第一章・邪を祓う少女 (5)
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トモエと星夜は紅茶を飲みながら、おしゃべりに興じていた。
トモエはその日学校であったことを話していた。いつも、トモエは星夜に会うと、その日にあった出来事を話す。どんな些細な内容でも、星夜は楽しそうに聞いてくれるのだ。この場所から出られず、外界のことは飽くまで“情報”としてしか把握できない彼にとって、実際肌で感じた人間の臨場感溢れる話は、本当に興味深いもののようだ。
話題は学校でのことから、帰宅後のことへと変わっていった。机に向かい宿題に取りかかっていたら、邪霊の気配を感じ、急いで出動しなければならなかったこと、そしてその後のことに話は及んだ。
「――空の上から降りて来ていたら、お姉ちゃんが歩いているのが見えたの」
「お姉ちゃんって、愛稀さんのこと?」
星夜は訊き返したので、トモエは「うん」と頷いた。
日下 愛稀は星夜にとっても関係の深い人であった。
「他に誰もいなかったし、驚かしてやれと思って、お姉ちゃんの目の前に降り立ったの。そしたらこーんな顔になって……」
トモエは愛稀がその時にとった驚いた表情をまねてみせた。
「――思いっきり驚いてくれちゃってさ。もう期待以上の反応。面白かったなー」
愛稀は可笑しそうに笑って見せた。星夜も微笑んで云った。
「愛稀さん、元気そうだった?」
「うん。相変わらずって感じかな。ボランティアの帰りだったみたい」
「そっか。何か心の中があったかいと思ったら、愛稀さんが来てくれてたのか」
星夜は穏やかな口調で呟いた。星夜は先述の通り、精神が遊離して肉体に戻ることができない。そのため、現実世界では彼は精神発達が著しく遅延しているとみなされ、そのような人々が通う施設を利用しながら生活をしていた。愛稀はその施設でボランティアを行っているのである。
「むー……」
嬉しそうにしている星夜を、トモエはふくれっ面で睨んでいた。星夜はトモエの視線に気づき、不思議そうな顔でトモエを見た。
「あれ、どうしたの?」
「別に、何でもないよっ!」
皮肉っぽく云うトモエに星夜は怪訝そうな表情を浮かべた。トモエがどうして不機嫌なのか、本気で分からないようだ。
(なによ。“愛稀さん、愛稀さん”って……。ま、お姉ちゃんの話を始めたのは私なんだけど)
トモエは心の中で呟いた。自分が振った話題でありながら、星夜が彼女の名前をさぞ嬉しそうに口にするのが少し気に食わなかったのだ。
トモエにも星夜が愛稀を慕う理由はよく分かっていた。トモエ自身も、彼女の純粋に人を思いやれる心に尊敬に近い念を抱いていた。しかしその一方で、自分がそこまで至らないことに苛立ちを覚えるのも事実なのだ。
これが単なる嫉妬であることを、トモエ自身もよく分かっている。人のことを掛け値なしに思いやれるくらい綺麗な心を持っている愛稀に対して、引け目を感じている自分がいるのだ。人間のあさましい心が具現化したものとの戦いに身を投じておきながら、その感情を胸に秘めている自分に矛盾を感じるのも事実だった。
だが、それはそれ、これはこれ、と彼女は割り切ることにしていた。あまり気に過ぎてもやっていられないのだ。
「それはそうと……」
星夜はここで話題を変えてきた。
「君の街で、また新たな邪魂が生まれたようだね」
邪魂――。
悪意に見染められた魂。人間を脅かし、さらに大きな災厄をもたらす可能性まで秘めた、魔法少女にとって見過ごせない存在だ。
あまり気持ちに整理もつかないままの話題転換にトモエは内心不満だったが、話につき合わないわけにはいかなかった。
「また邪魂が? どうして――」
「うん、どういきさつでその邪魂が誕生したか、順を追って話そうかな」
星夜はことのいきさつを話し始めた。