第一章・邪を祓う少女 (3-1)
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この世には、我々の住む現実世界とは別の世界が存在する。その世界はユメのセカイともスピリチュアル・ワールドとも呼ばれており、その名の通り夢、魂や精神が大きく関わる世界である。
トモエと星夜がいる場所は、そのユメのセカイの下層にある、“真実の深淵”と呼ばれる場所だった。星夜はこの場所のただひとりの住人だった。
そんな星夜にトモエが出逢ったいきさつはこうだった。
――
ちょうど1年前――。
中学2年生だったトモエはビルの屋上に立っていた。学校でのいじめと、家庭内での継母の仕打ちに耐えきれず、自殺を図ろうとしたのだ。
いよいよビルの上から飛び降りようというその時、
『ちょっと待って』
ふと背後から声が聞こえた。
「……?」
振り返ると、そこには見たこともないような小さな生き物。つぶらな瞳でトモエをじっと見つめている。
(幻覚……?)
とトモエは思って、目をつぶり数回首を左右に振ってみせた。再び目をあける。やはりそこにはその不可思議な生き物が存在していた。
『鶴洲トモエだね』
その生き物は云った。
「あなた、誰?」
トモエは訊いた。これから死のうという覚悟をしていたためか、その生き物に対して怖いとも気味が悪いとも思わなかった。
『誰? ……そうだなぁ。“宇宙の意志の権化”とでも呼んでもらおうかな』
妙な名前だな――、とトモエは思う。
「で、その“宇宙の意志の権化”さんが、私に何の用なの」
『君に今死なれちゃ困るんだ』
“宇宙の意志の権化”はきっぱりとそう云った。
『僕は、君に頼みたいことがあって来たんだよ』
「私に頼みたいこと?」
『君には素質がある。ぜひ力を開放して、魔法少女になってほしい』
「……は?」
トモエは云われてる意味が分からず、ただ訊き返した。魔法少女といえば、マンガやアニメに出てくる女の子のヒーローというイメージだ。トモエにも夢中になった魔法少女モノの作品はいくつかある。けれど、いきなりそれになれと云われても、今ひとつピンと来ない。
『ごめん。いきなりで驚いたかな。でもこれはとっても重要なことなんだ。この世にはびこる“悪意の化身”と戦って、この世を救わなきゃ、世界はおかしくなってしまう』
「え、何と戦うって?」
またもやよく理解ができず、トモエは訊いた。
『まぁ詳しいことはおいおい分かってくるよ。君たちの生きるこの世界のしくみも一緒にね――。とにかく、僕は君にぜひ魔法少女になって世界を救ってほしいんだ』
トモエは手をあげた。
「もうひとつ質問。どうして私なのかな」
『それも今この場では説明しづらいことだね。君が長い時間をかけて、ゆっくりと理解すべきことだよ。ただ確かなことは、君がお願いするに値する素質を持っている、僕がそう見抜いたってことさ。――もちろん、ただでとは云わない。魔法少女になる代わりに、君の願いをひとつだけ聞いてあげる。どんな望みだって叶えてあげるよ。どうだい』
トモエはしばらくの間考えて、そして決断した。
「分かった。その魔法少女ってのになるよ」
『いいのかい?』
コクリとトモエは頷いた。謎は多いが、どうせ一度死のうとした身だ。どうなろうと別に構わないという思いもあった。けれど、心のどこかで所詮は幻覚という思いもあったのも事実だった。
『それじゃあ、君の願いを云ってごらん』