第一章・邪を祓う少女 (1-2)
「うあっ、と」
夜道を家に向かって歩いていた日下 愛稀は、目の前に突如落ちてきた少女に驚いて、叫び声とともに身体をのけぞらせた。
少女は少々奇抜な格好をしていた。赤を基調にしたワンピースはがっしりとしていて、胸元に飾られた緑色の宝石が何とも印象的だ。腰には剣を差しており、何だか中世の騎士といった印象も受ける。それでいて頭に飾られる白色のヘッドドレスは、ミスチョイスなようであって、意外にもおかしくはないのだった。
かと思えば、少女の服が突然光に覆われ、光が消えれば、それはただのセーラー服にとって代わった。
そこには、何の変哲もない中学生の姿になった鶴洲トモエがいた。
「ご期待通りの反応ありがとう。お姉ちゃん」
トモエはニヤッと笑って愛稀に云った。トモエは彼女のことを習慣的に“お姉ちゃん”と呼んでいた。
「な、なんだ。トモちゃんか。ビックリさせないでよ」
愛稀も笑顔になって、トモエを呼びなれた愛称で呼んだ。逆にトモエは少し口を尖らせて、「もう、その呼び方やめてって云ってるでしょ」と不満げに返す。
「いいじゃん、可愛いんだから」
「ぶー……」
ふてくされたように振舞うトモエに、愛稀はなおも笑顔になった。
「それにしても、本当にビックリさせないでよね。私、心臓弱いんだから」
「ふーん、知らなかった。貴重な情報ありがとう」
「それに、脳も肝臓も腎臓も悪いの。おまけに歯には虫歯が2, 3本」
「最悪じゃん」
ふたりは笑って見つめ合った。このように冗談を云い合うことで、お互いが何の変わりもない、いつも通りの関係だと実感することができる。ふたりが出逢ったのは、この年の2月のことだったが、その時はお互い敵同士ともいえる間柄だった。しかし、すぐに打ち解けて、今では気が合うどころではなく、互いが互いを認め、必要とし合う仲となっている。
「トモちゃん、また戦ってたんだね」
「そうだよ」
愛稀の問いにトモエは短く答えた。
「頑張るねぇ」
おどけたように云う愛稀。けれど、彼女は知っていた。トモエのしてきた戦いは、実は自らの命を賭すような過酷なものであることを。一方で、そんな当事者のトモエも、辛そうな顔を見せるどころか、むしろ平然とした表情で応えてみせる。
「ま、やると決めたからにはね。――で、お姉ちゃんは何してたの? 今、ボランティアの帰り?」
「そう。夜担当の人が都合で来れなくてさ、来るまで残ってくれって頼まれたの」
愛稀は県下の私大であるR大学の学生でありながら、学業の傍ら近くの障害者施設にボランティアで通っていた。その施設は、トモエにとって近しいある人物も利用していた。
「星夜のことも、ありがとうね」
トモエは先ほどまでの明るい雰囲気を少し抑えて、ぽつりと云った。
「え? そんな改まらなくってもいいって。星夜くんのことばっかりお世話してるわけじゃないしさ。それに、トモちゃんは私にはできない大切な役目があるじゃない」
大切な役目――、この言葉はトモエの中で大きく響いた。
「こっちでの星夜くんの身の回りのお世話は私がやる代わりに、トモちゃんはあっちの世界で星夜くんの心の支えになってあげる。こういう役割分担でいいんじゃない?」
「でも、それじゃあ私のいいとこどりみたい」
愛稀にそう云われても、トモエには何かしら心に引っかかるものがあるようだ。愛稀はこれまでの明るい口調を変えることなく云った。
「だからそんなふうに思うことないよ。私は好きでこの活動をやってるんだし、それに星夜くんの心の声を聞くことは、私にはできなくて、トモちゃんにしかできないことでしょ」
それにさ――、と愛稀は言葉を続ける。
「トモちゃんが命をかけて戦う意味。その一番の理由は、やっぱり彼のためなんでしょ。一番大変なことを、トモちゃんは自らやってくれてるんじゃない。ま、それでも心に引っかかるものがあるんだったら、今度一緒に施設に来てみたら? ボランティアが増えれば、施設のスタッフも喜ぶだろうし」
「うん、そうするよ」
トモエは答えた。愛稀のことをつくづく優しい人だと思った。
「ところで、そっちは? 彼氏とはうまくいってるの?」
トモエは話題を変えた。
「留学中だよ」
愛稀の彼氏という人は某国立大学の大学院で科学系の学問を専攻しており、現在は大学の研究者育成支援の一環である交換留学プログラムを利用して、アメリカに渡っていた。
「そうだったね。連絡は?」
「たまにメールするんだけどね。返事がすっごく遅いの。こんなんじゃ、私の愛も冷めちゃうよ」
口を尖らせる愛稀。ああ、あの人ならありそうだなぁ、とトモエは思う。愛稀の恋人は、どこか俗世間離れした風格をもっていて、そのためか協調性に欠ける言動も多少は目立つ人だった。都合や気まぐれでメールの返信が滞ってしまうなど、想像に難くない。
けれど、愛稀がそんなふうに云っていられるうちは、このふたりは安泰だろうなぁ、ともトモエは思うのだった。愛稀も彼女の恋人も、トモエから見れば十分に、十把一絡げとはいかない自分らしさを持っていた。有り体に云えば、変わり者どうしということだ。