表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/102

第三章・水没した町 (6-1)

 6



 男は名を三都 信治といった。もともと有能な人物として勤め先でも頭角を現し、若くして独立したが、事業に失敗。不況の煽りも受け、会社は倒産し多額の借金を抱えることになった。これまでの上々だった生活は一変し、生活は困窮し借金取りに追われる日々。生まれたばかりの娘を育てることさえままならず、またこの子にも迷惑がかかると考え、彼は妻と一緒に子供を児童養護施設の前に捨てた――。




 その娘が、今目の前にいる。


 事情を話し終えた後、信治は娘に対して深々と頭を下げた。


「すまなかった……」


「そんな……」


 愛稀は恐縮した。謝罪の言葉など、求めてはいなかった。


「私、ただ逢いたかっただけなんです。私を生んでくれた実のお父さんとお母さんに。その願いが叶って、むしろとっても嬉しいんです」


 愛稀は優しい笑顔で云った。信治もつられて笑顔になる。


「そうか……」


「それで、お母さんは? 今どこにいるんですか」


 愛稀の問いに、信治は気まずそうに云い澱んだ。重苦しい空気が流れる。


「……お父さん?」


「……あ、ああ。実は、妻はもうこの世にはいないんだ」


「そんな……」


「3年前のことだ。心労が重なったようで病に倒れ、あっさりと逝ってしまった。苦労をかけた私の責任だ」


 信治は俯き加減だった顔を少しあげて、愛稀の顔を見た。愛稀のとても悲しそうな表情に、彼は思わず彼女から視線を逸らした。そして、気まずさを拭うように言葉を続けた。


「不思議なものでな。あれが生きている時は、それほど借金取りに悩まされることもなかった。うまいことタイミングがずれたりしてな。鉢合わせになる機会も少なかったのだ。しかし、あれが亡くなってから、急に借金取りに迫られることが多くなった。こんな小屋に住むようになったのもそのためだ」


 愛稀とトモエは事情を察知した。愛稀のもつ、ユメのセカイとつながる能力は、どうやら父親ではなく母親から譲り受けたものだったらしい。おそらく愛稀の母親は、その能力によって災難に見舞われることを事前に察知し、そうならないように影で信治を誘導してきた。だからこそ、信治は借金取りに迫られることもあまりなく、過ごすことができた。しかし、その分母親の人知れぬ気苦労は絶えなかったことだろう。だから、彼女は病に倒れ、早世してしまった。それにより、信治は災難を避けることができなくなった。それで、彼はこんなへんぴな山奥の、誰も使っていなかった小屋に住む羽目になってしまったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ