました。私は彼の荷物を車内から引きずり出してまとめました。捨てられないようにレスキューに頼んで救急車に乗せられるまで見送りました。
私は追突されていませんが、私が高宮さんをタイフーンアイに連れていかなければ、史也君は死なずに済んだのです。私はその罪を償わなければなりません。もし、この玉突き事故で無罪などと言う事になれば私は生きてゆけません。そのため、後ろの運転手が私にぶつかっていないと言う証言を勘違いであると主張しました。私はタイフーンアイでバーボンを飲んでいた為飲酒運転でした。死刑の求刑が出ていますが、後ろの運転手は私の最大の支援者のひとりになってくれています。鉄材を落下させた者が死刑だと。彼は、吉冨忠雄は、その鉄材をあの日載せていたトラックを追ってくれています。
そして、あなたのお父さんは自分に殺意があったとおっしゃいました。それを私が読み取って殺害してしまったのだと。私は否定しましたが、そう思い込んでおられるようです。私が死刑にならないよう、様々な事をして下さっています。
あなたは、女装者としての史也君をタイフーンアイで受け入れて下さったそうですね。彼は亡くなって一年かかって、あなたにカミングアウトできたわけです。私がまとめた荷物の中にあった服が、あなたを導いたなんて意志を感じます。史也君の意志を。
彼に言ってあげて下さい。
/あなたが男であろうと女であろうと私の気持ちは変わらない。あなたを尊敬しあなたを愛しています/と。
これは先日カミングアウトした私の妻が私に言ってくれた言葉です。史也君も、おそらく全ての女装者が望んでいる言葉は、これ以外にないでしょう。
あなたが負った苦しみは、私がすべて負ってゆきます。未来に向かって顔を上げてください。史也君のいない未来であっても、生き抜くのが人の仕事です。彼はあなたの中に、私の中に、タイフーンアイのみんなの中に意志として生きています。あなたが死を選ぶ事で、また彼を殺すつもりですか?。彼の意志と共に、寿命つきるまで生き抜いて下さい。私もそうするつもりです。 神明良介ー
愛はこの手紙を持って、父幹雄の部屋に行った。
この一年、近づこうとしなかった部屋の中は法律関係の本でいっぱいになっていた。
痩せて目だけが鋭くなった父幹雄が、愛に気づいて、その目で愛を見た。お互いに合わせる事のなかった目は後悔に溢れていた。
「……愛。……。」
「これを。神明さんの手紙。」
幹雄はお互いが神明を通じて、繋がりを取り戻した事を悟った。手紙を持った愛の手を幹雄は両手で握りしめた。愛も握り返した。
「読んで。本当の事が書いてあるの。あの日の史也の事が全部。」
幹雄はなんとか気持ちを落ち着けて、愛の手を離して手紙を読んだ。何度もうなずきながら、何度も読み返した。実は面会時間のほとんどを幹雄がしゃべってしまい、神明は聞く一方だった事を幹雄は気づいた。あれだけ面会しながら、この手紙で知る事がたくさんあった。
「すまない。父さんは…おまえの気持ちを考えてやれなかった。」
「私もごめんなさい。私もお父さんの気持ちを知ろうともしなかった。史也にさよならを言ってくる。タイフーンアイのドアの前で。史也が私のさよならを待ってる気がするの。」
「いいのか?。それで。」
愛は黙ってうなずいた。幹雄は背広のポケットからハンカチを取り出して、愛の涙を拭いた。
「父さんは神明君の死刑がなくなるまで、史也君に許して貰えないんだ。例の鉄材を載せたトラックの手掛かりが掴めそうなんだ。吉冨君と明日東京に行ってくるよ。」
2人は何かもやもやしたものが、薄らいでゆくように思えた。
「お父さんも涙拭いてあげる。」
「父さんはいいさ。」
「ふかせて?。」
「そうか。なら頼むよ。」
愛の旅は終わりに近づいていた。父幹雄の旅は、まだかかりそうだったが、終わりの無い旅ではなくなったようだ。
梅田のタイフーンアイに。まさに、すべての中心に。愛は向かおうとしていた。
ーつづく