第五章・真実の心 (8-3)
「もうよいぞ。出てくるがよい」
コツコツと音が聞こえてきたかと思うと、暗闇の中からひとりの少年が姿を現した。その少年の姿にトモエは驚いた。
「星夜……」
トモエは呟いて、その場から逃げ出したい衝動に駆られた。けれどそれはできなかった。マオの顔を見た時、その目が「逃げるなよ」とでも云いたげに、鋭く光るのを感じたのだ。トモエの身体は逃げるどころか、その場に硬直してしまった。
「トモエ……」
星夜が名を呼んだ。彼の方を見ると、彼もどこか居心地が悪そうに、目を泳がせもじもじとしている。
「特別ゲスト、といったところか。わらわがわざわざ頼んで、そなたの心に入ってきてもらったのじゃが――」
ここでマオはため息をついた。そして隣の星夜を横目で睨む。
「まったく、今の世の男子は軟弱じゃわい。わらわがこの星夜とやらに会いに行ったら、こやつどうしていたと思う? トモエのしたことが許せないといって、ひとり閉じこもり拗ねておったのじゃ。見るに見かねてわらわが、男子たるもの自ら率先して女子を導いてゆくものじゃろうが、何をしておると怒ってやったら、こやつはへこへことわらわに従いおったわ。まったく情けない。そなたがこんな者を好いておる理由が分からんぞ」
「マオ……!」
トモエは焦った。星夜に対して好きだということは、トモエ自身明確に本人に伝えきれないものだった。それをマオは本人の前で平然と代弁してしまったのだ。トモエは顔が熱くなるのを感じた。今、自分の顔は真っ赤になっていることだろう。
しかし、マオはそんなトモエの心情を知ってか知らずか、言葉を続けた。
「じゃが、ふたりとも似たもの同士じゃな。お互い素直になれないひねくれ者じゃ。すれ違うのは当然じゃろう。しかし似たもの同士じゃが故に、仲直りも容易いはずじゃ。で、そんな時、まず言葉を切り出すのは男子と相場が決まっておる。そうじゃろう」
そう云ってマオは星夜の背中を叩いた。星夜は反動で前につんのめり、顔をあげるとちょうど目の前にいるトモエと顔を見合わせる形となった。
トモエはややうつむき加減で唇を歪ませていた。星夜はそんな彼女を見つめることができず、思わず目を逸らした。
「あ、ああ……。今まで君の気持ちに気づいてあげられなくてごめん」
照れているのか、その口調はたどたどしい。
「気づいてなかった、じゃないじゃろう。単に気づいてないふりをしていただけじゃろうが」
白々しい――と、不満げな声をマオが漏らした。
「マオさま」
と、そんなマオをイチコが嗜める。
「これからは、もっと君と向き合うようにするよ」
トモエは顔をあげた。自分よりも少し背の高い星夜の顔を上目遣いで見上げる。
「私のこと、許してくれるの?」
「いや、むしろ僕が悪かったんだ。僕の方こそ、許してくれ」
トモエの胸の中に嬉しさが込み上げてきた。
「……これって、夢じゃないよね?」
そう呟くトモエにマオは、
「むろん夢じゃ」
と云った。
「じゃが、ひとりよがりな妄想などではない。そなたの心はまだ閉じられてはおらん」
そなたの世界は開かれておる――と、マオは強調するように云った。
「トモエ、あなたがどうしたいのか、決心はついた?」
続けてイチコが訊いた。
「うん。やっぱり私、あなたたちを裏切ることはできない」
トモエが答えると、マオは満足げに頷いてみせた。
「忘れるな。わらわたちは常にそなたの心の中におる。迷ったらここに立ち戻れ。わらわたちがきっとそなたの力になっておるから」
「ありがとう」
「さあ、そろそろそなたのいるべき場所に戻れ。仲間たちがそなたの還りを待っておるぞ」
マオの言葉に、トモエは力強く頷いた。彼女の戻るべき場所、それは閉塞された偽りの空間などではない。




