第一章・邪を祓う少女 (3-2)
トモエははっと動きを止めた。改めて願いをと云われても、何を願えばいいのか分からない。
(私の願いって何だろう――)
トモエは真剣に考えてみた。
(私を虐げてきた人への報復? ううん、そんなの望んじゃいない。それより、やっぱり自分が幸せになることだ。周囲に溶け込み、みんなと仲良く過ごしていけること、これが一番じゃないかな)
トモエは“宇宙の意志の権化”に今思った願いを告げようとした。しかし、寸前で言葉を呑み込んだ。なぜなら、直前にした自分自身の心の声に止められたからだ。
(待って。違うよ……)
心の声は彼女自身にそう呼びかけていた。
私の本当に望むことは、それじゃないよ――。
トモエは思った。自分が周囲と同じになってしまえば、今度は自分が誰かを見下してしまうようになるかも知れない。自分がされてきたことを今度は自分がしてしまう結果になる。
そんなのは嫌だ――。
トモエは思い、そして今度こそ願いを決めた。まっすぐな視線で、“宇宙の意志の権化”に向かって訴えた。
「私、友だちが欲しい。私のようにみんなから不当に見下され、悲しい思いをしながら、それでも頑張って生きている人ような人が」
瞬間、トモエの周囲が目がくらむほどの激しい光に包まれた。盲目の光の中、トモエは“宇宙の意志の権化”の声を聞いた。
『君の望みは叶えられた。たった今から、君はこの現実世界とは違う、“ユメのセカイ”に行けるようになる。そこに君の望んでいる友だちはいるはずだ』
目の前を覆っていた光は消え失せ、さっきまでの光景が戻ってきた。ひとつ異なっていたのは、“宇宙の意志の権化”が消え失せていたということだ。
ふいに、トモエは足元に頼りなさを感じた。全身にふわっとした浮遊感があり、直後にそれは重力へと変わった。トモエは気づかぬうちに、ビルの端から飛び出していた。
落下の中で、反射的に彼女はコンクリートに捕まった。けれど、彼女の力では自分自身の身体を引き上げることなどできるはずもなく、徐々に指先の力は失われてゆく。無性に怖くなった。あれだけ死を覚悟していたのに、今になって死にたくないという思いが募ってくる。
指先の力が完全に失われ、彼女の手はコンクリートから離れた。その瞬間、
ガシッ――。
手を掴まれた。見上げると、誰かが彼女の手首をしっかりと握っていた。男の人のようだが、逆光で顔までは見えない。
その人に引き上げられ、トモエは助かった。しばらくは恐怖心と安堵が入り混じった状態で動くことさえままらなかったが、やがて気持ちも落ち着いてトモエは恩人の方へと目をやった。
「あ、ありがとう。助けてくれて……」
そこにいたのは、高校生くらいの男の子だった。顔の造作は決して悪くなく、男前といっても差し支えない顔立ち。しかし、トモエはその人の表情や振舞いに違和感を覚えずにはいられなかった。その少年は、何を考えているのか分からないむっつりとした表情でただ突っ立っていた。たまに低い声で小さく唸り声をあげる。むろん、トモエの言葉には何の反応もない。どう表現すればいいのか分からないが、何というか、普通ではないように思えた。
トモエはしばらくその少年のことをただ見ていたが、やがてはっとなった。
「もしかして、あなたが私のお友だちになってくれる人なの!?」
トモエは少年に向かってそう云ったのだ。