第四章・かつてない危機 (7-1)
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「うわあああああ!」
トモエは叫び声をあげ、邪霊に斬りかかった。
そんなトモエに、邪霊は2本の触手を伸ばしてくる。触手は無数に分岐し、彼女に襲いかかってきた。すべての先端には、トモエ自身の顔があった。
トモエは剣で分岐してきた触手を斬りはらってゆくが、その度に胸に切り裂かれるような痛みが走った。自分で自分を傷つけているという思いが、どうにも拭いきれなかった。けれど、攻撃をやめるわけにはいかなかった。攻撃をやめるということは、相手に屈服することを意味し、自分という存在を否定してしまうような気がした。
トモエは邪霊に至近距離まで近づき、頭上から剣を振り下ろした。ありったけの魔力をこめた激しい一撃だった。邪霊の身体に光の筋が縦に走った。トモエは地上に降り立ち、邪霊の方を見上げた。
「やった……!?」
確かな手応えがあった。
だが、光の筋が消え失せると、邪霊の身体は少しも斬り裂かれていない。
「なっ!?」
次の瞬間、爆風がトモエをとらえた。トモエはこらえる間もなく飛ばされた。邪霊はその後を追って、ものすごい勢いで迫ってくる。さらに悪いことに、トモエは邪霊の触手に捕まってしまった。剣で触手を斬りはらおうとしたが、分岐が伸び、剣を握るトモエの手首に絡みついた。トモエはそのまま邪霊の勢いに、ズザアァァァ、と後方へと押しやられる。
さらに、無数の分岐が伸び、すべての先端の顔が、トモエを妖しげな微笑みで見つめていた。
――ねえ、あなたと私は同じ。私とひとつになりましょう――
顔のひとつがトモエにそう呼びかけた。
「ふざけないで! あんたと一緒になるくらいなら、死んだ方がましよ」
トモエが叫ぶと、今度は別の顔が話しかけてきた。
――どうして? 今までずっと嫌な思いをしてきたんでしょ――
――あなたを疎ましがる母親、あなたに嫌がらせしてきたクラスメイト、あなたの好きな人の心を奪おうとする女狐……――
――そんな人たちばかりがいる世界をどうして守ろうとするの?――
――すべてをぶち壊しちゃえばすっきりするよ――
――苦しむことのないセカイはその先にあるの――
――私と一体化すれば、それだけの力を手にできるわ――
――理想のセカイ、自分の手で創りあげましょう?――
別々の顔が次々と語りかけてくる。トモエの意志はゆらぎ始めていた。なぜ自分が傷ついてまで戦わなければならないのか、守るだけの価値のある世界なのか、そんな疑問が今さら彼女の心に生まれていた。
(惑わされるな。意志を強く持て……!)
トモエは自分に云い聞かせたが、一度生まれた心の迷いは、消えることなく彼女の胸に残り続ける。
ふいに彼女は後方を振り返った。
(ヤバい!)
彼女は思った。今、トモエは邪霊に強い力で押され、もと来た道を引き返すような絵図らになっていた。そして、もはやすぐそこにあるもの――、それは彼女がユメのセカイに入り込むために作ったゲートであった。その先はトモエたちの住む現実世界、しかもトモエの自室へとつながっている。
(邪霊を向こうに出すわけにはいかない!)
トモエは思ったが、踏みとどまる間もなく、彼女はゲートの向こうの真っ白な光の中に吸い込まれていった。




