第三章・水没した町 (7-1)
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山道をひたすら歩いて1時間ほど下ったところに小さな民宿があった。
すでに宿泊客や予約で部屋はほぼ満室だったようだが、幸運にもまだ1部屋空いているとのことで、愛稀とトモエはそこに泊まれることになった。すでに夕食の準備は済んでいるので、たいしたものは出せないとのことであったが、そこまで贅沢を望むつもりはなかった。腰を落ちつけられる場所がある。それだけでふたりにには十分だった。
「はぁ~」
「ふぅ~」
日中から歩き回って相当疲れていたふたりは、部屋に案内されるなり、そのへんにぐたっと倒れ込んでしまった。
「疲れた~」
「幸せ~。トモちゃん、私たちはようやくオアシスにたどり着きましたよ~」
「最高~。……あ、ここの宿泊料もお姉ちゃん頼むね~」
「任せて~。もう出費の痛手考えられないくらい、アタマとろけちゃってるわ」
それからしばらく、ふたりは各々が大の字に寝そべり、ただ全身の力を抜いて天井を眺めていた。ふいにトモエが、思い出したように口を開いた。
「そういえば、お父さんの件は、あれでよかったの?」
「“よかったの”、って……?」
「いや、あんなことになって平気だったのかな、って……」
小屋からこの民宿に来るまでの道中、愛稀は一度も実の父親のことを口にしなかった。だからといって、本当に愛稀は気持ちを引きずっていないのだろうかと、トモエは気になったのだ。
愛稀は「うーん……」と唸りながら少し考えこみ、それから答えた。
「まったくショックじゃないといえば嘘になるかな。でも、仕方のないことだと思ってるよ。だって、私とお父さんはもう住む世界が違う人間同士なんだもの。相容れないのは当然だったんだよ」
「でも、お姉ちゃんはそれでいいの? それで納得できるの?」
「納得できなかったところでどうしようもないもの。念願だった実のお父さんにひとめでも逢えた。しかも、妹がいることまで分かった。それでよしとしなきゃ」
「そう、なんだね……」
「そうなんだよ」
それからトモエは何も訊かなかった。愛稀も言葉を発さなかった。
そうして、ふたりは知らぬうち眠りへと誘われていった。




