第四章・かつてない危機 (6-3)
「どうしたの、お姉ちゃん!?」
愛稀の叫び声に驚いて、まどかが身体を拭くのもそこそこに風呂場から顔を出した。
「まどか……あれ」
愛稀は目をひん剥いてベランダの方を指さした。まどかは怪訝そうな表情で、愛稀のそばまで行き、ベランダの方に目を向けた。
「あっ、お前は!」
外の生き物を見るなり、まどかは大きな声をあげた。
「知ってるの?」
「昨日、私たちの目の前に現れた、変な生き物だよ」
「ああ、あの……」
といって、愛稀ははっとパソコンの方へと視線を戻した。恋人と通信中であることを思い出したのだ。急いで再び机へと向かい、ヘッドホンを耳につけた。
『何かあったのか……?』
彼は愛稀に対してそう尋ねた。他にも何か云いたそうな雰囲気だったが、今の愛稀は彼にうまく対応できないほどに焦っていた。
「ごめんちょっと急用ができた。詳しくはまた今度ゆっくりと話すよ。そっちはもう夜遅いよね、ごめんね。じゃあまた会えるの楽しみにしてる」
愛稀は矢継ぎ早に云って、通信を切った。それからひと呼吸おいて、がっくりと肩を落とし、「はぁ……」と落胆したようにため息をついてみせる。
「どうしたの?」
まどかが訊いた。
「焦りすぎて一方的に通信切っちゃった。嫌われたかも……」
「はっ?」
まどかは呆気にとられたような声を出す。
「いや、そのくらいで嫌いになるようじゃ、ハナっからお姉ちゃんのことなんか好きになってないと思うよ?」
「そうかなぁ……」
――あのぅ、そろそろいいですか?――
再び声が頭の中に響き、愛稀とまどかははっとしてベランダの方を見た。
――とりあえず、中に入ってもいいですか。鶴洲トモエのことでお願いがあるんです。あと三都まどか、君は何か着てきてもらえないかな――
まどかははっと自分の格好に気づき、髪の毛が逆立つほどの恥ずかしさを味わうことになった。彼女はバスタオルを無造作に胸のあたりから垂らしているのみで、衣服というものを身につけていなかった。彼女は赤面して、ベランダのそれを睨みつけ、ドタドタと風呂場へと戻っていった。これで先ほど、テレビ電話の画面越しに、愛稀の恋人が何か云いたそうだった理由もはっきりした。
愛稀が窓を開けると、それはベランダの淵から飛び出して、部屋の中へと入ってきた。
「彼氏さんとの楽しい時間を邪魔してすみません――」
と、それは愛稀の方を見上げ、今度は空気振動を利用した実声で云った。
「あなたは?」
「トモエには“宇宙の意志の権化”と呼んでもらってます。よろしく、愛稀さん」
(あれ、この人、――ま、人なのか分かんないけど――、どこかで逢ったような……?)
“宇宙の意志の権化”に対して、愛稀は思った。彼の喋り方やものごしが、自分が知っている誰かに似ているような気がしてならない。だが、誰なのかと考えをめぐらせても、どうにも思い出せないのだった。
すると、まどかが服を着て戻ってきた。“宇宙の意志の権化”を「これで文句ないでしょ」とでも云いたげな様子で睨みつけてくる。
「……それで」
と愛稀が話を切り出した。
「トモちゃんのことで、何かお話があるの?」
「そうなんです」
“宇宙の意志の権化”は云った。
「あの子が危ない」




