第三章・水没した町 (5-1)
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「ああもう、どうすんのよ!」
トモエがヒステリックな声をあげた。
「お姉ちゃんがもたもたしてるから、帰りのバス行っちゃったじゃない!」
現在の時刻は夕方の5時を回っていた。これまで愛稀は父の痕跡がどこかにないかと、あてもないままにあたりを探索していたのだが、そうこうしているうちに帰りのバスがふたりの前を通り過ぎてしまった。バスは1日に2本しか来ず、帰るためには絶対乗らなければならないバスであった。乗り過ごしてしまったということは、足止めを食うこと必至である。
「まあまあ、どおどお」
「何? ふざけてんの!?」
愛稀はなだめるつもりでおどけてみせたのだが、かえってトモエの逆鱗に触れる結果となってしまった。当然といえば当然である。
「帰れなくなったんなら、どこかに泊まればいいじゃん。どこか宿でも探してさ」
「こんな山奥のどこに宿があるっていうのよ! あったとしたって、どっちの方角に行けばいいのかさえ分からないでしょ!」
愛稀の提案に覆いかぶさるようにトモエの反論が飛んだ。
「ほ、ほら、文明の利器ってもんがあるじゃん」
愛稀は上着のポケットからスマートフォンを取りだした。
「これで調べれば、すぐに……」
と画面に目をやって、愛稀は目がテンになった。画面の右上に小さく、しかしはっきりと『圏外』という文字が映し出されていた。もちろん、電波が届いておらず、インターネットにも接続できるわけがない。
「ああ、もう最悪!」
トモエは叫んで、その場にへたり込んでしまった。
「てか最初っから準備が足りなさすぎるのよ。だいたい何の計画も立てずに、いきなり現地に来たりするのがおかしいって。絶対どっかで足止め食うに決まってるじゃん! いつでも行き当たりばったりで、そのあたりの配慮が全然足りてないのよ! 私もう決めた。お姉ちゃんとは二度と一緒に出かけないから! ……って聞いてるの!?」
一気にまくしたてるトモエを気にもとめないといったふうで、愛稀は林の方を眺めていた。
「トモちゃん、あれ家じゃない?」
愛稀は視線の方向に指をさした。
「はぁ……!?」
トモエもその方を見る。愛稀の示した先に、小高い丘に並ぶ木々の隙間にぽつりと小汚くくすんだ屋根がひとつ見えた。普通なら誰にも気づかれないだろうと思わせるくらい、ひっそりとその姿を薄暗い森の中にしのばせている。
「ただの古い小屋でしょ。今は誰も使ってないような」
「とにかく行ってみようよ」
愛稀はそう云って歩きだした。トモエは「ええ~」と嫌そうな声をあげたが、しぶしぶ彼女についていった。愛稀が自分勝手なのにも困ったものだが、こんなところでひとりぼっちになるのはもっと困る。




