第一章・邪を祓う少女 (4)
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その直後、知らずトモエは“宇宙の意志の権化”の云うところの“ユメのセカイ”に足を踏み入れていた。
「やあ。驚いたな、ここに来たのは君が初めてだよ」
そこで出逢ったのは、ビルの屋上で自分を助けてくれた少年であった。
少年は自らを平沢 星夜だと名乗った。それから、今自分たちがいる世界がどういう世界なのか、順を追って話し始めた――。
……
「まず、この世界全体のことについて話そうかな。ここは君たちの感情や記憶で構成された世界なんだ」
「感情や記憶?」
トモエは訊き返す。
「君たちは君たちの生きる世界において、色んなことを思い、色んな情報を覚えたりするだろう。でもそれらのことって、はっきり目に見える形で残らないよね」
そりゃそうだ、そういったものは物質化できるものじゃない、とトモエは思う。
「じゃあ、そういう感情や記憶はどうなるのか。実は、この世界に記録されるんだよ。ここは大きな空間でね。君たちの感情や記憶を書きこんでは、その大きさや様相を変える。つまり、人間の生きてきた歴史そのものが、この世界に保存されているんだ」
星夜の説明にトモエは驚きを隠せず、「そんな場所が……」と呟いた。
「あるんだよ。人間の生きた足跡を記録し、その先の道を作る。ここはそんな世界なんだ。そしてここには、現代の人の殆どが入り込むことができない。太古の昔には、この世界の様相を感じ、自分たちの住む世界の行き先を知ることのできる人もいたようだ。それらの人は、神に仕える身として周囲から崇められていた。シャーマンとでもいうのかな。けれど、文明が発達するにつれ、人々はその能力を失っていった。今では、その名残としてまだその能力を完全には失っていない人が、ごく少数、いるだけだ」
「つまり――、あなたと私は、その中の一部だってこと?」
「いいや。僕はもっと特殊だ」と、星夜は首を横に振って応え、「おそらく、君もね」と続けた。
「私も?」
訊き返すトモエ。
「普通、僕がいるこの場所には、入り込むことさえ不可能なんだ」
「どうして?」
「僕は普通の人より、この世界につながる能力が格段に高いんだよ。生まれた時、いや母親の胎内にいる時から、僕の魂はこの世界と向こうの世界との行き来を繰り返してきた。その結果、僕の精神は肉体から遊離したままになって、この世界の中でもずぅっと深淵にあるこの場所に閉じ込められてしまった」
だからビルの屋上で私に何も話してくれなかったのか、とトモエは思った――。
「だからこの場所に来られた君も、特別な人間なんだよ」
星夜はそうつけ加えた。
星夜とはその日以来友だちになり、トモエは彼のところへ度々遊びに行くようになった。
因みにその後、この世界が一部の科学研究者や宗教団体に注目されており、それらの人々にこの世界は “スピリチュアル・ワールド”と呼ばれていることをトモエは知ることになる。トモエの知らぬところで、この世界を巡って、大きな事件や悲劇が起こり、またそれに対して立ち向かってきた人間がいることも。
日下 愛稀はそんな人々の中のひとりであった。
しかし、あの時“宇宙の真理の権化”に云われた、『魔法少女として悪意の化身と戦う』、ということの意味合いは、しばらく分からないままであった。
だがそれも、この先さまざまな経験を通じて、徐々に分かっていくことになるのだった――。