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第五章・真実の心 (8-2)


 それは、昨年の夏休み――。


 星夜に導かれ、トモエが訪れたのは、歴史の隙間に忘れ去られた時代のとあるムラだった。トモエはそこでふたりの少女と出逢った。ムラを治め、人々を守る使命を負った祈祷師のマオ、そして彼女の付き人のイチコ。ともに過ごす中で、マオはトモエに自らの想いと力を託した。それは邪を祓い悪を清める心と、マオが祈祷師たる由縁ともいえる能力、 浄化の力であった。


 夏に出逢い、そして夏に別れた。一期一会、二度と逢えないと思っていた。


 そんなふたりが、今目の前にいる。


「どうした? 幽霊でも見たような顔をしておるぞ」


 マオは可笑しそうに笑った。


「マオ、それにイチコも、どうして……」


「トモエは知らなかったろうけど、私たち、トモエのことをここでずっと見守ってたんだよ」


 相も変わらず呆けた様子で呟くトモエに、イチコが応えた。


「……ずっと?」


「わらわたちはそなたの心の中で生きておったのじゃ」


「そうだったんだ」


 トモエは笑顔になった。彼女らに再会できたことが、素直に嬉しかった。

「でも、トモエはどうしてここにいるの? 外の世界は大変なんじゃないの」


「…………」


 イチコの質問にトモエは答えられず、黙ったままうつむいてしまった。


「どうしたのじゃ、トモエよ」


 マオが優しく云った。トモエは重い口を開いた。


「もう疲れちゃったの。戦い続けることに。誰かのことを思って戦ってても、結局無駄じゃないかって。そう思ったら、何もしたくなくなっちゃって」


「ふむ……」


 マオは軽く唸った後、続けた。


「トモエが本当にそう思っているのならそれでいい、わらわはそう思うぞ。じゃがトモエよ、それはそなたの本心なのか?」


「え?」


「大切な人の幸せを願うこと、その人の思いを守ること、共に生きる可能性を探ること、そなた、そのすべてどうでもよくなってしまったのか? 例えば、わらわの想いを継ぐ、そなたは以前そう約束したの。その時の気持ちさえ、もうなくなってしまったのか?」


「それは……」


「そんなことはないじゃろう。わらわとイチコが今ここにいる、それが証じゃ。わらわたちは、そなたが引き継いだ想い、つまりはこの世の本質――醜さ、あさましさまでもを知りながら、そのすべてを愛し、慈しみ、悪しきものから世界を救おうというそなたの心、そのものなのじゃから」


 マオに続いて、イチコが口を開いた。


「迷ったのなら、ゆっくり心の声に耳を傾けて。他の誰でもない、自分自身の声に。そしたら、トモエの中の真実がきっと見えてくるはずだよ。あなたが本当に何を思い、何を願い、何をすべきなのか、自ずと道は開けてくる」


「でも……」


 トモエは云った。


「自分がいくら願ったところで、それが報われるとは限らないじゃない。誰かに何か望んでも、私の思いがその人に届かないことだって……」


「それはそうじゃ。いくら願っても叶わないことだってある。しかし、自分の本心もはっきりしないのに、他人に望んでばかりいる、それはいかんな?」


「…………」


「けれどそれは、そなただけではない。この世の大勢の人間にも云えることじゃ。人は自分を誤魔化し、真実に目を背けながら生きておる。そなたのお仲間だって同じじゃ」


 マオはそう云って、暗闇の方へと顔を向けた。


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