第五章・真実の心 (9-3)
「倒すとか、そういうことじゃない。私はあなたを憎みはしない」
トモエは目を閉じた。胸の中が熱く踊るのを感じた。マオたちが自分に力を与えてくれているという、たしかな実感があった。力を解放する。トモエの姿は一瞬にして換わった。中世の騎士のような赤のワンピースは、日本古風な純白の着物と朱の袴になり、手に握る剣は、巨大な大幣に変化した。神に祈りを捧げ、ユメのセカイの理を読み解く、巫女のような格好であった。
トモエは大幣をまっすぐに天に掲げ、邪霊に向けた。
「私にあってあなたにないもの。それは、大切な人と過ごす時間、そして絆。たしかに、悩んだり、苦しいことだってあるけれど、それを乗り越えれば、それは新たな一歩になる、強さになる。そしてその中には、必ず人の想いがある。これが私の出した結論、私の生きる意味、そのものよ」
大幣から激しいスパークが起こった。光は、一瞬に邪霊の全身を包んだ。
――ギャアァァァァァァァ……!!!!!!!!!!
空間に邪霊の咆哮が鳴り響くが、トモエの脳内ではより激しい叫び声が響いていた。トモエは胸が強く痛むのを感じた。その断末魔は、自分自身から発せられるものだったのだ。
――痛い! 苦しい! つらい! もうやめて! こんな気持ちもう要らないの!!
「だめ。あなたを救うためには、これしかないの。これが、あなたがずっと忘れていたあなた自身の真実だから」
邪霊は長い間、断末魔の叫びをあげ続けていたが、徐々に受け入れてゆくように、次第にその声は小さくなっていった。そして、疲れたようなか細い声で訊いた。
――あなた……、こんなつらい思いを抱えながら、生きていけるの?
「生きてゆくの。だってこれが、私自身の真実の心なのだから」
トモエは懐から浄化の石を取り出した。そして天に掲げると、それは緑色の光を放ち、その光は邪霊を包み込んだ。
――…………。
邪霊は安らかな眠りに落ちてゆくようだ。圧迫するように感じられていた気が、徐々に小さくなってゆく。そして、その気が完全に失われた時、邪霊の形象が崩壊し、無数の光の粒子になって、あたりへと散った。
「大切なもの、思い出してくれた?」
トモエは静寂を取り戻した夜空を見上げながら呟いた。
邪霊と化したトモエが忘れていたもの。それは、ひとことで云うならば、多様な外の世界を受け入れようとする心であった。
多様性のある世界で人は生き、だからこそ成長してゆけるものである。すべてが自分という閉塞された世界では、その先にあるのは収束しかなく、あとは果てるしかない。つまり、邪霊は気づかぬうちに終わっていた。多様化を否定しながら収束し、ついには終息を迎えていた。他者を、そして世界を否定すること、それは自己を否定することに他ならなかったのだ。そしてそれに気づくのには、もう遅すぎた。真実は彼女を苦しめるしかなかったのだ。
トモエはそのことを悲しく思っていた。大切なことに気づくことなく、悪意の化身へと変貌してしまった自分の分身を、とても憐れに感じていた。
トモエは掌の浄化の石を見つめた。
「浄化完了。邪悪なものに侵されし憐れな者よ。せめて魂は……」
そして石をその手で強く握りしめ、天を仰ぐ。
「……私と一緒に、新たな世界を切り開くんだ」




