第四章・かつてない危機 (4-3)
受付を済ませ、病院を出ようとしていたトモエははたと足を止めた。
病院の出口付近に、彼女の父親が立っていたのだ。
「お父さん……」
トモエは驚いた。父親は仕事が忙しく、ここ数日家に帰ってもいなかった。こんなところに迎えに来ているとは思わなかったのだ。
トモエの父親は、つかつかとトモエに歩み寄った。と思うと、トモエの頬とバシンと平手で打った。彼女は頬に鮮明な痛みを感じた。目が覚めるような心地だ。
「……トモエのことで迷惑をかけすまなかった。あとは私が家まで送るから、君たちももう帰ってくれて構わないよ」
トモエの父親は愛稀とまどかに向かってそう云った。そしてトモエを促し、病院を後にした。
ふたりはしばらく無言のままに帰途についていた。
「トモエ。大丈夫か」
とふいに声をかけたのは、父親の方からだった。
「……うん。私のこと、どうして知ったの」
「君のお友だちから家に連絡があって、その件をお母さんが私に伝えてくれた。まるで不良娘が遊び呆けてた挙句に事故に巻き込まれた、みたいな云い草だったが――」
「私、別に遊んでたワケじゃ……」
「分かっている。お前は真面目な子だ。夜遊びをするような子じゃない。血のつながらないお母さんには分からなくても、私には分かるんだ。最近夜出歩いたり、遠出したりすることが多いのも、何か理由があるんだろうと思っている」
そのことを父親が知っていたことが、トモエには意外であった。父親は仕事人間であり、家庭の状況や娘の素行については無頓着だと思っていたのだ。
「だが、お前は私にとってかけがえのないひとり娘だ。どういう理由があるにせよ、大変な事態になってしまっては困る。これからは、こういう危ないことはしないよう、くれぐれも気をつけてくれ」
トモエは何も答えず、ただうつむいていた。ただ、先ほど父親が自分を叩いた理由は分かった気がした。
「昨日何があったのか、話してくれないか」
「…………」
父親はそう云ったが、トモエはやはり口を開かない。
「親にも云えないようなことなのか?」
「……ごめん」
「そうか。成長してるんだな、トモエも」
「……?」
トモエは怪訝そうな顔で、父親の方を見た。
「私の気づかないうちに、お前はお前の道を歩んでいるってことさ。それはとてもいいことだと私は思う。だが、近頃のお前は、無理にひとりで何かを抱え込んでいるようにも思えてならない。今すぐにとは云わないが、もしその気になったら、いつでも相談できる相手が身近にいるということを忘れないでくれ」
「うん、ありがとう」
トモエは応えた。だが、正直なところ、家族に自分の秘密を話せる日が来るとは思えなかった。
「それにしても、お前は変わったな」
「何が……?」
「小さい頃のお前は、もっと朗らかでよく笑う子だった。だが今は表情が乏しくなってしまったようだ。もっとも、友人たちの前では違うのかも知れないが、少なくとも私は最近家でお前の笑顔を見たことがない」
確かにそうだった。トモエは家で滅多に笑わない。けれど思い返してみれば、幼いころの自分はたしかに素直で朗らかな子供だったように思う。
父親は柔らかい口調で続けた。
「それはそれで少し寂しい気もするが――。だが、お前はお前の思うように生きればいい。ただ立ち止まった時は、支えになってくれる人たちがいることも忘れずにな」
(お父さん、思ってたより私のことを見ていてくれてたんだな)
トモエは思った。仕事人間で家庭をあまり顧みない印象のある父親が、そこまで自分のことを思いやってくれていることがとても嬉しかった。
その一方で、彼女にはある決意のような思いが湧きあがっていた。これ以上、父親に心配はかけたくない。それには、目の前の問題をはやく解決しなくてはならない。あの邪霊はいったい何者なのか、なぜあの時目の前に自分の顔が現れたのか。邪霊を倒すためにも、そのことと向き合う必要がありそうだ。そこには自分の知りたくなかった現実が隠れている気がして、トモエ恐怖に近い感情を抱いてしまっていた。しかし、だからといって目を背け続けるわけにはいかない。




