第四章・かつてない危機 (4-1)
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『昨夜、K県S区の一部の地域に突然、暴風が吹き荒れ、付近の住宅街などに大きな被害が出ました。現在気象庁が原因を調べていますが、その詳細は未だ、不明ということです』
「――……」
テレビに映るアナウンサーの話す声が聞こえてくる。その声を聞きながら、トモエはゆっくりと目を開いた。
(……ここどこ?)
トモエは周りを見回した。彼女は今、真っ白なベッドの上に横になり、真っ白なシーツをかけられている。左には大きな窓があり、右側と足下の方角には、カーテンが敷かれていた。状況から察するに、病室にいるようだ。窓際のテレビからはニュースが流れ、昨日の出来事についての報道がなされている。画面には被害を受けた街の様子がいくつか映し出されていた。家屋の一部が損壊していたり、電信柱が倒れていたり、路駐していた自動車が横転し壁に大きくヒビが入っていたりと、被害の甚大さを物語っている。その中にはトモエにも馴染みのある風景もあった。
ふと見ると、カーテンに人影が映り、それが窓際の方向へと移動していった。カーテンの端から姿を現したのは、三都まどかだった。
「鶴洲先輩。気がついたんですか」
驚いた顔で彼女は云った。そんな彼女の左の肩から腕の関節あたりにかけては、包帯がぐるぐると巻かれ、顔や首筋には絆創膏が貼られていた。衣服に隠れて見えないが、胸や背中などにも貼られているだろうと思える。戦いの傷跡が生々しく残っていた。
「まどか……私たちはいったい……?」
トモエはぼそりと云ったが、まどかは慌てた様子で、
「ちょっと待ってて下さい。今お姉ちゃん連れてきますから」
といって、病室を出ていった。
トモエは起き上がろうとしたが、その瞬間頭に重苦しい痛みが走り、ベッドに肘をついた。
すぐに、愛稀が姿を現した。
「トモちゃん、大丈夫?」
心配そうな顔で愛稀が訊いてくる。
「ちょっと頭がガンガンする……。まどかは?」
「お医者さんを呼びに行ったよ」
「ここって病院だよね。何で私ここにいるの?」
トモエの質問に愛稀は答えた。彼女の話によると、邪霊と戦った後、アイラとまどかはトモエを抱えて付近の総合病院に行った。深夜であったので通常病棟は閉まっており、彼女らは夜間救急病棟へと入った。邪霊の起こした暴風により地域住民にも怪我をした人が続出し、院内は混雑していたらしい。アイラとまどかは傷の応急処置をしてもらい、後日通院という処置がとられたが、トモエはずっと意識を失っていたため、目が覚めるまではと一夜を救急病棟で過ごし、朝が来てから通常病棟の方へと移されたそうだ。
因みにアイラは、親戚の経営する児童養護施設も突風による被害を受けたため、トモエのことを気遣いつつもそちらに向かったらしい。それから、愛稀とまどかのふたりでトモエの目が覚めるのを待っていた、ということだった。
「このまま意識が戻らなかったら、どうしようかと思った。目が覚めて本当によかったよ」
愛稀は心底安堵したように云った。
「おおげさだよ……」
「でも、何があったの? そんなに強い邪霊だったとか」
何があったのか――、すぐには思い出せずトモエは目を閉じた。すると突然、思考の隅に追いやられていた記憶の断片が、次々と脳裏に舞い戻り、鮮明にその時の光景が思い出されてきた。彼女のまぶたの裏に浮かんだのは、至近距離で残酷な笑みを浮かべる自分自身の顔だった。
思い出すなり、彼女はかっと大きく目を見開いた。表情はこわばり、まぶたは緊張して目の回りがぴくぴくと動く。
トモエの顔がひきつるのを愛稀は見逃さなかった。
「どうしたの、トモちゃん。何があったの!?」
「何でもないよ」
トモエは云ったが、その声は尋常じゃないと思わせるくらいにかすれていた。
「何でもないってことはないでしょ。すごく脅えた顔をしてるよ」
「放っといて!」
トモエはシーツに潜り込んだ。叫んだせいで、頭がズキズキと痛んだ。




