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第三章・水没した町 (6-3)

 ふいに信治が、重い口を開くように言葉を切り出した。


「――すまない愛稀。お前につらい思いをさせたことは、十分分かっている。けれどな、今私たちはこのように世間からも隠れて、ひっそりと暮らしている身なのだ。別の人間が関わってくることで、目立ってしまっては困るのだよ。お前だって、私たちのせいで迷惑をこうむるのは御免だろう。だから頼む、今後一切、私たちには関わらないでくれ」


「なっ……!?」


 トモエは絶句した。この男に対して腹が立った。実の娘にそんなことを云うなんて信じられないと思えた。


 けれど愛稀はただ淡々と、

「分かりました」

 とひとこと云った。さらに、

「本当に申し訳なかったな」

 という信治の言葉にも愛稀は、

「いえ、こちらこそすみませんでした」

と返した。


「それに、私はお父さんとお母さんにはむしろ感謝してるんです。たしかに捨てられて寂しい思いもしたけれど、だからこそ私は人の心が分かる人間になったんだと思います。孤児だった経験が、私を優しくしてくれた。それは私の誇りでもあるの」


 トモエは愛稀が働く障害者施設を見学した時のことを思い出した。施設での彼女は、決して利用者たちを色眼鏡で見ることなく、誰に対しても同じ目線で接していた。本当に優しく、心の綺麗な人なんだとトモエは感銘を受けたものだった。


「――本当に私を捨ててくれて、ありがとうございました」


 愛稀は父親に対して、深々と頭を下げた。そして、頭を上げるとすっと立ち上がった。


「トモちゃん、行こう」


「あっ、うん……」


 トモエも愛稀に促され立ち上がった。ふたりは玄関口まで歩いてゆく。がらりと戸を開け出ようとした矢先に、愛稀はひとつ訊き忘れていたことを思い出し、父親の方を振り返った。


「そういえば、最後にひとつお聞きしたいんですけどいいですか?」


「何だ?」


 信治が訊き返したので、愛稀は質問を続けた。


「私たち、帰りのバスがなくて困ってるんです。どこか泊まれるところがあれば、教えていただけますか?」


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