第三章・水没した町 (6-1)
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男は名を三都 信治といった。もともと有能な人物として勤め先でも頭角を現し、若くして独立したが、事業に失敗。不況の煽りも受け、会社は倒産し多額の借金を抱えることになった。これまでの上々だった生活は一変し、生活は困窮し借金取りに追われる日々。生まれたばかりの娘を育てることさえままならず、またこの子にも迷惑がかかると考え、彼は妻と一緒に子供を児童養護施設の前に捨てた――。
その娘が、今目の前にいる。
事情を話し終えた後、信治は娘に対して深々と頭を下げた。
「すまなかった……」
「そんな……」
愛稀は恐縮した。謝罪の言葉など、求めてはいなかった。
「私、ただ逢いたかっただけなんです。私を生んでくれた実のお父さんとお母さんに。その願いが叶って、むしろとっても嬉しいんです」
愛稀は優しい笑顔で云った。信治もつられて笑顔になる。
「そうか……」
「それで、お母さんは? 今どこにいるんですか」
愛稀の問いに、信治は気まずそうに云い澱んだ。重苦しい空気が流れる。
「……お父さん?」
「……あ、ああ。実は、妻はもうこの世にはいないんだ」
「そんな……」
「3年前のことだ。心労が重なったようで病に倒れ、あっさりと逝ってしまった。苦労をかけた私の責任だ」
信治は俯き加減だった顔を少しあげて、愛稀の顔を見た。愛稀のとても悲しそうな表情に、彼は思わず彼女から視線を逸らした。そして、気まずさを拭うように言葉を続けた。
「不思議なものでな。あれが生きている時は、それほど借金取りに悩まされることもなかった。うまいことタイミングがずれたりしてな。鉢合わせになる機会も少なかったのだ。しかし、あれが亡くなってから、急に借金取りに迫られることが多くなった。こんな小屋に住むようになったのもそのためだ」
愛稀とトモエは事情を察知した。愛稀のもつ、ユメのセカイとつながる能力は、どうやら父親ではなく母親から譲り受けたものだったらしい。おそらく愛稀の母親は、その能力によって災難に見舞われることを事前に察知し、そうならないように影で信治を誘導してきた。だからこそ、信治は借金取りに迫られることもあまりなく、過ごすことができた。しかし、その分母親の人知れぬ気苦労は絶えなかったことだろう。だから、彼女は病に倒れ、早世してしまった。それにより、信治は災難を避けることができなくなった。それで、彼はこんなへんぴな山奥の、誰も使っていなかった小屋に住む羽目になってしまったのだ。




